第93話 こんなのってないよ

「な、なんで君がここにいるんだよ? な、なにがあったんだよ」


 遺跡地下4階広大な空間が広がるそのスペースには、ノーステイルから馬車で数日間を共に過ごしたビジランテの見習いマーチが立っていた。他の4人も同様にビジランテの待機メンバーだ。

 どうなってる? なんで外で待機していた5人がここにいるんだ!?

 いや、問題はそんなことじゃない……


 ――なんで5人共灰色なんだよ……


 嘘だろ…… てことはマーチ達も何者かによって強制的に服従させられているってことか!? 一体どうやったらこの状態を解除することができるんだよ。


「ねぇ! ノナ! あの状態を解除するにはどうしたらいいんだ?」


 ノナなら解除の方法を知ってるかもしれない、そう思ったのだが、返ってきた答えは非情な通告だった。


「すまん、レット君、残酷なことを言うが、あの状態になった者を元の状態に戻すのは無理だ。いや、無理ではないな、非常に言いにくいのだが……」


 聞きたくない…… ノナが言わんとしている言葉が脳裏に浮かぶ。頼む、言わないで……


 ――殺すしかない……


 そんな…… そんなのってないよ……


「私が、アコナイトを、倒す、んだ……」


 灰色の何かになってしまったマーチがボソボソと同じ言葉を何度も繰り返す。

 そうだよね、君も待機メンバーなんかじゃなく、討伐メンバーとして戦いたかったんだよね。なんでこんなことになっちまったんだよ。


「レットさん! よそ見しない! しっかりしなさい!」


 トーカ姉さまの声で我に返る。


「もうこうなった以上どうしようもありません! 彼女達には申し訳ありませんが、ここで手をこまねいていれば殺されるのは私達です! 怖気づいたのなら後ろに下がってなさい!」


 そう僕を諭しながら突進していくトーカ姉さま。くそっ、なんでそんなに強くいられるんだよ、彼女達と過ごした時間は僕よりもトーカ姉さま達の方が長いだろ?

 彼女の気丈な振舞いに頭では理解こそすれ、心ではどうしても容認できない。そんな時、ノナが僕にそっと語りかけた。


「レット君、大丈夫か? こんな時に無理を承知で言うが、できることなら君が彼女達を楽にしてくれ。トーカは気を張っているが、彼女はあの待機メンバー達ととても親しく接していた。きっと彼女が手を下せば必ず自責の念にかられる。そうなればあとはどうなるか想像がつくだろう? 君には嫌な役を押し付けてしまうが……」


 だよな。そうだよ。絶対トーカ姉さまにこんな役を押し付けちゃダメだ。


「なぁ、ノナ! 本当にもうどうすることもできないんだな!? これ以外に本当に方法はないんだな!?」

「あぁ、すまない。もうどうしようもない」


 ――分かった。分かったよ……


 仕方ないなんて言葉では片づけられない、でもここで彼女達に手を拱いていたら、ここにいる仲間を危険に晒すのなら……


「トーカさん! 下がれ!」


 泣きながら剣を振るうトーカ姉さまの肩に手を掛け後ろから引っ張り、思いっきり後方へ飛ばす。きっと言葉だけじゃ、彼女はこの死にたくなるほど絶望的に残酷な役目を僕に譲ろうとはしないだろう。


 Purple peony punish sinner(紫の芍薬は罪びとを罰する)――

 ――パチンッ!


 あと残り2枚になったカードの1枚を真っ二つに折りながら詠唱をした。

 考えたらダメだ。出会ってからたった数日だろうと思い出は蘇る。でも今は考えたらダメだ。


 呪文は成立し、5人の灰色の何かになってしまった待機メンバー達の足元から、もう何度も見たあの異様な光景が繰り広げられる。


 ――あぁ、もう嫌だ…… なんでこんなことに……


「レット君、もういい、下がれ。彼女達をせめて元の人間に戻して還す。これくらいしかできないのが歯がゆいが……」


 ノナが彼女達を元の人間に戻す。何者かによって強制的に操り人形にされた、魂を雁字搦めにされて、人では無くなってしまった人達へのせめてもの手向け。


 物凄い喪失感、やり場のない怒り、この如何ともしがたい負の感情をぶつけるべき相手、そうだ、アコナイトさえ倒せば……


 なんとか自分を奮い立たせ前を見る。鉛のように重い右足を前へ、広大なスペースの中へと進む。中へ入ると奥の方に祭壇のようなものが見えた。ここは昔大聖堂かなにかだったのか? そんなことを館得ていると、辺りに異変が生じた。


「こ、これってもしかして……」


 淀んでいた空気に、さらに忌まわしい群青色の霧が漂ってくる。それはゆっくりと、だが確実に濃度を上げ、辺り一面に侵食してくる。


「みんな! 気を付けろ! あいつだぞ! とうとう、あのクソ野郎のお出ましだぞ!」


 言わなくても皆当然分かってる。この中で意気消沈し、戦意を喪失したものはいない、でもなにかしらの発破を掛けなければこれ以上戦うことはできなかった。


 ――おいおい、お前ら遅かったじゃねえかよ。俺からのプレゼントどうだったよ?


 姿は見えない。だがこの声は忘れない。前回の転生で誕生日直前、12歳の壁を超える間際に僕を死の淵へとブチ落とした元凶。


 人の魂を踏みにじる宿敵にようやく対峙した。

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