第54話 知ってる天井
身体が重い。何人もの人が僕の上に覆いかぶさっているかのような感覚。瞼も開かない。ずっと目を閉じていたせいで瞼が目やにでくっ付いてしまっているのか?
でも瞼の向こう側に微かに光を感じる。
僕はまた死んで、あのなにもない部屋へ戻っていたのだろうか?
――カチャカチャ、カチャカチャ
なんの音だ? 陶器か何かが擦れるような音が聞こえる。また代わりのお兄さんが精進料理でも用意してるのか? 今ならなんでも好き嫌いなく食べれそうだ。
そんなことを考えていたらすぐ近くに人がいる気配を感じた。多分距離は数十センチも離れていない。その人は横になっている僕の背中に手をあてがって、体を起こそうとしているようだった。
――あ~、お、重い……
女性の声か? なんとか瞼をあげようとしても、まるでテープで止めてあるかのように開かない。僕は誰かに背中を支えられて上半身だけを起き上がらせられる。そして誰かが僕の口もとに手をそっとあてがってくる。温かい手だ。すると突然両頬をぐにゅっと掴まれた。無理やり開かれた口になにか温かいトロっとした液体が流し込まれてくる。あ、おいしい。ちょうどいいしょっぱさ。優しい味だ。あ、これスープか?
開かなかった瞼がようやく少し開いた。うっすら見える人の影。誰だ? 光が眩しくて輪郭しか分からない。
スープのようなものが何回か口に運ばれて、そのあと彼女は起き上っていた僕の体を優しく、元の寝ていた態勢へ戻してくれる。
目がだんだん慣れてきた。食事の後、その女性は僕の服を脱がそうとしているのか、どうやら上着のボタンを外しているようだ。うまく脱がせないのか「くそっ」とか「おもっ」みたいな愚痴が何回も聞こえてくる。
どうにか裸にされ、ぱんつ一枚になった僕の体をタオルで拭いてくれている。あぁ、温かくて気持ちいい。
やっと瞼が開きそうだ。なんなんだ、これは。あの白い部屋でこんなことされたことないぞ。一体なにがどうなってやがるんだ?
ようやく開く瞼。そこにいた女性。僕の体を拭いてくれていた女性は……
――ロ、ロベリア?
「わ、うわっ! レ、レット! び、びっくりしたぁ。め、目が覚めたのね!」
思わず目が合った。あぁ、ロベリア、無事だったんだ。よかった、本当によかった……
目が覚めた僕に思いっきり抱き着いてくるロベリア。うわんうわん泣きながら「よかった、よかった」と連呼している。
「ロ、ロベリア、なにがどうなってんの? 僕死んだの?」
慣れてきた目で当たりを見渡すと、どうやらあの部屋ではないみたいだ。見慣れたロベリアの屋敷の、僕にあてがわれていた部屋だった。
「なに言ってるのよ、最初は私もレットが死んじゃったかと思ってたんだからぁ! よかった、本当によかった……」
あぁ、死んでなかったみたい。でもロベリアごめんね。なんかめちゃくちゃ心配かけちゃったみたいで。
「レットが倒れてあの女が消えた後ね、すぐにホウライが来てくれたの。それであなたのことを診てくれて、命に別状はないってことがわかったの。彼女は私の治療もしてくれて、なんとか助かったってわけよ」
そうだったんか。ホウライのおかげで助かったってかんじか。あの人世間では魔人とか言われてるのにめちゃくちゃいい人だったんだな。会ったらお礼を言わないとな。
「今はうちの屋敷でレットのこと看病してるんだけど、3日に1回はアトロポスもホウライも来てくれてるのよ」
そっか。父ちゃんもそんなに頻繁に来てくれてるんか。ほんと心配かけちゃったな。会ったら謝らないと。
皆にどうやって謝ろうか考えていると、突然頭に電気が走ったみたいな感覚に襲われた。右耳から左耳へ電流が駆け抜けるような感覚。
――やっとお目覚めかな? すぐそちらに向かうよ。
頭に響く誰かの声。この声はホウライか? え、でもどうなってる? どうやったんだ?
一時して扉の開く音がして、僕らの命の恩人が部屋へ入ってきた。
「やぁ、気分はどうだい? よく寝てたねえ。ロベリアにしっかり感謝するんだよ。彼女がずっと君の食事や体を拭いたりと、ずっと君の身の回りの世話をしてくれていたんだからね」
そうだったんか。ロベリアにも本当に感謝しかない。
「ロベリア、ありがとね」
ふと気づくと、僕はぱんつ一枚だったことを忘れていた。あわわ、これはハズい。服はどこだ?っと。
服を探そうと体を起こそうと思ったのだが、体がうまく動かない。
「あり? 体が起き上んないんだけどぉ、ちょっと待ってね、今起き上るから」
僕がそう言うと、ロベリアが慌てて僕に近寄ってくる。どうしたんだ? そんな慌てて。
「レ、レット! あなたまだ寝てなきゃダメよ! ていうかこんなに長い間寝てたんだから起き上がれないわよ! しばらくはリハビリしないと……」
え? こんなに長い間? ぼ、僕一体どんだけの間寝てたんだ?僕は恐る恐る聞いてみた。
「ね、ねえ、ロベリア、僕ってどんだけ寝てたの?1週間とか?え、もしかして1か月とか?」
彼女から返ってきた答えは予想をはるかに超えるものだった。
何言ってるのよ! あなたはねぇ!――
――4年間寝ていたのよ!
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