第62話 ファイアレイン

「よし、レッスン2最期の訓練だよ。まずはファイアボールを出してみて」


 へぇへぇ――


 僕はホウライに言われるがままファイアボールを出現させる。一体今度はなにをさせるつもりなんだ? 全く予想がつかない。


「じゃあ次はもう1個ファイアボールを出してみて」


 え? そ、そんなことやったことないんですけど…… てかどうやってやるんだよ! てかこの人説明が足りなさすぎるんだよ!


「えぇとね、先に出したファイアボールを意識から外すんだ。そうすればあった場所に固定される。それからもうひとつ出せばできるはずだよ」


 意識から外すって…… 言うは易し行うは難しだっつーの! 

 とりあえずやっては見たものの、当然ながらうまくいくはずもなく、最初に出したファイアボールは消失してしまった。


「できない! 全然できない! 意識してないと消えちゃうんですけどぉ!」

「ほんと君不器用だね。いいかい? 例えば君の手、それはそこにあるだろ? 意識しなくてもあると認識している、そうだね? それと同じだ。最初に出したファイアボールは君の手と同じだ。そこにあって当然のものなんだ。意識しなくてもある、わかるかな?」


 ――つまり意識の無意識化


 うーん…… 言わんとすることは分からんでもないけどぉ……


「魔法は出した時点では君の体と同格だ。君の魔力から生み出されたものなんだからね。それは対象に当たって、残滓も消えた時点で初めて君から切り離された事象になるんだ」


 む、ムズい。こんなこと言われてもやれる気がしない。


「仕方ないな。あっ、そうだ、いいことを思いついた。ファイアボールを出したまま数日過ごしなさい。そうすれば私の言わんとすることに少しは気づけるはずだ」


 え、マジかぁ、でもそれをしてうまくいくのならやってみる価値はあるのかも。

 僕は圧縮したファイアボールを頭上に固定して一旦家に帰ることにした。



    ◇



「ちょ、ちょっと! レット! あなた頭の上に火の球がついてるわよ!」


 あ、はい、知ってます。


 事情をなにも知らないロベリアがびっくりしている。そりゃそうだろう。僕だってロベリアの頭の上に突然火の球が浮いていたら引くだろう。


「いや、ホウライがさ、魔力制御の訓練でさ、ファイアボールを出しっぱなしにしてろっていうもんだからさぁ。これめちゃくちゃ熱いんだけどね」


 そうだ、当然といえば当然なのだが、ファイアボールは熱い。超高温度の火の球がすぐ近くに常時あるのだから熱いに決まってる。今は春先、まだ少し肌寒いこの季節だからちょうどいいといえばそれまでなのだが、これが夏だったら地獄だったことだろう。

 とりあえず部屋へ入ったものの、暖炉がついていて尚且つファイアボールがあるせいで部屋は蒸し風呂状態になっていた。余りにも暑いので下着姿で過ごす。


「はぁ、なにこの拷問…… 一旦消しちゃってもいいかなぁ」


 そんなことを考えていたらどこかで僕の思考を読んでいるのか、ホウライが部屋に来て、消しちゃだめだよ、とダメ出しをしてきた。はいはい、わかりましたよぉ……

 その後常にサウナ状態の風呂に入り、本物のサウナ横に併設されている水風呂に浸かる。あぁ、最高! ここからずっと出たくないぜ!もういっそこのままここで寝ちゃおうかな。

 さすがにそんなことをしたら風邪をひきそうなので頃合いを見て風呂を出る。

 現在の時刻は午後20時。今出しているファイアボールを出現させたのはたしか昼過ぎだったはず。もうかれこれ8時間はファイアボールを出しっぱなしにしていることになる。こんなに長い時間魔力を放出しつづけてるのに、さほど疲れた感覚もない。

 ここ数十日に渡る訓練の成果を如実に感じる僕なのであった。



    ◇



 酷い寝汗に苦しみながらも数日間のファイアボールとの同居生活を終えた僕は、もう一度ホウライの前で第2のファイアボール発現のお披露目チャレンジを行うことにした。

 この数日間、なんだかファイアボールがあるのが少し当たり前になりかけてて、ふと存在を忘れることもあったが、火の球は消えることはなかった。今ならできそうな気がする。


「行くよ、ファイアボール!」


 頭の上にファイアボールがあるのは知ってるが、それは自分の手がそこにあるのと変わらない感覚になっていた。これがホウライが言ってた意識の無意識化か。


 ――ボワッ!!


 で、でけた! でたぞぉ! ファイアボールがもう1個でた!


「おぉ、おめでとう。頭の上のファイアボールも消えていないね。レット君、よく頑張ったね」


 ホウライが誉めてくれた! これはうれしい。僕は褒められて伸びる子ってやっと理解してくれたみたいだね。


「よし、次はもうひとつ出そうか」


 え…… マジかよ。


 結局その後5個のファイアボールを出すことに成功した。僕の頭の上にふわふわ浮かぶ5つのファイアボール、太陽が間近にあるような灼熱地獄を味わうこととなったのだった。



    ◇



 5つのファイアボールを出すことに成功した翌日、その日は近くの川へ来ていた。


「今日はレッスン2の総仕上げだ。これができたら最後の訓練レッスン3へ移行するよ」


 よっしゃ! ここまでこんだけ頑張ったんだ! もう怖いもんなんてなにもなぁい!


「まずは頭上に2つファイアボールを出してみて。それから出したファイアボールを適当な高さまで上げてみてくれるかな? そうだな、頭上から5メートルくらいでいいよ」


 オーケイ! 僕は言われた通り2つのファイアボールを出現させ、頭上から高さ5メートル程度の高さにまで上昇させた。


「よし、じゃあファイアボールから出てる軌跡を10本に分裂させてみて。多分イメージすれば簡単にできると思うよ」


 わかった! 僕はファイアボールから軌跡を10本、2つで20本枝分かれさせた。今までの訓練で苦戦していたのが嘘のように、今回はすんなりできたのだった。


「よし、標的は川面でいい。そのまま撃ってごらん」


 ――おう! いくでぇ! ファイアボール!


 発射されたファイアボールは20個に分裂した火の球となって川面へ飛んでいった。まるで無数の隕石が地上へ落下するかの如く。


「今のがファイアレインだ。軌跡の数をさらに増やせば大軍相手だろうが戦えるよ。もっと軌跡の数を増やせるように練習しておくといい」


 おぉ! 新技! 火の雨か! かっちょいいじゃあないですか! たしかにこれなら大勢を相手にしても苦にならないかも!

 新技に舞い上がっている僕にホウライはこう告げた。


「喜んでいるところ悪いが、次からが今回本当に教えたかったこと、レッスン3だよ」


 え、喜びに浸る暇もない感じですか……

 いいでしょう、いいでしょう! ファイアレインを操る僕にもう怖いものはございません!

 そんなこんなでホウライの稽古は最終フェーズに突入するのだった。

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