第94話 対復讐の魔人アコナイト

 ――どうしたよ? ルーナァ、トーカァ! そんな泣きそうなツラしてよぉ。俺からのプレゼントがそんなにうれしかったんかぁ!?


 顔は見えない、だけどヤツはそこにいる。

 群青色の霧の中アイツの癇に障る声が響き渡る。


「あなたはここで終わり。私が引導を渡してやる。私から大事な人を奪った…… その代償を今ここで支払ってもらう!」


 ルーナが聖堂中に響き渡る声で宣言する。聖堂の中は段々と群青色の霧で充満していく。


「あぁ? 大事な人ぉ? あぁ、クソゴミクズのことかぁ、名前もわかんねえのによぁ、いもしねえくせによぉ、俺の頭ん中でごちゃごちゃうるせえクソゴミクズのことかぁ!」


 ――てめえらをぶっ殺して、俺の頭の中のゴミクズも消してやる!


 ヤツの叫びと共に群青色の霧の中から剣撃が走る。狙われた相手はトーカ姉さま。寸での所で迫りくる一撃をなんとか躱しはしたものの、その拍子で態勢を崩してしまった。

 すかさず飛んでくる凶刃がトーカ姉さまの左腕を捉えた。


「ウグッッ! アァァァ!!」


 トーカ姉さまの右上腕部に深く突き刺さった刃は一瞬で引き抜かれ、アコナイトの凶刃は再び群青色の霧の中へ沈んでいく。凶刃が引き抜かれた傷口からは大量の鮮血が辺り一面へと飛び散った。


「トーカさん! 大丈夫か!? いや、これ、出血が酷い……」


 倒れこんだトーカ姉さまにすぐさま駆け寄り、体を抱きかかえる。どうする? 打開策がなんにも思いつかない。と、とにかく姉さまの治療をしないと。でもこんな状態じゃ……


「皆! こっち来て! 私のそばへ、早く!」


 ロベリア!? なんだ? なにをするつもりだ?

 叫び声に呼応してその場にいた全員がロベリアの元へ駆け寄った。


「ロ、ロベリア!? なにか手があるんか!?」

「ちょっと待ってて、集中するから。あ~、えぇと……」


 ――じ、慈悲深き光の女神よ、え、えぇと、我が求めに応じ…… か弱き者たちを、えぇとぉ――


 ――あ~! もう! お願い! 私達を守って!!


 ――セイクリッドプロテクション!


 ロベリアが詠唱? のようなものを唱え呪文名を唱え終えると、彼女を中心に眩いばかりの光のドームが出現した。

仲間達を包み込むように、展開したその光の防御壁の中には群青色の霧は発生していない。この中にはあいつは、アコナイトは入ってこられないってことか!?


「は、早く、今の内にトーカさんに治療を!」

「わ、わかった!」


 ロベリアの催促にテオが答え、回復魔法を施す。だが……


「すまない、私は回復魔法はヒールしか使えないんだ。出血はなんとか止められたが、ヒールではこれ以上は…… このまま放置しておけばトーカさんの命に係わる。早くなんとか現状を打破しなければ……」


「あいつがこちらへ攻撃してくれればそのまま反射できるんだけど」

「ど、どゆこと?」

「この防御壁は私と同一と認識されてるからこの光のドームへ攻撃が当たれば反射できるらしいの。デカがそう言ってたわ」


 な、なるほど、てことは……


「ロベリア! 僕だけ防御壁の外へ出る。そんであのクソ野郎の攻撃をこのドームへ誘導する。もうこれしか思いつかない!」

「えっ!? で、でもそんなことしたらレットが危険じゃないの!」

「もう危険とか言ってる場合じゃないでしょ! 誰かがやんないと!」


 叫ぶと同時に体が動いた。僕は光のドームに手をかける。するとその光の壁にはまるでそこになにも存在していないかのように、触れた感触が全くない。流れのまま亡骸を召喚し、そのままドームの外へ飛び出す。そしてアコナイトに向かってこう叫んだ。


「おい! 卑怯者のクソ野郎! サッサとかかってこいや! ブチ殺してやるよ!」


 ――あぁ!?


 どこからともなく聞こえてくるアコナイトの怒声。

 光のドームを背にしてヤツの繰り出す凶刃を迎え撃つ。頼む、うまいこといってくれ!

 そして霧の中から突如現れた鋭い斬撃。


 よしっ! 真正面からきたっ!

 僕の顔面に突き刺すように狙いを定められた凶刃、僕の額に当たる寸前で世界はスローモーションになり、間一髪で斬撃を避ける。宙ぶらりんになった斬撃はそのまま光のドームへぶち当たった。


 ――アッ、アガッ! ガガガッ!!


 アコナイトの嘆声が聖堂内に響き渡る。

 よしっ! どうだ? やったか?


 ――クソがぁ! こ、これが悪意の反射ってヤツかよ…… 本当に忌々しい奴らだぜ。


 くっそ、まだ倒せてない、だがこの戦法ならイケる! さっとと攻撃してきやがれ!

 だがヤツからの次の攻撃が来ない、奴もさっきので反射のヤバさを身をもって知ってしまった。そうそう簡単に迂闊な真似はしてこないか。どうする? 手詰まりじゃねえか。

 だがしばらくの沈黙の後、アコナイトは突然声を荒げてなにかを叫んだ。


 ――おいぃ! お前も見てないでさっさと手伝いやがれぇ! てめえならなんとでもできるだろうがぁ!


 お前? 誰だ? ここに敵がアコナイト以外にもいるってのか?


 次にアコナイトが発した名前……


 僕らに絶望を与える名前……


 デカが命懸けで僕らを逃がしてくれた、あの森での戦闘で出会ったアイツの名前……


 ――アーテー! こいつらをどうにかしやがれぇ!


 聖堂内が絶望色に染まった。





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