第87話 ユーカ・ウォルタ・メイフィア
「どう? 落ち着いた?」
トーカ姉さまに付き添われ屋敷のソファに座り、なんとか心を落ち着かせる。
あかん、あかんぞ僕。こんなんではふたりを守るなんて言える立場じゃねえ。
「はい、もう大丈夫です。ご心配おかけしました。なんかちょっと感極まってしまって」
ルーナに紅茶を入れてもらい一息入れる。あぁ、だいぶ落ち着いた。
しかしトーカ姉さますんごい大人っぽくなったなぁ。そりゃそうか、19歳だもんな。てことはロベリアと同い年か。
ルーナも本当に綺麗になった。でも服の隙間からはたくさんの傷が見える。きっと今まで無理をしてきたんだろうな。こんな生傷だらけで……
「えっと、落ち着いたようだし今回の魔人討伐の詳細について話させてもらうわね」
数人のビジランテのメンバーを交えて、トーカ姉さまから今回の討伐の詳細な手順の説明を受ける。
「魔人アコナイトは現在ニグラ遺跡に潜伏中です。ヤツは野盗数十名を従え遺跡一帯で傍若無人な振舞いをしています。当初この近辺都市から野盗の被害が看過できない状況になっているので、対処してほしいとの冒険者ギルドへの依頼があったのですが、色々と調べてみるうちに野盗のリーダーの手口、というか被害者が受けた襲撃方法が非常に酷似していることが分かったんです」
「え? 襲撃方法? 酷似? 誰にです?」
「えぇと、被害を受けた人々は皆霧の中で突然襲撃されたというのです。その霧というのがアコナイトの能力なのです。霧の中から突如出現し、人を襲う。それがアコナイトの能力なのです」
あっ!? そういえば僕があいつに襲われた時も確か霧がでていた。そういうことか。あいつは霧に紛れて姿を隠したり表したりできるのか。
「群青色の霧の中で自由に動くことができ、こちらからはヤツがどこにいるのか簡単には把握することができない。そして数多く潜伏している野盗達。これらをどうやって討伐するか議論を重ねてきたのですが、中々妙案が浮かばず今に至っているというわけです」
なるほど。ただでさえ内部がどうなっているか分からない遺跡で、どこから現れるか分からないアコナイト。そして多数潜伏している野盗達。もちろん遺跡内部には罠なんかの仕掛けが施されてるかもしれない。いや、あると思っておいた方がいい。僕だったら攻めてくる相手を待ち構えるなら絶対になにかしらトラップを設置する。
確かにこれはかなり厳しいな。下手にこちらが大人数で攻め入っても遺跡の中は狭いだろうし、わざわざデカい的が敵の眼前に赴くようなもんだ。
「偵察部隊によればアコナイトたちは他のアジトへ移動するような素振りは今のところ見せていないようなので、しばらくはこの遺跡に留まっているはずです。安易に攻め入ることはせず、じっくりと討伐案を議論しましょう」
トーカ姉さまはそう締めくくり、今回の討伐検討会議は終了した。
「ふぅ、疲れたわね。こういった調整役には慣れてなくて……」
トーカ姉さまがソファに座って溜息をついている。あのいつも凛としていて、僕を常に引っ張ってくれていた姉さまがこんな弱気なことを言うなんて……
「ト、トーカさん、まだお若いのにこんな大勢のメンバーを統制しているなんてすごいですね」
やっぱり姉さまはすごい。そりゃ20歳にも満たない若造がこれだけのメンツの先頭に立ってるんだ。きっとストレスとか、プレッシャーとかはすごいだろう。
「そんなんじゃないのよ。貴族の娘だからちょうど体のいい錦の御旗に据えられてるだけ。実際にはビジランテの幹部連中が作戦の内容を決めてるのが現状よ」
え、そうなんか。さっきの会議じゃビジランテのメンバーはほとんど意見してなかったけど、やっぱこれだけの大所帯になると色々と軋轢が生じてくるんかな?
あ! そうだ! ふたりに一番聞きたかったことを聞いてない!
なんでふたりがアコナイト討伐、つまりバーナードを打ち倒そうとしているのか。もちろん同郷からでてしまった魔人を街の汚点として討伐したいって思いがあるのかもしれないけど、本来なら彼女達がすることじゃない。普通はラキヤの治安維持部隊やトルナダの王立騎士団の役目だ。なのに彼女達がわざわざセルトゥまで来てアコナイトを討伐しようとしている理由…… それが気になる。
「ふたりはなんでアコナイトを討伐しようとしてるんですか? 本来なら専門職、それこそビジランテみたいな冒険者チームとか騎士団とかに任せるべきだと思うんですけど」
僕のこの質問は彼女達にとって意外だったらしく、ふたりは顔を合わせてなにやら考え込んでいる様子だった。
だけど一呼吸してからルーナが口を開いた。
「え、えぇと、レットさんには、し、信じられないかもしれないんですけど、わ、わたしたち、夢、というか、じ、実際には起きてないのに、共通の、お、思い出があるん、です」
え? 夢?
「私達はラキヤという街で同じ学院に通っていたんだけど、ひょんなことから仲良くなって、それ以降懇意にしてもらっていたのよ。でも何故かふたりとも心のどこかに空白があったの。胸にぽっかりと穴があいてるかのように」
え、それって……
「そ、それで、学院の、け、剣術の模擬戦で、わ、私はバーナード、ま、魔人になる前のアコナイトの名前、なんですが、ヤツと対峙して彼の日頃の人を人とも思わない態度や非道な行動にいい加減うんざりしていて、こんなヤツはどうなってもいいって思って……」
途中から吃音が無くなっていくルーナ。きっとつらかったんだろうな。僕が倒したはずのバーナードを今回はルーナが代わりに倒してくれたのか。
「それでヤツの目を木剣でついて…… それからヤツは教員とラキヤの治安維持の隊員を殺害して逃亡したんです。私があの場所でヤツの息の根を止めておかなかったせいで…… それ以降もたくさんの犠牲者がでています。ヤツは、ヤツだけは私の手でトドメを刺さないと……」
肩を震わせながら言葉を紡ぐルーナ。僕が死んでしまったせいで彼女にこんなつらい気持ちを背負わせることになるなんて……
「それから不思議な出来事があって。バーナードが逃亡してすぐにありえない記憶が蘇ってきたんです。そんなこと経験してないのに、いるはずのない人と過ごした沢山の記憶が急に溢れてきて…… トーカ様にそのことを話しに行ったらトーカ様も同じで」
「そうなの。それからふたりでそのいるはずのない男の子の話を沢山したわ。稽古に文句ばっかり言うけど結局ちゃんと稽古に付き合ってくれることとか、よくわかんないギャグをすることとか、仲間思いで皆にいつも気を使ってることとか。そして最後にふたりで彼の名前を言ったの」
その名前は……
――ユーカ・ウォルタ・メイフィア
そ、そんなまさか…… ふたりに僕の、ユーカの記憶が残ってる!?
そんなことありえるんか? いや、でもふたりがこう言ってるんだ。こんな奇跡が起こっても不思議じゃない。でもふたり共僕のことをこんなにも思っててくれたのか。ちくしょう! こりゃなにがなんでもふたりの思いに答えなくては!
「ふたり共! 僕とロベリア、じゃなかったロベルタが来たからには大丈夫! 僕らもかなりできる子だからね。絶対ふたりの力になるよ。一緒にアコナイトを討伐しよう!」
ふたりの思いもよらない告白に散々泣いて乾いた瞳からまた涙が溢れそうになる。でもいいや、これはうれし涙。悲しい涙じゃない。ふたりの中に前回の僕が残ってるという事実を知って戸惑いと共に、ふたりを守る、ふたりの為に全力で戦うという決意を新たにしたのだった。
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