番外編 ~私が生きる唯一の理由~

 私の名前はルーナ。苗字は知らない。アリスミゼラルから難民として、ここトルナダ王国の中堅都市ラキヤに難民としてやってきた。


 この地に来て、ラキヤの3大貴族のうちのひとつ、メイフィア家のご厚意で、トルナダ王立ラキヤ剣術学院へ通わせていただいている。

 私は今まで学校というものがあるのを知らなかった。ここに来て初めて、文字があること、数字があって、計算できると生活にとても役に立つことを知った。


 このラキヤ剣術学院は貴族の子息も多く、私は最初、奴隷の子どもということを隠していたが、些細な偶然から奴隷の刻印を見られてしまい、苛めの標的にされるようになった。ここにいる子どもたちを殺すのは簡単だったが、メイフィア家に迷惑をかけてしまっては忍びないと、ずっと我慢してきた。幸い殴られるのも罵られるのも馴れている。

 私のことを苛めているこの人たちは、後ろ盾がないとなにもできない弱い人たち、私がこの学院を卒業して、メイフィア家への義理を果たしたら、全員殺してあげようと思っていた。


 自分の歳はよく分からないが、中等部へ上がる前年、私と同じように苛めに合っている人たちと偶然知り合って、話をしているうちに仲良くなった。


 彼らはザクシスとジャコ。


 彼らは貴族でありながら、周りと同調することができずに迫害を受けていた。

 貴族の中にもそんな人たちがいるんだ。私には衝撃だった。


 そんなこんなで彼らと仲良くなり、私達は虐められてもへこたれない、苛めなんて笑い飛ばしてやるんだと決意して、自分たちのグループに「エクソダス」という名前を付けた。


 私達は最初みんなから「奴隷の分際で」、とか「移民の分際で」、とかいろいろと罵声を浴びせられていたが、次第に普通に話してくれる人たちも増え、私達が誰かに苛められていると、庇ってくれる人たちもでてきた。


 メイフィア家の方々も私達を大層可愛がってくれて、メイフィア家の屋敷に招待までしてくれて、メイフィア家のご子息たちはこんな私と、まるで家族のように接してくれた。


 メイフィア家長女のトーカ様と模擬戦前の稽古をつけてもらっていると、トーカ様が妙なことを言い出した。


 ――ルーナさん、今まで黙ってたけど、私、なぜだか胸にぽっかり穴が空いてる気がするの。でもそれがなぜなのか全然思い出せないの…… 変な話よね。


 私もずっと感じていた。私の中に在った、なにか大切なもの、パズルの最後の1ピース、時計の歯車の重要な一部品、なんだろう。それがないと私という完成品はずっと未完成のまま……

 その日はトーカ様の問いになにも答えられないまま稽古を終えた。



    ◇



 次の日、模擬戦は決勝戦を迎え、私達エクソダスは上流貴族クロムウェル家の三男、バーナードの率いるチームと戦うこととなった。

 奴は自分が上流貴族なのをいいことに、下級貴族や平民の生徒に酷い仕打ちを繰り返してきた。どんなに酷いことをしても全て親が闇に葬る。

 最初はめちゃくちゃに苛められていた私達は、ある日を境に彼らをバーナードと愉快な仲間達と呼び、蔑むような眼で見るようになった。

 あいつらは自分より弱いものにしか手を出せない臆病者共の集まりなんだ、と。


 決勝戦の最後、大将戦を迎え、私とバーナードの一騎打ちとなった。

 彼へは同情の気持ちは一切ない。何故だろう。彼への気持ちは憎しみしかない。彼に沢山苛められてきたが、他にも私を苛めてくるヤツはいた。だがヤツだけは心の底から殺してやりたいくらいの仄暗い感情しか沸いてこなかった。


 私は彼をベクターという技で倒した。彼の右目に剣を直撃させ、右目を潰してやった。すっきりした。彼は怒り狂い、武道場から走り去っていった。


 3人で優勝を喜び合っていた時、なぜだか一人足りないことに気づいた。

 私たちを私たちと引き合わせてくれた張本人が此処にいない……



 ――ユーカくん……



 始めて聞いた名前。今までに会ったことはない。でも知っている、私の大切な人の名前。私は居てもたってもいられず、メイフィア家へ足を速めた。


 メイフィア家へ着くや否や、トーカ様の顔を見る。


 トーカ様は涙を流しながら


 ――なんで今まで忘れていたんでしょう。ユーカ。大切な私の弟。なによりも大切で、私が守るべきもの。そんな記憶ないのに。いっぱい一緒に稽古したこと、あの子が寝るまで傍で見守っていたこと、そんな記憶があふれ出てくる……


 彼女がそういうと、私の中にあるはずのない思い出が濁流のように押し寄せてきた。

 彼と一緒に稽古したこと、彼と一緒に料理したこと、彼と一緒に冬眠ネズミを捕ったこと、彼と一緒にお菓子を食べたこと、彼と一緒にお話しを沢山したこと、彼と一緒に同じテントで寝たこと。



 ――彼がバーナードに殺されたということ……



 彼はバーナードに殺された。思い出した。彼はいないけどなぜだか確信できる。バーナードのせいで彼は死んだ。そしてここからいなくなった。


 ――バーナード・クロムウェル


 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す


 私のやるべきことは決まった。


 私はトーカさんに学院を辞めることを告げて、バーナードを殺す旅にでることにした。

 でもトーカさんが「私も一緒についていく」と言った。私は拒否したが、彼女の意思も固いようで、私たちは学院を辞め、バーナードを殺す旅にでることにした。


 時を同じく、バーナードは教員一人と、ラキヤの治安維持部の兵士一人を殺害し、魔人認定され、魔人名「復讐の魔神アコナイト」と呼ばれるようになった。


 私たちが旅立つ準備をしていると、メイフィア家の使用人アルビオンさんが、北の森にいる魔女が彼の兄弟で、助けてくれるよう話をつけてくれると言った。


 かくして、私たち3人はアコナイトを殺す旅に出る。


 でもなぜだかわからないけど、ユーカくんがどこかにいるような気がする。

 いるかわからない、でもいたら伝えたいことが山ほどある。


 君がいなくても私はここまで頑張ったよ。いないはずの君がいたからここまでこれたよ。


 君がいなくて寂しいよ。会いたいよ。会ったらなんで死んじゃったの! って怒ってあげたいよ。


 私は絶対アコナイトを殺す。そしているかもしれないユーカくんを叱ってやるんだ。


 ――それが私の生きる唯一の希望だから。

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