第92話 ジリ貧

「ね、ねぇ、さっきは絶対に死んじゃったと思ったんだけど、な、なんでなんともないのさ?」


 魂を囚われた女性をなんとか退け地下3階を進む最中、僕はどうしてもノナが無事でいることが信じられず彼に問い詰めた。


「あぁ、これはな、俺の能力だ。自分にしか使えないんだけどな。その能力は……」


 ――逆行


「なにかしらの致命傷の攻撃を受けても受ける前までの状態に戻れる。それが俺の能力だ。もちろん一瞬で塵芥ちりあくたになるような攻撃を受ければ死んでしまうかもしれないけどな。そんなことは今までに一度もないからわからんのだが」


 な!? なんだよ、そのチート能力!? あ、でも死ぬほどの痛みを味わうのか? そう考えるといいのか悪いのか分からなくなってくるな。


「ちなみにこの能力はボス、ホウライ様から譲り受けた物。彼女は17ガーベラのメンバーそれぞれに自分が持っていた権能を分け与えた。だから彼女には現在なにもない」


 え、そうだったのか、あんなに強くてえらそうなホウライがなんの能力も有していないなんて…… にわかには信じられない。


「だからデカは君に言ったんだ。ホウライ様を頼むってな。もしここで俺が死ぬようなことになったら、俺からも頼む。ホウライ様を守ってやってくれ」


 な、なんでこんな時に、こんなとこでそんなことを言うんだよ! おかしいだろ…… アコナイトを倒して皆で帰るんだろうが……

 

 頼むからそんなこと言わないでくれよ。


 ノナの発した言葉になにも言い返すことができないまま僕らは地下3階を進んだ。



    ◇



「ねぇ! あれって階段なんじゃないの!? どうする? あの階段降りてく?」


 オスボが使役する魔獣も全て息絶え、敵の野盗の姿もなく、罠もない地下3階を進んでいくと、先頭を行くロベリアが見るからに禍々しい雰囲気を放つ地下4階へ誘う階段を発見した。


「この階をこのまま探索するか、一気に地下へ降りるかだが、どうする? 皆の意見を聞きたい」


 テオも判断を決め兼ねている。そりゃそうだ、どちらが正解かなんてここにいる誰にも分からない。ならもう直観に従うしかない。


「地下へ降りよう。なんの根拠もないけど、下から嫌な雰囲気がバンバン伝わってくる。もし下の階になにもなければまた上を探索すればいい。どうかな? みんな」


 無責任な僕の提案に皆乗ってくれた。そして僕らは恐る恐る地下4階へ続く階段を降りていく。


「ねぇ、見て。あれって」


 階段を下った先、開けた通路に出たことが僕らが地下4階に到着したことを知らせる。そのひらけた通路の先には3人の人影が立っていた。


 マジかよ……


 ついさっき、ひとりでもあんなに苦戦した灰色の人間だったなにかがそこに佇んでいた。


「我らアンフィス……の勇敢なる戦士、貴殿らを殲滅せしめん。いざ尋常に勝負……」


 え、アンフィス…… 聞き取れなかった。どこかの地名か? でもどこかで聞いたことがあるような。

 い、いや、そんなこと考えてる場合じゃねえ! 相手が元人間だとか、囚われてるとか、考えるだけ無駄だ。向こうは僕らを殺そうと襲ってくる。こちらもそれに全力で向かわないと。


「みんな! どいて! 一気にかたを付ける!」


 もう出し惜しみなんてしていられない。懐からあのカードを取り出し無造作に叩き折る。


 Purple peony punish sinner(紫の芍薬は罪びとを罰する)――

 ――パチンッ!


 3人の戦士と名乗る灰色の何か達の足元から紫色のツタが出現し、そのまま彼らを拘束する。

 そしてそのツタからは数えきれない、無数の凶悪な棘が……


 ツタに絡まれ、棘に串刺しにされた3人はまるでなにかのオブジェのようにその場で微動だにしない。


 くそっ、使っちまった。あと2回、あと2回しか使えない。いや、でもまだ2回も使えるんだ。アコナイトを倒す為にまだ切り札は2回も残ってる。


「レット君、すまん、少しだけ待っててくれ。彼らの魂をこのままにしておくのは忍びない。元の場所へ還してやらねば」

「うん、わかった……」


 地下3階でノナが見せた御業が魂を囚われたままだった3人を元居た場所へ還していく。灰色の肌から元の肌色に戻った3人の遺体をあとにして先へ進む。


 地下4階は脇道もなく比較的広い通路が続いていた。

 もうどれ程進んだだろう。地上の遺跡からは想像もつかないくらいの広さ。きっとどこか他の遺跡か遺構にでも繋がっているのだろうか。


 体感時間で多分30分は進んだであろうか、行きついた先には大きな講堂のような、とても広い、ライトニングの魔法でも全てを照らせない程に広い空間がそこには広がっていた。


「ねえ、また誰か立ってるわよ、え? あれって、嘘でしょ?」


 先頭でなにかを目撃したロベリア、僕らの位置からは暗くてそこになにがいるのかはっきりと窺い知ることはできない。


 僕らは急いでロベリアの近くまで駆け寄っていく。

 ん? 誰だ? 人影が、5体……


「な、なんで君がいるんだ? 君は外で待機してたはずだろ? なんでここにいるんだ……」


 ここに居るはずのない人物を見て驚きを隠せないテオ。

 そこに立っていた5人のうちのひとり。

 そこにはいたのは僕らをノーステイルの街からここまで連れてきてくれた人……


 ビジランテの見習い……


 マーチが立っていた。


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