第33話 悪意という名の街

 メラニアたちを散歩させる朝。もう何年も続けている日課。

 ィヤンィヤン鳴くメラニアたちにはみんな名前がついている。


「おい! ペロロン! 勝手に群れから離れるな! ちょっ! ペロリンコ! 頭の上に乗るな! あぁ…… ペローリア…… 足元が温かいんですけど……」


 彼らは微妙に模様が違ったり、顔も違う。最初は全く分からなかったが、今では一目見たらどの子がどの子かすぐに分かる。

 まぁ要するに家族の一員だ。


 その日もメラニア達を森の中で散歩させていた。

 森の中心部なら特に問題はないのだが、森と外との境界辺りを散歩させていると、招かれざる客がやってくる――


 ――魔獣ハンターだ。


 メラニアが超希少な魔獣で、高額で取引されていることは前々回の転生で嫌というほど分からされていた。

 あいつらは馬鹿なのか知らないが、ちょくちょくこの子たちを狩ろうと徒党を組んでやってくる。

 あいつらとは違法な魔獣ハンターの集団「バール」のことだ。


「おぉ!! 噂通りめちゃくちゃメラニアがいるじゃねえか!? な、何匹いるんだ? あぁ? 10匹以上はいるぞ! 一匹残らず狩れよ! てめえらっ!」


 こいつらは本当に馬鹿だ。今までもバールの奴らは何人も返り討ちにしてやってるのに、横のつながりがないのか、ただ単に頭が悪いのか、ひっきりなしにやってくる。馬鹿につける薬はないとはよく言ったもんだ。


「おまえら、馬鹿なの? もういい加減メラニアは諦めろって。お前らの仲間が此処で何人も死んでるの知ってんだろ?」


「あぁぁぁ!? んなことぁ、どうでもいいんだよぉ! 俺たちゃあメラニアさえ手に入れば、あとはどうなってもいいんだよお!!」


 あかん、やっぱりイカレてやがる。


 僕はこいつらのことを最初は、只のイカれた野良魔獣ハンターの集まりだと思っていた。

 でも何度もこいつらの相手をしているうちに気づいたことが有った。


 こいつらは希少価値の高い魔獣を狩って、金儲けをしたいわけじゃない。『希少価値の高い魔獣を狩る呪い』に掛けられてるんだ。


 だからこいつらは尚更、性質たちが悪い。自分の私利私欲の為じゃなくて、希少価値の高い魔獣を狩るのを強制されてるだけなのだから。

 しかもその呪いは解けないらしい。一度バールのヤツを捕らえて父ちゃんに呪いを解いてもらおうとしたが、父ちゃんでも無理だった。

 父ちゃんに無理なものを僕にどうにかできるわけがない。


 じゃあどうするか。


 ――殺るしかない


 はぁ、やりたかないけどメラニアが殺されるのよりマシだからなぁ。死んで化けてでないでよね。じゃあ逝くよ。


 僕は相手に指をさし、詠唱しながら指をならす――


 Purple peony punish sinner(紫の芍薬は罪びとを罰する)――


 ――パチンッ


 詠唱を終え指を鳴らすと、バールの奴らの足元から紫色のツタのようなものが這い上がり、奴らの体に撒き付いていく。そしてそのツタから無数の棘のような、針のような紫色の物質が突き出し、バールを串刺しにする。その姿は、あたかもハリネズミのようだ。


 この魔法、略して「3ピース」


 父ちゃんが教えてくれた魔法だ。僕がこの森で死なずに生き抜くための魔法。

 僕がムカついて、相手を殺してもいいと思った時しか発動できない魔法。

 しかも魔法が使える範囲はこの森の中だけ。

 この魔法があるおかげでこの森の中では僕はまず死ぬことはない。だから僕は12歳を迎えるまでこの森をでないと誓っていた。


 誓っていた…… のだが……



    ◇



「ねぇ! アトロポスはいる? ねぇ! 誰か!」


 ある日の朝、僕らが寝ている建物の前で、小うるさい、キンキン響く声で叫び続ける人物がいた。声からして少女。


 普通の人間はこの森の中心まで入ってはこれない。


 この森は反転の森。入口付近なら特に問題もないが、中心に近づくにつれ、体に変化が現れる。いや、正確には体だけではない。精神にも変化が訪れる。

 ある者は性別を変えられ、ある者は己の正義と悪を反転させられ、ある者は性癖を変えられ、ある者は親の仇と恩人を反転させられる。

 この森は数百年前、父ちゃんが住みだしてから、そんなおかしな現象を引き起こすとってもおかしな森になってしまった。しかもそれは広く知れ渡っていて、おいそれと、この森の奥深くに立ち入ろうとするものはいない、のだが……


「はぁぁぁぁぁぁ。このあたしを無視って有り得なくない!? ラヴァ! ペルル!  あんたたちもいないの!?」


 あの声はあいつだ。


 ――ロベリア


 ――ロベリア・シフィリティカだ。


「今日こそはいい返事を聞かせてもらうわよ! アトロポス! てかなんでそんなに意固地になってんのよ! たった3年でしょ!」


「あぁぁぁ!! 朝からうるせえんだよ、こんのクソガキがぁ! レットはやんねぇって言ってんだろがあ!」


「はぁぁぁ!? いい加減子離れしろって言ってんのよ! レットはもう10歳でしょ! 学校に通わせてあげないと可哀そうでしょうがあ!」


「何回言われてもダメなもんはダメなんだよ! いい加減にしねぇとぶっ殺すぞ!!」


 父ちゃんが「殺す」という言葉を使った途端、ロベリアの雰囲気が変わった。


「あ? それあたしに言ってんの? あんた分かって言ってんでしょうね?」


「あ~、はいはい! 嘘嘘! 冗談だよ! でもダメなもんはダメなんだよ!」


 彼女はロベリア・シフィリティカ。魔人だ。


 何を言ってるか分からないと思うからもう一度言う、彼女は魔人だ。


 彼女は反転の森のすぐ近くにある街「マリス」の上流貴族シフィリティカ家のご令嬢だ。彼女はなぜか僕を彼女の屋敷に住ませたがっている。そして僕と一緒に学校へ通いたいのだそうだ。


 父ちゃんは当然反対している。まず意味が分からない。何故こいつが突然僕と学校に通いたいと言い出したのかが分からない。


 こいつは魔人だ。


 魔人は通常、人間には耐えきれない呪いを受け、耐えられないにも拘らず耐えきれてしまった者にだけ与えられる祝福を享受した人間を指す。

 彼女は産まれて数か月で、この街の全ての悪意を一身に受けることになった。


 彼女が産まれる数か月前、彼女の祖父ネグロム・シフィリティカがこの街の子ども数百人を自分の愉悦のために殺していたことが発覚した。

 ネグロム・シフィリティカはこの街の名士で、素晴らしい人格者だった。教会や孤児院に多額の寄付をし、学校へ通えない子どもたちには無償で学校に通わせた。そう思われていた人物が起こした大罪だった。

 当然シフィリティカ家は断罪され、その時丁度産まれて数か月だったロベリアはその罪の象徴として、処刑されようとしていた。


 街の広場で大勢の民衆が見守る中、一人、また一人と処刑されていくシフィリティカ家の人間たち。最後に残った産まれて数か月のロベリア。

 この街「マリス」はボレアス王国の中でも一番大きい都市「リオネ―ス」の中心地だ。たしかに被害に遭った子どもたちの親は、シフィリティカ家を断絶させたいほど憎いに違いないが、ほとんどは人々は物珍しさ、貴族が凋落していく様、普段中々見られない処刑ショーを間近で見たい者たちが大半だった。

 そんな無数の悪意という名の視線に晒されたロベリアは、産まれて数か月で魔人となることを宿命付けられたのだった。


 多くの民衆が見守る広場で、産まれて数か月の赤子の首にギロチンが落とされる瞬間、奇跡が起こった。

 ギロチンはなぜか首に当たる数センチ手前で止まり、周りにいた衛兵たちは自分で自分の腹に剣を突き刺した。


 そして「殺せ!」のシュプレヒコールをあげていた民衆たちにも悲劇が訪れた。

 ある者はナイフで自分を刺し、ある者は腕が有らぬ方向に曲がり、ある者は自分で自分の目玉をくり抜いた。

 「なにしてる!? 早く殺せ!」そんな言葉を上げようものならその本人に厄災が降りかかる。広場は一瞬で静かになった。

 そしてロベリアは、近くにいた使用人たちになんとか助けられ生き残ることができたのだ。

 だが彼女は自分が処刑台に上がる前に両親も兄弟もすでに殺されていた。

 彼女は生後数か月で天涯孤独になったのだ。

そして彼女は生後数か月で「悪意の魔人」と呼ばれるようになった。


 それから彼女がどうやって大きくなったのかは知らないが、今はパっと見、元気にやってそうな雰囲気ではある。


「おい、ロベリア、なんでお前はそんなにレットのことを気に入ってるんだ? お前にはお人形さんがいるだろが!」


 人形? なんだそれ?


「レットはねぇ! レットだけはねぇ! あたしのことを悪意のある眼差しで見ないからよ! そんな奴この街にはいないの! だからあたしはレットにうちに来てほしいの! 一緒に住みたいの! それのなにがいけないのよ!」


 そりゃたしかに僕はこの子に悪意なんてあるわけない。だってこの子は被害者だろ? 祖父のやった犯罪で彼女が巻き添えを食うのはおかしい。

 それに彼女はこういうのもなんだが、ものすごい美少女だ。金髪、碧眼、髪型はツインテ、しかもスタイルもすんごい。こんな子を嫌いになることが有るだろうか、いやない!!



「はぁ…… おい! ロベリア! そんなに言うんならレットに直接聞け! レットが行くっつーんなら許可してやるよ!」


 パぁっと表情が明るくなるロベリア。

 はぁ、マジでかわええ。この子が魔人って言われて恐れられてるなんて信じられねぇ。


「ほんとに!? よしっ! 勝った! あたし勝ったわ! ねぇレット! いいわよね? ねっ! ねぇったら!」


 ――え、いや、ちょっと考えさせて


「え…… マジ? うそん……」


 なぜかロベリアがものすごくがっくりしている。一体その自信はどこから来てたんだ。どうして僕が行く! すぐ行く! 絶対行くぅ! と即答すると思っていたんだ? でもしょんぼりしている顔もかわええ。

 あぁ! どうすっかなあ。美少女との共同生活にはものすごく惹かれるが、この森を離れたくない。もちろん父ちゃんと母ちゃんたちと離れるのも嫌だけど、なによりこの森を離れてこの身になにかしらの災難が訪れるのが怖い。


 僕が悩んでるのを見てラヴァとペルルが僕に言った。


「レット、行ってきなさい。あなたはそろそろ外の世界を見たほうがいいわ。ママたちはいつでもここであなたを待ってるから。心配しなくても大丈夫よ」


「カカカッ! おめぇ、ママってツラかよ! おい! レット! まぁあたいもこのババアとおんなじ意見だ! おめえは一回外を見てきたほうがいい。こんな辛気臭い森にいつまでも引き篭もってんじゃねえぞ! なんなら母ちゃんも一緒に行ってやるからよ!」


「あんたは来なくていいのよ、ペルル! レットだけでいいの!」


 なんか3人でわちゃわちゃやりだしたので、放っておくことにした。

するとずっと黙っていた父ちゃんが口を開いた。


「おい、レット。お前は小さい時からずっとなにかにビビッてたよな。森からも全然でたがらねえ。俺にはそれがなにかわからなかったけどよぉ、お前を守る為に俺はなんでもしてきたぜ。お前とは血はつながってないけど俺たちゃ家族だ。お前が俺にずっとそばにいて守っていてほしいっつーんならいつまでもそばにいてやる。でもよお、お前が外の世界を見たいって思うんなら想いのままにやりゃあいいんだぞ。俺たちに遠慮するこたあねえんだぞ!」


 あぁ、本当にこの人たちは優しい。3人共、僕の大事な家族だ。血はつながってないけどそんなの関係ない! でもみんながこんなに背中を押してくれるんなら……


「ロベリア、分かったよ。ロベリアの家に行くよ。これから3年間よろしく!」


 僕のその一言でロベリアの顔がパァっと明るくなった。ホントこの子分かりやすいなぁ。あぁ、でも笑ってる顔のほうがやっぱかわええ。


「レット! いい? これからはなにがあってもあたしがあなたを守ってあげるからね! あなたは安心してうちに来なさい! あたしが年上だからあたしがお姉ちゃんだからね!」


 あ、はい。


 そんなかんじで僕はロベリア・シフィリティカのお屋敷に3年限定の同居生活をすることと相成ったのであった。


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