第86話 抑えきれない涙

 ――レット君、聞こえるか? ノナだ。


 アリスミゼラルとセルトゥの国境を目前にして、頭の中でノナの声が響く。

さすがにこの現象を何回も経験して、頭に電撃が走る衝撃にも慣れてきた。


「ノナ、久しぶり」


 彼はイゾウ氏の別荘での一件の時に、デカと共に僕らを待ち構えていた17ガーベラのメンバーのひとりだ。身長2メートルはあろうかという大男。大男とは言ったが体型はスリムで長髪を後ろで結っている。例の如く黒いスーツに身を纏うその姿はこの世界で異質といっていい存在。僕が彼を見た印象はこんなかんじだった。


「ノナ…… デカのことは、本当に申し訳ない。僕が…… 僕が、見殺しにしたようなもんだ。僕があのまま彼女に加勢していたら結果は変わっていたかもしれないのに」


 ずっと言いたかったこと。本当はホウライに先に謝るのがスジなのかもしれないけど、どうしても自分から言い出せなかった。意識共有をすればホウライとも会話できるのに……

 ノナから数日前ロベリアの名前のことで意識共有があった時は、名前をロベルタと名乗れと言われた後すぐに共有が切れてしまい、心のどこかでホッとしている自分がいた。本当に僕は都合がいい、ドロを被ること、自分が傷つくことから逃げて、自分からは前に進めない。なのに相手が僕のことを責めてくれたらいいなんて綺麗事を考えている。本当に自分が自分で嫌になる……


「今回の件は君のせいじゃない。デカの準備不足、慢心から来た失敗だ。本来なら持っていくべきはずの彼女の一番の十八番おはこを置いて行ったこと。常に気を張らないといけない状態で武器も携帯せずに持ち場を離れたこと。全てにおいて君にはなんの瑕疵もない」


 くっそ、結局こう言われると分かっていて、心の中で安堵している。あぁ! くそっ!


「まぁその話はこのくらいにしておこう。君もいい気分じゃないだろう。現在我々はアコナイトが潜伏している遺跡から約20キロ離れた街『バイラ』に滞在している。とりあえず君たちはそこを目指してくれ。今後の計画については合流し次第話そうか」


 ――わかった……


 ノナとの短い会話は終わり、意識共有は寸断される。

 自己嫌悪にばかり陥ってはいられない。僕は僕がすべきことをする。それはルーナ達を助けること。それだけは揺るがない。



    ◇



 アリスミゼラルとセルトゥの国境検問所を越えてはや2日。

 国境を超える時ロベリアの素性がバレないか少し冷や冷やしたけど、どうやら人相などの身体的な特徴の詳細はこちらまで伝わっておらず、ビジランテの一員ということで難なく検問所を通過することができた。


「もう間もなく私達の今回の拠点のある街『パイラ』に到着します。皆さんのお仲間のノナさんもそこでお待ちですよ」


 よし、いよいよルーナ達に会える。まぁ向こうは僕のことなんて初対面なんだからなんの感慨もないだろうけど、僕としてはやっぱり前回死んでしまった負い目がある。彼女達の顔を見たら泣いてしまいそうだ。でも我慢しなくては。


「そういえばアルビオンはどうしてるの? 彼も一緒だったと思うんだけど」


そうだ、アルビオン! 僕がエルフレーダーで探し出したエルフ。まぁ結果は男性だったんだが。彼もルーナとトーカ姉さまを連れて反転の森まで訪れてくれて、本当に苦労を掛けた。


「あぁ、彼なら遺跡の見張りとか調整役を買って出てくれて、大忙しですね。多分ほぼ毎日野営で屋敷にも戻ってきてないんで、ここ最近顔を見てないんです」


 なんてこった。久々に会えると思ったのに、また大変そうな役割を担ってるんだな。本当にあの人働き者だな。


    ◇


 パイラの街へ入りしばらくすると、馬車は森の中にある一軒の屋敷の前で停車した。


「ここです! どうです? 中々立派なお屋敷でしょう? この街の暫定自治区議員のカイナ様が無償で提供してくださってるんです」


 へぇ、そんなお優しい人がいるんだねぇ。ありがてえ話だ。

 紹介されたお屋敷、確かに立派な作りで、数十人が長期滞在するのにも問題がなさそうだ。僕らは屋敷の前でふたりの男性とふたりの女性に出迎えられた。


「やぁ、レット君、ロベルタ、長旅お疲れ様。道中は大変だったな。とりあえず今日はゆっくり休め」


 ノナが僕らに労いの言葉をくれる。デカのことを思い出して真っ直ぐに目を合わせられない。


「おふたりとも! 遠路はるばるここセルトゥまでようこそ! 僕がこのビジランテの団長を務めているオスボ・K・レッドだ。おふたりの助力に心より感謝の意を示させてくれ」


 ビジランテ団長はそう言うと深々とこうべを垂れた。


「よ、よろしくお願いします。僕はレット、彼女はロベリタと申します。皆さんの力に少しでもなれるよう努力します」


 オスボとの挨拶もそこそこに残るふたりの女性と目が合う。


 あぁ、とうとうこの日が来た。


 ふたりともあんまり変わってないね。僕が死んだとき11歳だった。皆まだまだ子どもだった。

 それから月日が経って僕は今16歳。ふたり共大人っぽくなって……


「あ、あ、わ、私は、ル、ルーナです。よ、よろし、く、って、あれ? ど、どうしたんですか? え、え、え」

「ちょ、ちょっと、あなたどうしたの? なにかあったの? 誰かに嫌なことをされたの? こ、これで涙を拭きなさい。そ、そうそう、私の名前はトーカよ。よろしくね、ってそんなに泣かないの」


 あぁ、絶対泣かないって決めてたのに。ここで泣いたらただの変なヤツじゃんかよ。でも、どうしても涙が止まらない。ふたりの昔と変わらない顔を見てしまったら……


 もう感情を押し留めておくことはできなかった。


 突然泣き出した僕を見てロベリアもどうしたらいいのか分からず、しどろもどろになる。ごめん、ロベリア、そうだよね、わけ分かんないよね。ロベリアにはまたいつか僕の転生の話をしなくちゃな。ロベリアにはなんの隠し事もなしで向き合いたい。


 でもあまりにも取り乱してしまった。ふたりに会うまではどうやって話そうか、どうやって話をすり合わせていこうかなんて色々と考えていたのに、今ので全部頭からふっ飛んでしまった。


「あ、えっと、ご、ごめんなさい、な、なんか泣いてしまった」


 あ、あか~ん! これじゃ完全におかしいやつじゃん! 絶対白い目で見られるヤツだこれ。

 だが僕のそんな考えは杞憂に終わる。


「レ、レットさん、た、大変だったんですね。お、お仲間と途中で、は、はぐれてしまったって、お、お聞きしました。もう、あ、安心してくださいね!」

「本当に長旅大変だったわね。しばらくは体を休めて英気を養ってちょうだい。ほらっ! そんなに泣かないの! 可愛い顔が台無しよ」


 ふたりして僕の頭を撫でてくれる。こ、こんなんやられたら余計泣いてまうやろがい! あぁ、でも温かい。ふたりの手の温もりが直に伝わってくる。


 よしっ! 思わず泣いてしまってふたりにカッコ悪いところを見せちゃったけど、ここからが僕の本領発揮だ。ふたりを守る。そして全て終わったらふたりに打ち明ける。


 ――僕がユーカだよって。死んじゃってごめんねって謝るんだ!

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