第124話 暗い部屋での告白

 僕はなにをされたんだ? あの魔獣が呪文を詠唱した直後、僕の目の前に大きな黒と白の円がふたつ出現した。そのふたつの円はゆっくりと重なっていった。まるで日蝕のように。

 そして突然奪われた視界。目の前は真っ暗で何も見えない。


「ど、どうなってる!? 真っ暗でなにも見えない! おい!ファティマ! 答えてくれ!」

「あ~、やられちまったなぁ。こいつは闇魔法だ。異界への扉を開く魔法。多分そのうちどっかに扉が現れるはずだぜ」

「や、闇魔法!? え、こいつ、もしかして……」


 これってもしかして部長がイゾウ氏に強制させられた魔法と同じなんじゃないのか!? だとしたらこいつはロストルームへの通り道なのか?

 ロストルーム、あのなにもない白い部屋へ行くための魔法。しかし、だとしてもこの魔法を僕に使用した意図は一体……


「レット! 早速扉が現れたぞ! とりあずあいつを開けるしか他に手立てはねえぞ!」

「だな! よしわかった!」


 僕らはその扉を前にしてその向こう、なにがあるかわからない未知の扉を開く決意をした。僕はドアノブに手を掛けゆっくりと右へ回す……


 ドアノブに手を? あれ?

 なんで僕はドアノブを握っているんだ!? いや、なんで握れているんだ? どうなってる!? 暗闇にようやく慣れた目でまじまじと手を見つめる。そこには人間の手があった。


「おい! ファティマ! 今僕はどう見えてる?」

「あぁ? そりゃおまえ…… あれ? お前誰だ? おっさん? いや、青年? う~ん、よくわかんねえな。年齢不詳の髪の長いヤツが見えるぞ。男か女かもわかんねえ」


 あ、も、もしかして……

 多分答えは分かった気がするけど、今そいつを確認する方法はない。鏡がなくちゃ今の顔を見ることができない。でも多分答えは合っている。


「とにかく! このまま扉を開く。ファティマ、心の準備はいい?」

「はぁ!? 誰に言ってんだよ。俺様はいつでもオッケーさ」


 ファティマの声の方に向かって頷くと、僕は扉を開いた。

 その先にあったのはロストルーム…… ではなかった。


「ようこそ、すまないね。突然ここまで呼びつけてしまって」


 そこは薄暗い部屋だった。さっきほど暗くはないけど、かと言って明るくもない。なんとなく人の顔を識別できる程度の明るさの部屋。そこには男性ひとり、女性ひとりが椅子に座っていた。そしてもうひとつ誰も座っていない椅子がポツリ……


「まぁ立ち話もなんだし、その椅子に掛けたまえ」

「え、あ、はい、わかりました」


 言われるがまま椅子へ腰を下ろす。

 男性のほうは20代後半くらいか? 服装は…… 

 え!? あの服って、きっと、多分、いや間違いない、作業服だ。

 なんで異世界の人間が作業服を着ている? こっちの世界であんな服見たことないぞ。

 もうひとりの女性の服装もこちらでは見たことがない。暗闇で色まではっきり分からないけど、あの服は多分ひざ丈の長いワンピースか何かを着ているのか?


「もしやと思い思い切ってここへ呼んでみたが、やはり正解だったみたいだね。君も僕らと同胞だったみたいだ」

「え、同胞? ってことはやっぱり……」


 ――あぁ、僕らは転生者だ



    ◇


「やっぱりそうだったのか。薄々は気づいていたけど、ってことはあの7つの顔、全員で7人いるってこと?」

「あぁ、いや、まぁ、そうだ、とは言っても4人が転移、3人が転生した。僕と今隣に座っているのが僕の妻、僕らふたりは転移で、向こうにいた時と同じ年齢、性別、容姿でこちらへ連れてこられたのさ」

「なるほど、でもなんでこんなスライムなんて魔獣になってしまったんですか!?」

「あぁ、それはね……」


 彼はこんな異形の魔獣になってしまった経緯を教えてくれた。

 それはつらく悲しい、救いようのない話だった。


 彼らはとある小さい島出身の人間で、島を出て街で暮らしていた。その日は里帰りをする為に船に乗って、島へ帰る途中船舶事故に遭い、目覚めるとこの世界に来ていたらしい。

 20代後半の彼と彼女、そして彼の両親、ふたりの子ども、そして船を操縦していた島の人間。彼らはこちらへ転生、転移してくる時、バラバラに送り込まれたという。ただ不幸中の幸いか僕らの前にいるふたりは、そのままふたりペアでこの世界に来れたみたいだ。

 それが今から約90年前の話。


「それで僕らは家族を探す為ひたすら手がかりを探した。各地を回って痕跡はないか調べた。家族が見て分かるように、各地に僕たちが住んでいた島の名前を刻んでいった。探し出して10年くらい経ったある日、僕の父と母を見つけ出した。ふたりは転生だった。自分よりも幼くなった父と母を見て呆然とした。ふたりは孤児として教会で育てられていたけど、そこの神父や修道女たちはいい人たちだったみたいで、真っ直ぐに成長してたよ。ふふっ、自分の親にこんな事言うのはおかしいけどね。まぁ父と子が逆転したみたいなもんだ。本当に不思議な気分だったよ」


 なんつー壮絶な話だよ。彼らは家族を探す為に10年もの間想像もできないような苦労をしてきたのか。


「ふたりを見つけ出してからさらに10年が経過して、ようやく僕らはふたりの息子たちと船を操縦していたあいつを見つけだした。それもここアイジタニアから遠く離れた地トルナダでだ。結論から言うと息子たちはトルナダの首都ショウヨウの王族の住む城にいた。ふたりは運悪く城の中央広場に転移してしまった。すぐさま衛兵に捕らえられ尋問を受けたらしい。この世界には幼い年の暗殺者なんてのもいるらしくてな、まぁ疑われたのだろう。酷い尋問を受けた後奴隷の印を付けられ、ずっと城の中で奴隷みたいな扱いを受けてきたそうだ」

「な、なんつー酷い…… で、でもあなたたちはふたりに会えたんだろ? そんで船を操縦していた人にも」

「あぁ、会えたさ。僕らは本当に世界中、色々なところを探し回った。北のボレアス王国から果ては南の地平線の魔女が住むところまで行った。世界中を探し回ってる時あることに気づいた。トルナダの首都の名前に聞き覚えがあるってことに」

「え? それはどういう意味?」


 彼は一呼吸置いて語った。それは余りにも信じがたい言葉だった。


 ――トルナダの首都の名前が僕らの故郷の島と同じだったんだ。


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