第82話 僕がやるしかねえんだよ!

 嘘だろ? なんでいないんだよ?

 あいつこの船を守る為に雇われてたのに、途中で放棄してどっかに行っちまったってことか? そんなのおかしいだろ!

 こんなことをボヤいていてもヤツらは待っていてはくれない。第1波はなんとか退けたものの、第2波はすでに目の前まで迫ってきている。


「くそったれ! このまま僕らでこの船を死守するしかないぞ! ロベリア! 後ろに下がってて。僕がこの船を守る!」


 PEの効果はまだ続いている。あともって5,6分といったところか。この間になんとか魔獣の大群を殲滅しなくては……

 眼前に迫ってきた第2波。まだ大丈夫、まだイケる、僕がここを死守しないと、ここにいる皆が……


 ――ファイアボール! 20発だ。


 20の火の球が頭上に出現した瞬間、物凄い鈍痛が、駆け抜ける稲妻のような速度で頭の中を駆け抜けていく。でもそんなことを気にしている状況じゃない。ここでやらなければ全員こいつらに蹂躙されて船ごと海の藻屑だ。


 ――ファイアレイン!!


 20×20、400もの軌道が魔獣の群れへ軌跡を導く。あ、あ、思考が、鈍化する……

 僕は両頬を手のひらで思いきり叩き、正気をより戻す。


「こんなとこで頬けててどんすんだ! 踏ん張れ! ユカリ!」


 思わず最初の名前を叫んでしまう。多分この尋常じゃない、どうにもならない状況で僕の気は動転してるんだろう。でもやらないと、僕がやらないと!

 魔獣の大群第2波は第1波よりも巨大だった。とにかく無我夢中で火の雨を奴らにブチかます。船への被害を最小限に、でも敵は撃ち漏らさずに、的確にヤツらを殲滅していく。海へ落ちていく魔獣の残骸、消し炭となって甲板へ落下する魔獣の残骸、燃えさかったまま墜落する魔獣の塊、ファイアレインを打ち出しながら軌跡をコントロールしていると、それ以外のことはなにも考えられなくなる。次第に周囲のことまで頭が回らなくなった。


「死ね、死ね、死ね、なんなんだ、てめえらは! 僕の行く手を邪魔すんじゃねえ!」


 燃えさかる魔獣の群れは一瞬で火の壁と化して定期船の前方、船首部分が炎の朱色で染められる。なんとか限界を迎える前に第2波を消滅させて、余りの疲労感に片膝をついてしまう。


「あぁ、もう限界かも…… す、少し休まないと、脳が、脳が……」


 ――灼き切れる。


「レット! 大丈夫!? し、しっかりして!」


 ロベリアに抱きかかえられて、一瞬落ちた意識が引き戻された。


「あ、ごめん、一瞬トンでたわ。ちょっと休んだら大丈夫だから」


 でもどうやら僕に休む暇はないようだ。


 ――第3波、来るぞぉ!


 艦橋から消魂けたたましい鐘の音と共に、船員の絶叫が船上に響き渡る。


「マ、マジか…… これ以上のファイアレインは、きついぞ……」


 直観で分かる。これ以上PEを行使してのファイアレインは多分脳が持たない。今でも脳みそに血液が物凄い勢いで送られているのが分かる。PEの発動時間10分はすでに過ぎている。間を置かないと多分PEは使えない。使えば多分、そこで僕は死ぬ。


 軌跡のコントロールで擦り切れた頭は考えが回らない、でもなにかなかったか? 僕にはまだできることがあったんじゃないのか?


 ――そうだ! ROSE!


なぜかふと思い出した存在。そうじゃねえか! なんで今まで忘れてた!? 僕にはまだROSEがある! そいつを使ってイヴィルレイを撃てばいい! あっ! 今回のガチャで打突が1個でたんだった! てことはイヴィルレイより強力なスキルを撃てるはず!

 僕は迷わず右手の人差し指にROSEを装着する。

 何回も経験した現象。世界が静止して、あのギャルみのすごい女神が顕現する。


 ――やっほ~! なんか大変なことになってるじゃああん!


「助けて、リリムさん。もう限界、この前のガチャで打突1コでたじゃん! 新しいスキル教えて!」


 藁にも縋る思いでリリムさんに縋りつく。だが返ってきた返答は予想外だった。


「ご、ごめん、ユカリン、イヴィルレイの上のスキルは剣の極意レベル2がないと使えないんだよ…… ご、ごめんねぇ……」


 マ、マジかよ。なんでこんな時にそんな下らねえ縛りを出してくるんだよ!


「で、でも! ユカリンてホウライ先輩の武器もらったんでしょ? あれならイヴィルレイでもこいつらくらいならイケるって! ねっ! がんばっ! じゃっ! まったね~!」


 足早に去っていくリリム。なんだよ、ピンチの時は助けてくれるっていったじゃねえかよ! くそったれ! 結局僕はあいつらの只のおもちゃなんじゃねえかよ!

 わかったよ、てめえらがそのつもりなら意地でもここを切り抜けてやる! ていうかここで死んでも構わねえ。こいつらだけは全部僕が駆逐してやる!


 Purple peony punish sinner(紫の芍薬は罪びとを罰する)――

 pandemonium(パンデモニウム)――

 ――パチンッ!


 手元に出現した異空間からアイツを取り出す。

 頼んだぞ、相棒! あの虫ケラ共を全部ぶっ殺してやろうぜ。


 ――イヴィルレイ!


 魔獣の大群第3波に向けて僕はイヴィルレイを撃った。前までの木剣じゃない、ホウライからもらった禍々しい片刃剣『亡骸』でだ。

 するとどうだ、テラーフィッシュの空間を真っ黒に染める大群が紫色の衝撃波で潰されていく。

 な、なんだよ、楽勝じゃねえかよ! 最初からこいつを使えばよかったんだ! こいつなら船への被害もでない、なんでか体も軽い。これならイケるぞ。

 第4波、第5波、休む間もなく押し寄せる魔獣の大群を悉く蹴散らしていく。なんだろう、無敵感、とでも言うのだろうか、何発もイヴィルレイを撃ち続け、その紫色の剣撃は魔獣をこの世から消滅していく。イケる、イケるぞ、これさえあればこいつらなんて僕の敵じゃねえ!


 ――だが終わりはあっけなく訪れた


 ぶっ――


 あ、しまった。調子に乗りすぎた。やっちまった。これ、前に経験したことあるやつだ。

 感情の昂ぶりか、ハイテンションになっていた僕は身体からの、頭からの声にならない悲鳴に、危険信号に気づくことができなかった。

 限界に達した僕の身体は、鼻血というシグナルで直接僕に訴えかけてきたのだった。


「レ、レ、レットぉぉぉ! ど、どうしたのよ! お、起きて! な、なにが起こったの!?」


 事情を知らないロベリアが僕の上半身を抱えて僕のことを抱きしめる。

 あぁ、そうか、たしか前にこうなったのはミッちゃんたちと暮らしてた時だったっけ? 久しぶりだなぁ、この感覚。何年ぶりだ? いや何十年ぶりか。

 第5波はなんとか退けたものの、まだ次が控えている。第6波はさらにデカい大群みたいだ。はぁ、もう手詰まりだ。どうしようもねえや。まぁロベリアだけなら攻撃にもさらされることはないだろうし……


 ――もういいや……


 完全に諦めた、その時、声が聞こえた。女性の声、聞いたことのない声だ。


 ――なんやこれ? なんでこうなってんの?


 薄れゆく意識の中薄っすらと見えたのは褐色で長身の女性の姿だった。

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