第64話 急展開

 レッスン3へ突入してからはや1週間、相変わらず頭痛は止まないけどある程度のコツは掴めてきた。

 PEを発動しているととにかく脳への負荷が半端ない。頭に物凄い量の血液が流れていくのを実感する。そしていつか経験した魔力切れによる鼻血を度々思い出してしまう。まぁあの時は前兆がなかったんだけど。


「ねぇ、ホウライ、これって必要なの? ファイアレインを撃てるだけで十分だと思うんだけど」


 ファイアレインは強力な魔法だ。魔獣が相手にせよ、野盗や野良ハンターが相手にせよ、そこまで魔法の射出方向をコントロールしなくても問題ないような気がするんだが。


「なるほど、君の言っていることも分かるが…… だが考えてみてくれ。そこまで広くないスペースで、敵味方入り乱れての乱戦状態になった時、ファイアレインを撃ったらどうなる? 君は敵も味方も関係なくファイアレインで丸焦げにするのかい?」


 うっ、たしかに…… 停止している的ならともかく、敵は一か所でジッとなんてしていてはくれない。やっぱり必要な訓練なんだろうな。

 てかホウライのあの眼に見つめられて説得されると、ついすべての言動を肯定してしまいそうになる。真っ黒い、輝きのないあの瞳。

 やっぱり元女神様だからなんかしらの眼力でもあるのか? いや、考えすぎか。



    ◇



 さらに数日経ち、ホウライはどこから連れてきたのか分からないが小型の魔獣を放ち、そいつらをファイアレインで倒すよう指示をしてきた。

 それまでは動かない的で練習していたんだが、やはり動く標的となると勝手が違う。だけどやっていくにつれてかなり高い精度で魔獣達を迎撃できるようになってきた。

 その日もそんなかんじで魔獣を迎撃し終わると、突然ホウライが『この訓練はこれくらいにしておこう』と言い出した。おぉい! 勝手やなぁ! いや、まぁいいんですけどぉ!


「よし、PEも大分慣れたことだし次のステップへ進むとしよう。次のやつは簡単だ。こいつはPEよりもさらに便利だからきっと君は私のことを泣いて崇めると思うよ」


 へぇへぇ、さすがホウライ様ですよ。すごいすごい。


「君ほんと可愛くないね。まぁいいや。今から教えるのは時空干渉の術だ。これはある空間からある空間に保存してある物質を取り出すことのできるというものだ。例えばどこかに置いてあるアイテムを欲しい時に取り出すことができる。どうだい? 素敵だろ?」

 「め、めっちゃ素敵! てかすごくない!? それ。それも魔法じゃないの?」

 「あぁ、こいつは本来なら膨大な空間座標計算やらの高度な演算処理が必要な空間魔法を、あらかじめ簡易術式に組み込んだものなんだ。簡易的な物だからなんでもかんでもってわけじゃあないけど、指定しておいた物質を保存しておいて、好きな時に取り出すことができるよ」

 え、これって好きな時に好きな場所で好きな物を取り出せる術式ってことだよな? すごい! マジでこれぞファンタジーの世界! ってやつじゃねえかよ!


「じゃあ早速呪文の詠唱を教えよう。呪文を詠唱すると任意の場所にゲートが開く。そこからあらかじめ保存されている物質を取り出すという寸法だ。使用した物質は壊れて使用不要になっていなければ時間経過で元の場所へ戻るように設定されている。まぁ分からないことが有ればまた聞いてくれたらいい。ではいくよ」


 Purple peony punish sinner(紫の芍薬は罪びとを罰する)――

 pandemonium(パンデモニウム)――

 ――パチンッ!


 詠唱が終わると彼女の傍らに明らかに他とは異質な空間が出現した。そこだけ空間が湾曲して見える。これがゲートってやつなのか?

 ホウライがその異質な空間に手を突っ込む。そこから出現したのは黒光りした棒のようなもの。


「これを君にあげよう。私お手製の片刃剣だ。当然非売品だから有難く使うといい。君が普段使っている木剣なんかメじゃないくらいの逸品だからね。大切にしなさい。」


 そう言って渡されたのは見るからに禍々しい棒きれ。長さは1メートル程度だろうか。剣というより刀に近いのか。柄のところにはボロッちい布切れが巻いてある。


「ね、ねぇ、これってなんかボロボロじゃない? いったら悪いけど木剣のほうが強そうなんだけど……」

「君ほんとに失礼なヤツだね。これはこう見えても私の肋骨で作った大層貴重なものなんだよ。しかも私の魔力を大量に練りこんである。そんな嫌なこと言うならあげないよ」

「ご、ごめんて。ホントごめんなさい」


 てか肋骨って! ホントどうなってんのよこの人の体…… でもホウライの肋骨かぁ、なんか嫌だなぁ。謝った手前やっぱいらないって言うのもなんかあれだな…… しゃあねぇ、もらっとくか。


 そのあと一頻りパンデモニウムの詠唱訓練をしたが、こいつは今までで一番楽だった。特に体への負荷もなく、詠唱すれば僕の傍らに次元の狭間が出現する。そこへ手を入れれば中にある剣、いや刀か、そいつを取り出すことができる。


「ねぇ、これって刀以外にも仕舞っておけないの? もっと色々入れとけたらめっちゃ便利じゃん。あ! 例えばさ、人とか召喚したりさ」

「あは、たしかに君の気持ちはよく分かるけど、こいつはそこまで万能なものじゃないからね。本来なら膨大な魔力と演算処理が必要な魔法を疑似的に再現してるだけだからね。せいぜい3個くらいが限度だね。あと人なんてこいつじゃ無理だよ」


 そうなのか。残念……


「そんな芸当ができるのは東の森の魔女と地平線の魔女くらいだろう」


 と、父ちゃんでも無理なのか。てことはそのふたりの魔女は父ちゃんよりすごいのか?

 そんなことを考えていると、ホウライが突然棒立ちになり、独り言を話し出した。いや、これは独り言じゃない。何回か見たことが有ろ。


 17ガーベラの誰かと会話しているのだ。


「どうした? ノナ。定時連絡にはまだ早いはずだが。ふむ、彼らが、ふむ、ふむ――」


 ノナはルーナ達に同行していった17ガーベラのメンバーだ。もしかしてルーナ達になにかあったのか?

 しばらくしてホウライがタバコを咥えたことで、会話が終了したことを伝える。


「向こうの動きに変化があった。どうやら君の友人達はアコナイトが潜伏している箇所にある程度目星をつけたようだ。そしてその近隣都市の有力冒険者チームと共闘体制を取るらしい。予定では今から約3か月後に討伐へ向かうそうだ。君が向かうならそろそろここを出発しないと間に合わないが…… どうする?」


 なにぃ!? そんなもん即答じゃい! 行くに決まってる!


「もちろん行くよ。もうちょっとホウライに修行つけてもらいたかったけど、こればっかりは仕方ないもんね。ちなみに今ルーナ達はどこにいるの?」

「トルナダ王国とアリスミゼラル連邦国の境目にある『セルトゥ暫定自治区』という小国にいるらしい。ここは数年前までセルトゥ戦線共同体という国だったんだが、アリスミゼラルとの和平が実現して国名が変わったらしい。ちょうど海岸沿いにある国だから海路で行けばそこまで大変じゃ旅ではないね」


 セルトゥ…… なんかどっかで聞いたことがあるような、ないような。まぁいい! どこだろうが僕は行くぜ! ルーナ、トーカ姉さま、待ってろよ、すぐに助けに行くからな!


「本当はもうひとつ教えたい術があったんだけどね。まぁ仕方ない。この続きは帰ってきたらにしよう。私はついていけないが代わりに17ガーベラをひとりつけてあげよう」


 彼女がそう言って暫くしたあと、黒のスーツに身を纏った女性がこちらへ向かって歩いてきた。


「よろしくね。レット。何かあっても私が守ってあげるからね。お姉さんに任せなさい」


 あ、デカだ。イゾウ氏との一件で散々僕に酷いことをしたヤツ。いや、まぁあの時とは立場も違うしお互い様だったし、別に恨んじゃいないけどね。


「デカ、頼りにしてるね! よっしゃ! じゃあ一旦屋敷へ戻って旅に出る支度をしますか!」


 久々に出会えるであろう旧友達との邂逅に胸を膨らませる僕なのであった。

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