第123話 20年だ!

「な~んで俺に頼らない? お前のことは俺にまかせろって言っただろ?」

「え、あっ、あぁ、そうだっけ? ファティマ」


 ルーペにもらった尻尾。そういえば最初に僕のお尻に付けられた時に、自己紹介されたんだった。それから一度も会話なんてしてなかったから、完全に只の僕の尻尾として認識していた。


「おい、やべえな、この状況はぁ。どうする? 俺様に頼ればこの危機を打破することもできるけどよぉ」

「ほ、本当!? う、うん! 頼む! 頼むよファティマ! なんでもする! なんでもするから!」


 今思えばこれは失言だった。僕は調子よくこんな発言をするべきじゃなかった。


「よしっ! じゃあ俺がこの水を全て喰らってやる。どうだ?」

「えっ!? そんなことできるのか? ここから脱出できるんなら…… うん! 頼むよ!」

「よしっ! かしこまりだぜ! 対価は……」


 ――20年だ!


「は? 20年? どゆこと? 意味がわかんないんだけど……」

「いやだから~、20年だよ! お前の寿命20年! それが対価! 安いもんだろ? 今死ぬより寿命が20年短くなるほうが断然いいだろ?」


 え、寿命? 僕の寿命が20年短くなるってことなのか? そ、そんな契約ができるものなのか? いやそれより、寿命………

 いや、確かにファティマの言うとおりだ。今死んだんじゃ意味がない。てかこの状態で死ぬのかどうかわかんないけど、現状ハイドラはもがき苦しみ続けている。とにかくこの場をなんとかしないと!


「あぁ! わかったよ! わかったから脱出させてくれ!」

「あいよ~! 契約完了だ!」


 ファティマは宣言どおり僕に襲い続ける水球をあっという間に飲み干した。契約完了だとファティマは言ったけど、これと言って何かが起こるわけではなかった。只ヤツが宣言した僕の寿命20年分はきっと本当に奪われたのだろう。


「ハイドラ! 大丈夫か!?」

「あ、あ、あ、いや、いや、こ、こんなの、もう、無理、なの」


 ブルブルと震えているハイドラ。今までに何度も死を経験してきたハイドラなのに、今回は今までとは全く違う。顔は青ざめ両肩を腕に抱いて歯をカタカタと鳴らしていた。


「おい! ハイドラ! しっかりしろ! どうしたんだ?」

「も、もう無理なの、今までと、ぜ、全然違うの、い、痛いの、く、苦しいの、もうこんなの耐えられないの」


 今までも彼女は死ぬ度に多少苦痛に歪むような表情を見せてはいたけど、これまでは些細な不注意で空から落下して死んでしまうような、死に対する軽率さみたいなものがあった。なのに今の彼女にはそれがない。自分の死と他人の死では意味合いが違うのか? 今の彼女は本当に死を恐れているみたいだ。いや、僕は何を言ってるんだ。死なんて恐ろしいに決まっているのに。


「おい、レット、休んでる暇はないみたいだぞ。あの魔獣からまた手が伸びてるぞ」

「は? 手? や、やっぱりあれは触手じゃなくて手なのか?」

「あぁ? なんだよ、気づいてなかったのか? あれは手だ。それも指に刻印がついてる。多分アレは元々人間だったんだろうな」


 は!? 元人間!? いや、薄々そうかもと心のどこかで気づいてた。言葉を話し、スライムの中に漂う人のような顔。そして魔法を放ってくる不可思議。考えが浮かんでも、そうだとは思いたくなかった。


「レット! 来るぞ! あれは風の刻印だ。その女と逆方向へ走れ!」

「わ、わかった!」

「ま、待って! メラニアちゃん! い、行かないで!」


 ファティマの指示どおり僕は、ハイドラが隠れている木から離れるように走り出す。後ろでハイドラの制止を呼びかける声が聞こえてきたけど、どちらにせよここで一塊になってるところに攻撃を喰らったら、ふたりが一斉に致死性の攻撃を攻撃を喰らったら……

 どうなってしまうか想像もつかない。


「コ、コノ、い、いま、いまわ、し、きい、いせか、いじ、んども、め」


 ――ウィンドアクセラレータ


 突然何処からともなく猛烈な勢いの疾風が、僕に向けて四方八方から繰り出された。全方向からの強風に体が動かせない。物凄い圧力はまるで全方位から万力で押しつぶされるかのようだ。


「と、ト、とど、め、だ、く、くら、くらえ」


 スライムの躯体からもうひとつの触手、いや、腕が飛び出してきた。ファティマに言われてから見てみれば、確かにあれは腕だ。しかも指先が僕の方に向けられている。


 ――ロックミーティア


「おいレット! あれは地属性のヤバいヤツだ! 無数の岩の塊を相手目掛けて流星のように降り注ぐ魔法! あんなの喰らったらひとたまりもないぞ! どうする!」

「え、ど、どうするって、い、言われても、こ、この状況じゃ……」

「20年でいいぞ! 20年であいつを喰ってやる!」


 ま、また20年!? メラニアの寿命って何年くらいなんだっけ? で、でもすでに錯乱状態のハイドラに、もう1回致死レベルの攻撃なんて食わせられない…… くそっ、もう先の事なんて考えてる場合じゃねぇ!


「わか、わかったよ! ファティマ! 20年! 僕の20年をくれてやる!」

「ほいきた! 契約完了だ!」


 契約完了だ! ファティマのその一言を皮切りに、僕の尻尾は無数の岩の弾丸まで伸びていくと、デカい口を開き次々と岩を飲み込んでいく。それが終わると僕を束縛し続けていた猛烈な風もファティマは全て吸い込んだ。


「風のほうはおまけだぜ! どうだ!? 俺は優しいだろ?」

「え、いや、ノーコメント……」


 僕の寿命を計40年も奪ってるんだ。どうせならいっそのこと、あいつも、あのスライムも飲み込んでくれよ。


「あぁ!? それをやんなら100年はもらわないといけねえけど、いいのか?」

「な!? 僕の思考を読んだの? いやそれより100年!? いや、メラニアの寿命がどんだけかわかんないけど、さすがに僕が死んじゃうだろうが!」

「なんだよ、つまんねえな。まぁいいや。とにかく、100年くれるならあいつを飲み込んでやるよ」


 クソっ! なんなんだよ! こいつ詐欺師か何かなのか!? だけどここからどうする? 向こうも攻めあぐねているのか、こちらへ攻撃する気配はないけど、完全に膠着状態だ。


「オ、おま、おまえ、い、いった、い、なん、なん、だ?」

「なぁ! 話を聞いてくれ! 僕らに戦う意思はないんだ! 頼む! 信じてくれ!」

「しゃ、しゃべ、しゃべる、ま、まじゅ、まじゅう、ふ、ふし、ふしぎな、や、つ」


 え? もしかして僕の声が届いたのか? これで対話の道が開ける?

 戦わずに済むかも、そんな安堵の気持ちが一瞬の隙を作った。


「な、な、なら、く、くら、くらえ……」


 スライムから再び腕が飛び出す。だけど今度の腕は今までと違った。腕が僕のところまで、僕に直接触れられるところまで伸長してきたのだ。

 完全に虚を突かれその手で鷲掴みにされた僕は、そのまま軽々と虚空へと持ち上げられた。


「く、クソっ! や、やっぱり対話なんてする気なかったのか!?」

「く、くら、くらえ……」


 ――ブラックガーデン


 目の前が真っ暗になった……

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