第122話 喋る魔獣
「あれだね、どうみても」
「うん、見るからに気色悪いのがいるの」
背の高い木々が生い茂る群生林から、ほんの少し離れた小高い丘で討伐対象を視認する。
明らかに周りとは異質なソレは微動だにせず、ただそこに立ち止まっていた。
色々な色が混ざり合ったように見える、なんとも形容し難いソレは今いる所から微動だにしない。
「うーん、対象の確認はできたけどぉ、どうしたもんかなぁ。こっちにはアイツを倒す手立てもなんにもないんだけどぉ……」
「う~ん、当たって砕けろなの!」
マ、マジかぁ~。とりあえず至近距離まで行ってみてヤツがどんな攻撃をしてくるか探ってみるか。そしてすぐさま退避。その都度対応を考える。これだ。てかこれくらいしかできることがない。
僕達は決死の覚悟で魔獣が鎮座する森の中へ突入した。
◇
「うわぁ、間近で見るとやっぱでかいなぁ」
「なんかずっと見てたら美味しそうに見えてきたの。なんだか色も七色で綺麗だし」
確かに遠目で見ていた時は色々な色が混ざり合った、なんとも気持ちの悪い魔獣に見えたのだが、いざ近くで見てみると、色は七色で綺麗に分かれていた。赤・青・緑・橙・紫・黄色、そして白……
「まだ向こうは僕らに気づいてないみたいだけど、どうする?」
「うん? こうするの!」
ハイドラは言葉みじかに魔獣の前へ躍り出た。
な、なにやってんだ!? ハイドラ! それは悪手だろうがぁ! そう思った矢先魔獣に動きがあった。
「あ、あ、お、まえ、な、なん、だ?」
「お、お、お、おれ、た、たちを、こ、こころ、ろしに、き、き、きたの、か」
「さん、ざ、ざ、ざん、いいよ、よ、ように、つ、つかってお、ききき、な、ながら」
「ようず…… ず…… みに、な、な、な、なった…… タラ……」
「こ、こ、こ、こ、ころ、ころ、ころす、ころすの、の、の、か」
――こ、の、い、せ、かい、い、じ、ん、ど、も、め……
所々聞き取れなかったけど、こいつなにかしゃべってた!?
喋る魔獣なんて……、いや、僕は喋ってるけれども、僕以外には聞いたことも見たこともない。しかも最後に言ってた言葉だけ辛うじて聞き取れた。
――この異世界人どもめ
確かにそう言っていた。どういうことだ? 何故こいつは異世界って言葉を知ってる? そんなことを考えていたら僕達に奴らからの手痛い洗礼が浴びせられる。
スライムの躯体から突然触手のようなものが生えてきて、こちらの方に向けられた。
え? あれは……
――手?
――ファイアボール
スライムの触手から発現する火の球。その火球、大きさは大したことはなかったけど、運悪くハイドラに直撃してしまう。
「あぁ!!」
「ハイドラ!」
燃えさかるハイドラはすぐさま2メートル程離れた場所へ再臨する。ヤバい。このままじゃ延々と火だるまにされ続けるだけだ。一旦退避するしかない。
僕らは一目散にその場から退却した。幸いにも魔獣は動きが鈍いらしく、追ってくることはなかった。
◇
「ハイドラ、大丈夫? 痛くない?」
「うん! 大丈夫なの。私は痛くないの。メラニアちゃんこそ大丈夫?」
「え? 僕は、うん、全然大丈夫。ぴんぴんしてるよ」
彼女の前で飛び跳ねてみせる。自分は炎に身を焼かれたっていうのに、僕の心配なんかして…… 本当にこの子は……
しかしこの状況、どうしたもんか。
事前に聞いてはいたけれど、本当に魔術を使ってくるなんて、実際に目にした今でも半信半疑、いや、信じたくないってのが本音か。
しかし言葉を操る魔獣、しかもわずかに聞き取れた『この異世界人どもめ』というワード。これは一体どういう意味だったんだ? そもそも意味を分かってて言葉を話しているのか、それとも只の記号として、意味のない、何処かで覚えた音声を真似しているのか、現段階では判断がつかない。
もし、もしもだけど、あの魔獣がこちらと会話が可能だとしたら!
戦わず、対話で問題が解決できるんじゃないか? こんなの勝手な希望的観測だけど、もしそうならこちらとしては願ったり叶ったりだ。
対話をするにはヤツの前に行かなくてはならないけど、どうする? 一か八かこちらに攻撃の意思がないことを表明してあいつらの前に飛び出るか。
うん、それしかないな。
「ハイドラ、君はここで隠れてて。僕はあいつが会話できるか確かめてくるから」
「え? あれは魔獣なの。会話なんてできないの。メラニアちゃん殺されちゃうの」
「うん、そうかもしれないけど、僕らにできることはこれくらいだから。一か八か試してみるよ」
無理なの、と言う彼女の制止を振り切って僕は魔獣の前に姿を現す。
うぉぉ! 間近で見るとやっぱりでけえ。ロットンスライムと名付けられたその魔獣、躯体をよく見てみると……
「な、なんだ? あれは…… 顔、か?」
微妙に混濁した液体の体をしたスライム、完全に目視することは難しかったけどあれは確かに人の顔だ。人の顔がスライムの中にひぃ、ふぅ、みぃ、全部で7つ浮かんでいる。
その様に驚いていると、突然スライムから再び触手のようなものがこちらに向けられた。
――お、お、おぼ、おぼれ、お、おぼれて、し、し、シネ
――ウォーターボール
触手の先には直径1メートル程の水球が出現した。呆気にとられた僕は、逃げる間もなくそいつの餌食となった。
「アガッ! い、息が、で、でき……」
でき……る? あれ? 息ができるぞ。なんで? なんで水の中に閉じ込められてるのに息ができるんだ?
だがその疑問は僕らのすぐ近くに身を潜めていた彼女の姿を見て全て解けた。
――アッ、アッ、アガッ!、ゴ、ゴボッ、ウ、ウ、ウグッ!
喉を掻き毟りながら悶え苦しるハイドラ。
彼女が死んで復活するのはもう何回も見てきた。でも今起きているのはなんなんだ!? 彼女が此処まで悶絶しているのを見るのは初めてだ。いや、それに彼女が攻撃を喰らったわけでもないのになんでハイドラがもだえ苦しんでいるんだ?
あ、代理死……
彼女の苦しんでいる理由をなんとなく察した僕は、とにかく無我夢中で水球からの脱出を試みた。でもどれだけ足をばたつかせても、なにをどうやっても抜け出すことができない。
くそっ! こんな体じゃなければ、こんなところ今すぐ抜け出してやるのに! 今ほどこの体で転生したことを後悔したことはなかった。どうすればいい? どうすることもできず悩んでいる今も、ハイドラは喉を必死で掻き毟っている。あ~! 誰か、誰でもいいから助けてくれぇ!
「おい、レット、なんで俺を頼らない? 俺がいるだろ?」
「え、だ、誰だ?」
突然話掛けられ、声のする方を向いた。そこにいたのは……
――僕の尻尾だった。
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