第78話 椿ヒ巫女

「びっくりちちゃった? こぉんな可憐なおんにゃにょこが、こぉんなすんごい結界張ったにゃんて信じられにゃいでしょぉ?」


 いや、確かに、にわかには信じられない。こんな少女がこんな巨大な、わけの分からない結界を張っただんなんて。でもわざわざそんな嘘をつくとも思えない。この世界なにがあっても不思議じゃない。見た目は少女のおばあさんがいるくらいだからな。


「いや、信じるよ。そんで僕らに話しかけてきた理由を教えてもらってもいいかな? ただなんとなく話しかけたわけじゃないでしょ?」


 少女は少し考えているような素振りを見せたあと、ゆっくりと口を開いた。


 ――君ちゃちってさぁ、転生者でちょ?


 は? な、なんで? なんで分かった? や、やっぱりこいつは…… 敵なのか?


「あぁあぁ、しょんなに警戒しにゃくったって大丈夫だよぉ。知り合いにちゃぁ、聞いたんだよぉ。船に乗ってる二人組がぁ。転生者かも、ってぇ」


 知り合い? 僕らが転生者って知ってる知り合いって、誰だ? くそっ、頭がこんがらがる。僕の知ってるヤツなのか? それとも全く知らない僕らに危害を加えようとしているヤツなのか?


「しょんでぇ、しょいつは君たちにあんま関わんにゃぁって言ってたんだけどぉ。あたちどうちても気になっちゃっちぇぇ」

「ぼ、僕らがその、転生者とかいうヤツだったらどうすんのさ?」


 こいつがなに考えてんのか全然わかんねえ。下手なことを言って大っぴらに敵対はしたくないけど…… どうするのが正解なんだ? 


「いやあさぁ、もちしょうだったりゃあ、元いた世界に帰りちゃくないかにゃあって」


 はぁ!? そ、そんなことが可能なのか!? い、いや、でもこいつの言葉を鵜呑みにするのも危険か…… 全てを疑ってかからないとな。


「ご、ごめん、君が何言ってんのかよくわかんないわ。て、転生者とかもよくわかんないし」


 フードの少女は腕組をしてしばし何かを考えている様子だった。それから口元が緩み、ふふっ、と軽い含み笑いを見せながら……


「まぁいいや。今はしょーゆーことにぃ、しといてあげゆ~。もち気が向いちゃら声かけちぇよぉ。ちなみにぃ、あたちも転生者。向こうじぇのぉ、名前はぁ」


 ――椿つばき巫女みこって名前だったよぉん!


 つばきひみこ…… ん? なんかどっかで聞いたことがある気がするけど…… うーん、思い出せない。

 じゃあにぇ! と言いながら客室への階段を下りていく少女。森での魔獣襲来があって以来、出会うヤツ全てが敵に見えてくる。この先も気が抜けない……



    ◇



 オセミタを出航して約1週間、数回の魔獣襲来があったが、その都度椿ヒ巫女と名乗る少女の結界のお陰で、定期船には傷ひとつつかず航行を続けられている。

 ていうか転生前の名前は聞いたけど、こちらでの名前は聞いてなかったな。まぁどうでもいいか。でもなんかずっと引っかかってるんだよなぁ。転生してくる前にどこかで聞いたことがあるような気がする。


「ねぇ、ロベリア、椿ヒ巫女ってなんか聞き覚えない? この世界に転生してくる以前に聞いたことが有る気がするんだけどさぁ」

「あぁ、私もなんか聞いたことあるような気がする。なんだっけなぁ、あ! そうだ! なんかネットで有名だった子だよ、たしか」


 あ! そうだ! 思い出した! たしかネットでアイドルやってた子の名前だ。僕が死ぬ数年前にストーカーに刺されたかなんかで危篤状態になったってニュースで聞いた覚えがある。彼女の言ってることが本当なら、亡くなってこの世界に転生してきたのか。


 うーん、本当に彼女が転生者なら色々と話したいけど、敵か味方かもわからない現状じゃああまりにも危険すぎる。とりあえず現状維持が最適だろう。


 船酔いにも大分慣れたロベリアと、相も変わらず甲板から景色を眺める。すでに見飽きた代わり映えのしないなにもない水平線上だが、今日はいつもと違う景色が飛び込んできた。


「よっしゃ! やっと中継地点だ! ここで半日停船するらしいぞ」


 徐々に近づいてくる島。孤島だけど海路の重要な中継地点としてそれなりに賑わっている。料理屋や雑貨屋、食料品店など店舗もかなりの数が営業している。

 僕らは停船後、一旦船を降りて久しぶりにまともな食事をとることにした。船上では干し肉や固くてなかなか食いちぎれないパンばっかり食べていた。温かくて柔らかくて味の濃い美味しい料理に僕らは飢えていた。


「ロベリア! ここにしようぜ! お酒もあるし、オセミタで食べなかったあの怪しい名物料理もあるぜ!」

「え、あ、あれ食べる気? わ、私絶対食べないからね!」


 え、食べないの? デカと3人で食べるはずだった郷土料理。ぼ、僕は食べるぞ。食べたいか食べたくないかどちらかと聞かれれば、若干食べたくないが優勢だけど、僕は食べる! だからロベリア! 君も食べるんだ!


 適当な店に入り久々の酒でのどを潤す。かぁぁ! うんめえ! なんかウイスキーに似た蒸留酒、フルーティな香りと深いコク、う~ん、たまんねえ。

 でっかい氷の入ったコップに注がれたアルコール度数高めの良酒で食欲も沸いてくる。よっしゃ! 頼むぞ! 本当に頼んじゃう! 店員さんに例の名物料理、その名も『ケービー』を注文する。

 待つこと数分、僕らのテーブルにそいつがやって参りました。あ、あぁ、見た目はぁ…… グ、グロいっすね。シオシオになった海鳥がそのまんまでてきた。あぁ! くせえ! めちゃくちゃくせえ! あぁ、ミスったかなぁ。でも頼んじゃったからには食べないとなぁ。レット! 覚悟を決めろ! 海鳥の毛を毟ってお尻の穴から内臓を吸うらしい。恐る恐る海鳥のおケツに口をつける僕を見て、ロベリアが引いている。ふん! 見てやがれ! きっと見た目はグロいけど食ったらあれ? なにこれうまいじゃん、ってパターンなんだよ! そんで皿に乗ってる鳥たちを僕が全部食ってやる! ロベリアにはやんねぇからな!

 おケツに口をつけひと思いに吸い付く。あ、あぁ、お口の中にドロっとした内容物が流れ込んでくる。あぁ、き、気持ち悪い…… あ、あれ? でもけっこう悪くないかも? なんか塩辛みたい。酒のつまみにはいいかも。

その後余すところなく頭まで全部頂いた。ま、まぁそこまで悪い味ではなかった。うまっ! っていうほどでもないけど酒を飲みながらなら食えないこともない。

 でも明らかに運ばれてきた量が多すぎた。頑なに食べようとしないロベリア、3つ目を食べて限界に達した僕。結局7つのケービーを残したまま店をあとにしたのだった。



    ◇



 中継地点の島を出発して早数時間。甲板のボードの手すりに肘をついて鼻歌を歌いながら海を眺めるロベリア。島でツマミやらお菓子やらを買ってご機嫌のご様子。かく言う僕は……


 ――ハラがいてえ……


 どういうこった? 尋常じゃないくらい腹が痛い。くそっ、なんにも思い当たるフシはないぞ。ただご当地料理を食べただけ。なんでだ? この腹痛は僕への罰なのか?

 寄せては返す腹痛の波、第2波まではなんとか耐えたが、次の第3波が来たら多分僕の中の堤防は決壊する。くそったれ……

 僕は今女子だ。男なら多少の粗相も笑って許してもらえるかもしれない。だが僕は今女子だ。万が一のことが起こればきっと僕は今後可哀そうな子として生きていかなくてはいけないだろう。多分誰も笑ってくれず、た、大変だったね、と真顔で心配される残念な子になってしまうだろう。そんなもん笑ってくれた方がマシだ。う〇こウーマンと背中を指で刺されたほうがマジだ。だがきっとそんな事態にはならない、僕は可愛い女子だから。くそったれ! なにがなんでも耐えきってやる。


 その後1日中便所と甲板を往復し続け、ついでに猛烈な吐気にも襲われ、船酔いで吐いたことはないのに腹痛のせいでキラキラを海上に放出し続けることになったのだった。


 次の日、余りにも酷い有様の僕を見て、ロベリアが定期船の運営会社に雇われている回復魔法を使える魔術師を呼んできてくれてヒールを施してもらった。

 そして治療の見返りとして法外な金額を請求されたのだった。

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