第83話 ダニーロウ
※この章は次の場面転換まで三人称一元視点で書いております。
「うわぁ、魚がいっぱいおるやんけ。てか結界はどないしたん?」
そこに立っていたのは肌は褐色で身長は170センチ以上あるであろう長身の女性。上半身には白銀色の、ズタボロの布を巻いている。下半身は短いパンツ。左足には螺旋状の黒い紋様がその足を締め付けるようにびっしりと刻まれている。
「え、あなた誰? って! こ、ここは危険だから早く客室へ戻りなさいよ!」
褐色で長身の女性に避難を促すが、彼女はロベリアの忠告に耳を貸さない。どうやら彼女はこの修羅場を目の前にしても全く動じていない様子だ。
「うわっ、うじゃうじゃいよるなぁ。キモっ! 結界も消えてもうとるみたいやし。まぁええわ、ちょうど寝起きでハラも減っとるからこいつらはうちが食ったるわ」
ロベリアは彼女の言っている言葉の意味を理解できず、思わず聞き返してしまう。
「あ、あなた、食べるって…… 一体なにするつもりよ? こんな魔獣の大群、レットでさえこんな状態になっちゃったのに……」
魔力切れを起こしロベリアの膝の上で横たわるレット。彼女の鼻からは血が流れ、体が痙攣しているのか、小刻みに震えている。
「あ? 平気平気! こんくらいなら全然余裕で食えるから安心しとき!」
さっきから彼女が言う『食える』とか『食ったる』とか、一体どういう意味なのか、言葉そのままの意味なのか? でも魔獣を食べる? ロベリアはますます混乱の渦に飲み込まれていく。でも今はこの長身の女性に頼るしかない。このままでは船を食いつくされて全員海の藻屑になってしまうのは確実だ。
「じゃあいくで。まずはこいつの出番やな。うーん、2羽もおれば十分かぁ。こいつら雑魚のくせに数でいきりよってからに。ホンマ目ざわりやわ! いけや!」
――
彼女がそう唱えると、いつの間にか彼女の足元には鳥籠がひとつ。その鳥籠は誰も触っていないのにも関わらず突然扉が開き、中にいた小鳥は羽を広げる。籠に囚われていた2羽の小鳥が魔獣の群れに向かって羽ばたいていった。
「ちょ、ちょっと! あんな小鳥出して一体どうするつもりよ!? すぐに殺されちゃうじゃないの!」
「ええから黙って見とき! 束縛から解放してやっただけや。でも束縛からの解放条件に生贄は必須やけどなぁ!」
魔獣の群れに飛び込んでいった2羽の小鳥は、あっけなくテラーフィッシュの鋭い歯の餌食になった。だが小鳥が捕食された瞬間、魔獣の群れに異変が起こった。
小鳥が捕食される直前まではナイフ状のヒレをピシピシと小刻みに振りながら、ギィギィというとても不愉快な、泣き声なのか何なのか分からない、とにかく神経を逆なでさせるような音色を奏でながら
「お~っし! 全部食ったる!」
彼女はそう言うと上半身に巻いてあった布を剥ぎとる。剥ぎとられて露わになった体。その左腕は肩から肘にかけて左足と同じように螺旋状に刻まれた紋様があり、その先、前腕部と掌、指、普通だったらあるはずの部位には……
無数の小さくて透明な、ゼリーのような球体の中に黒い粒の入った物体が数えきれないほど身を寄せ合って
あれはまるで…… きっと大半の人はそれを見て気分を害するであろう……
――それはまるで蛙の卵のよう。
「おらぁ! 食いつくせ、ケロケロ!」
夥しい数の気味の悪い卵が魔獣の群れへ向かって飛んでいく。飛んでいく最中にその気色悪い卵は瞬間的に蛙の姿へと変貌を遂げる。数百はいるであろう蛙の大群は空中で静止して動けずにいるキラーフィッシュの群れを悉く食い散らかしていく。
あれだけいた、空の一部を黒く染めていた魔獣の群れは瞬く間に消えていた。
「はぁ~! 食った食った! もうおらへんみたいやな! じゃああたしハラいっぱいになったからもう1回寝るから! あと片付けは頼んだで!」
そう言って客室へと踵を返す褐色色で大柄な女。
「ね、ねぇ! あ、あなたの名前を教えて!」
正体の分からない女、だが助けてもらった事実だけは確かだ。ロベリアは今起こった理解の及ばない現象の前に考えが纏まらない頭で、これだけは、これだけは聞いておかないと、そう思いながらロベリアは彼女の名前を訊ねた。
「あ? あぁ、あたしの名前か。てか結構有名なのに、知らんのかいな! まぁええわ。あたしはなぁ……」
――ダニーロウ! バアルのナンバーズ、
◇
――あ、頭が痛い…… 僕なにしてたんだっけ? あぁ、考えが、纏まらない……
「あっ! レット! 気がついたのね! 本当に…… よかった……」
あれ? ここは、ベッドの上? 僕なんでこんなとこに寝てるんだ? たしか…… あ! そうだ、魔獣の群れを相手にしてて調子に乗ってイヴィルレイを連発して…… 魔力切れを起こしたんだ。
顔をくしゃくしゃにしながら泣きじゃくるロベリアに抱きしめられながら起こったことを整理してみた。
あぁ、結局僕はいつもこうだ。勇んで敵に挑んでも最後はこうなる。自分ひとりで全て解決しようなんて大それたことは思ってないけど、守りたい相手すら守れず、結局逆に守られる始末だ。
「ありがと、ロベリア。君が守ってくれたんだね? でもよくあの魔獣の大群相手に無事だったね」
意識がはっきりしてきて辺りを見渡せば客室は無事なまま。つまり定期船は魔獣の群れに蹂躙されず、あの絶望をなんとか耐えきったということになる。ロベリアがすごいのは知ってたけど、まさかここまでとは。
「ち、違うのよ!私はなんにもしてないの。えっと、助けてくれた人がいて」
え? どゆこと? 僕ら以外に魔獣と戦えるようなヤツがいたのか?
あっ! もしかして海パンの変態男か!?
「もしかして海パンマン? あの変態の……」
「い、いえ、違うわ。あの変態はでてこなかったんだけど、ダニーロウって女の人が助けてくれたのよ」
ダニーロウ? 変な名前だな。ってそんなこと言ったら失礼か。そっか、誰だか知らないけどあの絶体絶命のピンチを救ってくれたのか。感謝してもしきれないな。
「ロベリア! 今すぐその人にお礼を言いに行きたい!」
「え、えぇ、それはいいんだけど、あなた体大丈夫なの? 一応ハイヒールを掛けてもらってあるんだけど」
そういえば前にファイアボールの撃ちすぎで魔力切れを起こして、ミューミューにハイヒールを掛けてもらったときは何日も動けなかったな。でもなんでだろ? 今回は特段体が動かせないってことはなさそうだ。やっぱ加齢で身体が強靭になってるのかな?
「大丈夫! もう普通に歩けそう。行こっ! 今すぐお礼に行こうよ!」
「え、えぇ…… そうね、い、行きますか」
少し引き気味のロベリアを急かして僕らは絶望的な危機を救ってくれた恩人へお礼を言いに行くのだった。
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