第55話 空白の4年間

 4年間寝ていた!?

 嘘だろ…… ちょっと信じられないんだけど。え、てことはその間ずっとロベリアは僕の看病をしてくれてたってこと? 


「ロ、ロベリア、4年も僕のことずっと見ていてくれたの?」

「そうよ。感謝しなさいよね! なんちゃって。最初は慣れなくて大変だったんだから!」


 彼女の言葉を聞いて思わず涙が溢れだす。彼女は笑顔で言っているが、4年も寝たきりの人間を看病するのがどれ程大変か容易に想像がつく、いやこんな陳腐な言葉では言い表せないほど彼女には迷惑を掛けてしまったことだろう。

 突然泣き出した僕を見てロベリアはどうしたらいいのか分からず、あたふたしているようだ。ここまでしてくれた彼女に僕はなにを返せるんだろう。


「ロベリア、ありがとう、ごめん、こんな簡単な言葉しかでてこないや。でも本当にありがとう。ロベリア、大好き」


 ついポロっと言葉に出てしまった。それを聞いてロベリアも大粒の涙を流して、ふたりしてワンワン泣いてしまった。ふたりとも涙と鼻水で大変なことになっていた。



    ◇



 しばらくして父ちゃんがやってきた。あの父ちゃんがハアハア言いながら、肩で息をしながら走ってやってきた。いつも何食わぬ顔でなんでも平然とやってのける、飄々としたあの人が顔を真っ赤にして、息を切らして部屋に入ってきた。


「レ、レット、よ、よかった…… し、心配させてんじゃねえよ! この大馬鹿野郎!」


 父ちゃんも目に涙を浮かべて僕の頭を優しくこついた。ごめんね、父ちゃん。いっぱい心配かけちゃったね。

 それからアナスタシアやクラウディア、部長も来てくれて皆で泣きに泣いた。泣き声の大合唱だ。でも泣いてても皆涙の裏には笑顔があった。本当によかった。生きててよかった。



    ◇



 皆ある程度落ち着いてから僕が寝ていた4年間になにがあったのか聞いてみた。

 一番気になっていたのは部長のことだ。イゾウ氏に拉致られて日本へ帰る為の触媒にされたのは知っているが、その後どうなったのかが一番の気がかりだった。

 結論から言うと部長は闇の刻印を失った。イゾウ氏が行った儀式は部長に闇の刻印をイゾウ氏に向けて使わせてイゾウ氏の影を消失させるというものだったらしい。

 そうすることで、この世界でのイゾウ氏の存在を曖昧なものとしてロストルームへの架け橋とするものだったそうだ。まぁ結果は知ってのとおりだったわけだが。

 その結果部長は闇の刻印を消失したが、それ以外に体に変調があるわけでもなく、 今では普通に生活できているようだった。本当によかった。いや、闇の刻印を失ったのは可愛そうだが、あんなもの無くても別に困らないだろう。あんなものがあったからイゾウ氏に狙われたわけだしね。

 次に気になっていたのはアナスタシアの家「キサラギ財閥」の現在だ。イゾウ氏が企てた今回の事件によって、お家取りこぼしにでもなっていないか心配していたが、そこも部長のオスクロー家とキサラギ財閥の間で秘密裏に取引があったようで、まぁぶっちゃけ金でうまいこと解決したらしい。

 どう解決するのが一番よかったのかは僕にはわからないが、二人が前とそこまで変わらない関係を続けているのをみれば、これがきっと一番の落としどころだったのだろう。


 ふと周りを見るとラヴァとペルルがいないことに気が付いた。


「ねぇ、父ちゃん、ラヴァとペルルはどうしたん? 森で留守番か?」

「あ? あぁ、ラヴァは森で留守番してる。さすがに誰もいないとメラニア達もいるし不用心だからな。ペルルはぁ……」


 父ちゃんは何か言いかけて口淀んでいるみたいだ。なんだ? なんかあったんか?


「とりあえずお前はゆっくり体を慣らしていけ。4年も寝たきりだったんだ。いくら俺でもそう簡単には治せない。ある程度動けるようにはしてやるけどよ、感覚を戻すのはお前の頑張り次第だからよ」


 うーん、ペルルのことが気になるけど、まぁまたあとで聞けばいいか。たしかに父ちゃんの言う通りだ。とりあえず僕はまずリハビリして体を思うように動けるようにするのが先決だよね。

 一頻り皆との感動の再開と、空白の4年間のことを聞いた後、僕はもんのすごく重要なことに気づいた。もおおおんのすごく大事なことだ!


 ――僕は12歳の壁を越えたのだ!!


 まぁ! なんということでしょう! 図らずも僕はいつの間にか12歳の壁を越えて15歳になっていたのです! 信じられません。奇跡が起こりました。

 正確には4年と1か月が経過していたみたいで、僕はもうすぐ16歳になる。

 ん? レミアラってこの為に僕にあんなことをしたのか? いや、でもロベリアに酷いことをしたしなぁ。素直に喜べねぇ。うーん、次に彼女に会った時どんな顔すればいいかわかんねーや。


 そんなことを考えながら安心したのか、僕は自分の胸を撫でおろしていた。なんでそんなことをしたのか分からないが、とにかく自分の胸を撫でおろしていた。そして僕はあることに気づいた。

 僕は今15歳だ。11歳から4年も成長したのだ。でもないのだ。11歳の時もなかったが、僕には女性にあるだろうアレがほとんどなかった。

 僕の胸はぺったんこだった。貧乳だったのだ。大きくなったら胸がデカくなってグヘヘヘヘとか思っていたのに僕は成長しても胸がないタイプの女性だったのだ。

 ふん! そんなもんいらねえ! 胸なんてなくても別にいい! 昔どこかの偉人が貧乳はステータスだ! って言ってたし。あったらあったでうれしかったけど、僕は元男だ。自分の胸を揉んだってうれしくもなんともない……


 だが僕の心には一抹の寂しさが残ったのだった。あってもよかった、あってもよかったんだけどね、と。

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