第84話 素敵なお姉さま
――コンコン
僕らは今扉の前に立っている。最大のピンチ、あのままだったら死んでいたであろう、絶望の淵から僕らを救ってくれた恩人が休んでいる部屋の扉の前だ。
「あ、あのね、レット、ひとつ言い忘れたんだけど、あのね、助けてくれた人はね……」
「ロベリア! 早く早く! お礼言おうよ! 一体どんな人なんだろう!」
女性ってのはロベリアに聞いたけど、一体どんな素敵な人なんだろう。颯爽と現れてサクっと助けて、なにも言わずに去っていく。きっと素晴らしい人物に違いない。
扉の前で待つこと数十秒、はーい、という返事と共に扉が開かれると、部屋の主が現れた。
「あり? あぁ! 金髪ちゃんと貧乳ちゃんやん。どしたん? まぁ立ち話もなんやし、部屋に入りいや」
ひ、貧乳ちゃん…… 初対面なのに酷ない? い、いや、この人は命の恩人だ。多少の蔑称も受け入れよう。
「あ、あの、今回は助けていただいて本当にありがとうございました! 僕レットって言います。あなたが助けてくれなかったら今頃ここにはいませんでした」
てかこの人デけえな。170センチ以上はあるだろ。でも褐色の肌に銀色に輝く長髪。うーん、かっこいい! まさに『ザ・できる女』ってかんじ!
「あはは、そんなんお礼なんてええって。あそこで船がやられてたらうちらも面倒くさいことになってもうてたし。困った時はお互い様よ」
あ~ん、なんてお優しい方! あぁ、転生前の姉は常に僕のことをいつも臭っ! キモっ! 死ねっ! って言ってきた。転生前の姉がこんな素敵な人だったら僕の人生もまた違ったものになっていたかもしれないな。
「てゆかお嬢ちゃん、ちゃんとお礼言いに来れてええ子やねぇ。お姉さんそゆ子大好きよ。またどっかで会ったら仲ようしてよ」
彼女はそう言いながら僕の頭を撫でてくれた。あ~ん、マジお姉様ってかんじだなこれ。
軽く会釈をして部屋から出る。
自室へ戻り一息つく。どうやら僕はあの後丸1日近く寝ていたようだ。その間に船は順調に航路を進み、定期船はもうじきアリスミゼラル北端の港町へ到着する。やっとだ、やっとルーナ達と会える。
拳をグっと握りしめて、これから訪れるであろう試練に打ち勝つために気合を入れる。そんな僕の後ろで、ロベリアがなにかをブツブツ言っていた。声が小さくてよく聞き取れなかったけど、おなかの調子でも悪いんだろう。あとで優しくしてあげよう。
――あぁ、言いそびれたぁ、あの人バールのえらい人なんだよなぁ……
◇
アイジタニアの港町オセミタを定期船が出港して20日目。いよいよアリスミゼラル到着は目前だ。
甲板から辺りを見渡せば肉眼で分かる距離に中央大陸が見える。あぁ! 懐かしの中央大陸! 今回トルナダには行かないけど、ルーナ達の一件が終わったら皆でトルナダに行きたいところだ。
現在の時刻は午後17時、もうまもなく港町ノーステイルへ到着する。もうすぐ日も暮れる。とりあえず今日はこの街で宿泊して明日からルーナ達の待つセルトゥ暫定自治区へ向かうことに決めた。
「おい! 接岸には気を付けろよ! 座礁なんてしたら目も当てられないからな!」
船員が港の入り江に進入するのに手間取っている。話には聞いていたが、この港は船着き場に入るまでの地形がかなり歪で、船のシビアなコントロールが要求されるみたいだ。
なんとか座礁もせず、船体が岩壁に衝突することもなく、無事船着き場へ接岸することに成功した。あぁ! 長かった! 船に乗ってただけなのに、なんでこんなに色々なことが起きるんだ? 危うく死にかけたし。
「よぉっし! レット! 降りよっか。そうだ! せっかくだから同時に降りよう。初の中央大陸に上陸だよ!」
――オケオケ!
ロベリアちゃん可愛いこと言うじゃないの。おじさんそういうの嫌いじゃないよ。
ロベリアに促され桟橋から陸地へふたり一緒にジャンプする。
――せぇのっ! 上陸~!
さぁて、とりあえず今日の宿でも探すか。オセミタよりは寂れたかんじのする港町だけど宿屋のひとつやふたつはあるだろう。その場に突っ立って辺りをキョロキョロと見渡していると、こちらのほうをジッと見つける女性がひとり。
「あ、あの、おふたりはもしかして、レットさんとロベルタさんですか?」
ん? 誰だ? この大陸にルーナや姉さま以外の知り合いなんていないし、なんで僕らのことを知ってる? ま~た新たな敵か?
幾度となく遭遇する僕らに不利益を与える連中たちのせいで、初めて会う人間をどうしても警戒してしまう癖がついてしまった。だがどうやら僕の勘は良い方に外れていたみたいだ。
「あの、私ノナさんに言われておふたりを迎えに来たマーチって言います。えっと、ルーナさん達とアコナイト討伐の共同戦線をはっている『ビジランテ』という冒険者チームのメンバーなんですが…… まぁ、下っ端の見習いです……」
あぁ! なるほど! 17ガーベラのノナが気を利かせて迎えを寄越してくれたのか! ありがてえ。
今いるアリスミゼラルの港町ノーステイルからセルトゥは海沿いの街道をひたすら走れば着くらしいけど、やっぱり道案内をしてくれる人がいるのは心強い。
「ありがとうございます! マーチさんでしたっけ? ルーナやトーカ姉さまは元気ですか?」
「えっ? ルーナさんとトーカ様とはお知り合いなんですか? ノナさんのお知り合いだと伺っていたのですが」
あっ! しまった。嬉しさの余り思わず口が滑った。
「あ、ご、ごめんなさい、ノナにふたりのことを聞いていたので、つい気になってしまって」
「あぁ、そういうことでしたか。えぇ、おふたりともお元気ですよ。とにかくルーナさんがめちゃくちゃ強くって、私の憧れです」
ほぉ! 元から強かったルーナ。きっとさらに鍛錬をつんでさらに強くなってるんだろうなぁ。早く会いたいなぁ。
「馬車のチャーターもすでに済ませてありますけど、とりあえずあと数時間で辺りも暗くなっていきますし、今日のところはこの街で宿泊していきましょう」
オッケー! 図らずも旅の仲間がひとり増えたが、当初の予定どおりアリスミゼラルの第1日目はこの街で過ごすことに決定したのだった。
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