第63話 perceptual expansion(知覚拡張)

「さぁ、やっと最終フェーズだ。今回君に習得してもらうのは、ずばり3ピースだ」


 へ? 3ピースなら父ちゃんに教えてもらってもう使えるんだけどぉ。まぁ、使えるのはこの反転の森の中限定なんだけど……


「君の3ピースがこの森でしか使えないことは知っている。森の外で使用したら多分一瞬で君の脳は焼き切れるだろう。それほどまでにあの魔法は危ういものなのだよ」


 マ、マジか。そんなにヤバい魔法だったのか。たしかに威力はものすごいし、あんな魔法をバンバン撃てたらそりゃ無敵だしな。


「え、でも森以外で使えないのに3ピースの練習すんの? 意味なくない?」


 森以外で使えないんじゃあルーナ達を助けに行っても使えないしな。意味ないと思うんだけど。だったらもっと他の魔法とかを訓練したほうがいいような……


「君の考えてることは大体わかるが、まぁ聞きなさい。3ピースはあの異様な攻撃魔法が全てではないんだよ。実はもうひとつの用途がある。私は寧ろこちらのほうが魅力的だと思うんだがね」


 え、そんなのがあんの!? 初めて聞いたぜ。


「今から教えるのは補助魔法としての3ピースだ。まぁ正確には魔法じゃないが。これなら森の外で使用しても問題ない。尚且つ確実に君に利益をもたらすことだろう。覚えておいて損はない」


 『では森の外へ行こう』とホウライに促され、森から少し離れたところにある廃墟群へ向かった。ここは人が去ってからすでに数十年は経過しているので、誰かに見られることもないだろう。


「やり方は簡単だ。3ピースの詠唱をした後にこの呪文を唱えるだけでいい。いいかい? よく聞いておくんだよ」


 Purple peony punish sinner(紫の芍薬は罪びとを罰する)――

 perceptual expansion(知覚拡張)――


 ――パチンッ!


「え、パーセプシャル、エクスパンション? それだけでいいの?」

「あぁ、君もやってごらん」


 ホウライに言われ僕も同じように呪文を詠唱する。一体どうなるってんだ? ホウライを見ても特段なにか変わったようには見えないけど……


 Purple peony punish sinner(紫の芍薬は罪びとを罰する)――

 perceptual expansion(知覚拡張)――


 ――パチンッ!


 え、なにこれ……


 呪文を唱えてすぐ、もの凄い違和感が僕の脳みそを直撃した。

 世界がダブって見える。いや、これはダブっていると言っていいのか? なんだろう、全ての物体が小刻みに色々な方向へ移動しようとしているというか、行動が定まってないというか、全体がなんていうか、貧乏ゆすりしているみたいだ。


「どうだい? 視覚が定まらないだろう? 最初は仕様がない。そのうち慣れるさ」


 ほ、本当に慣れるのか?これ。

 そんなことを考えていたら突然物凄い吐気が僕を襲ってきて、我慢できずにその場で嘔吐してしまった。うげぇ、なんだ、これ、ヤバい、めっちゃ気持ち悪い……


「それも仕方ないね。呪文酔いしたんだろう。あと脳に入ってくる情報量が膨大になるからね。これもそのうち慣れてくるさ」

「ね、ねぇ、そんで詰まる所、こいつはなんに使えるの? こんな状態じゃてんで役に立たないと思うんだけど」

「ふぅ、君もせっかちだねぇ。まぁいい。特別に教えてあげよう。これは魔法を使用した時に思考加速をするための呪文なんだ。最初に言った通り、正確にいえばこれは魔法じゃない。身体強化や精神強化の呪いみたいなものさ。だから私にも使えるわけ」


 思考加速? 何言ってるのか全くわかんないんですけど。ホウライさんもうちょっとわかりやすく言ってくんないかな……


「その様子だとこれっぽっちも理解してないみたいだね。お姉さんはバカな教え子を持って悲しいよ。まぁ詳しい使い方はこいつにある程度慣れてからだね」


 その後ホウライはこのperceptual expansion通称PEの持続可能時間が大体10分程度だということ、日に何度も使用すると脳が耐えきれずにパンクしてしまう、要は廃人になってしまうことを教えてくれた。

 その日は数回PEの練習をして訓練はお開きとなった。



    ◇



 あぁ、まだなんか気持ち悪い。昨日のPEの練習からずっと頭が重い。呪文の効果は消えてるっていうのに、あの気持ち悪い光景が頭から離れない。

 本当にあれに慣れることなんてできるんか? 不安しかない。

 そんな愚痴を言っていても訓練は無常にも再開される。ホウライにサッサと呪文を詠唱しろと言われ、ブーブー言いながらも呪文を発動させた。


 ――パチンッ!


「あ、あれ? 昨日ほど気持ち悪くない、ような……」

「うん、よし、だいぶ頭が慣れたみたいだね。じゃあそのままファイアボールをふたつ出してみよう」


 え、あ、はい


 言われるがままファイアボールを二つ顕現させる。そいつを頭上5メートル程のところで待機させる。


「いいかい? ここからが本番だ。軌跡を20本だしてファイアレインを構築するんだが、通常なら一度出した軌跡を術が発動した後に修正するのは困難だ。まぁ当然だ。時速100キロ以上の速度で降り注ぐ火の球を自由自在に操るのは通常では不可能だ」


 た、たしかに20個のも火の球を自由自在に操るなんて無理だ。それこそ脳内の処理が追い付かない。もの凄いスピードで飛んでいく火の球ならなおさらだ。


「だが昨日教えたPEを使用すればそれが可能になる。まぁ実際ファイアレインを撃ってみれば分かるよ」


 分かった! 早速ファイアレインを発動させると、彼女が言っていた意味が分かった。


 ――なんだこれ?


 放たれたファイアレインの軌道が全てコマ送りに見える。いつもなら一瞬で目標物へ到達する火の球達が不自然な動きで進んでいく。

 うっ、頭が痛い、割れるように痛い。気持ち悪さが収まったと思ったら今度は頭痛かよ。

 余りの頭痛で思わずファイアレインを途中で消去してしまった。


「どうだい? わかったかい? 最初は脳内処理が追い付かないだろうけど、慣れてくれば全ての軌道を術の発動後に修正できるようになるだろう。こればかりは何回もやって頭を慣らしていくしかないね」


 『さぁ、もう1回』というホウライの非情な一言で、収まらない頭痛を抱えながら再度ファイアレインを唱えるのだった。

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