第127話 死ぬのは二度とごめんなの!

「これを持っていけとはどういう意味だ? お前との約束は果たしたはずだが?」


 二番が淡々と告げるとティザーは堰を切ったかのようように怒鳴りだした。


「うるせえ! そもそもあの魔獣の死体がねえ! 本当にヤツを倒したのか証拠がねえじゃねか! 倒したっていうんなら死体を見せろや! これでもこっちは譲歩してんだよ! これくらい黙って持って帰りやがれ!」


 なんなんだ? こいつは。マジでムカつく奴だな。最初の話では死体を見せることが条件なんて一言も言ってなかったじゃねえかよ。

僕が口出ししようとすると、二番が僕の前に手を差し出す。彼は彼女の無茶を飲むっていうのか?


「ふん、まあいい。そこまで言うのなら持って帰ってやる。それでこの件はもう終わりでいいな。これ以上何か言うようならこちらも対応を考える」

「ギャハハッ! あぁ! もうなんにも言わねえよ! はぁ、魔獣もいなくなったしせいせいしたぜ! これでこの街のお荷物がひとつ減った。あっ、お前ら早く帰れよな。あのスカーレットドラゴンのところまでは送ってやるからよお」


 さっきまで怒り口調はどこかへ身を潜め、今では見るからに上機嫌になったティザー。こいつだけはマジで好きになれそうにない。キルスティアみたいな神葬体がいる一方で、こんな嫌悪感しか感じないような神葬体もいる。なかなかに難儀な組織のようだ。まぁキルスティアもアル中なとこが偶に傷ではあるんだけれど。


 その後馬車はラヴァの待つ場所へと向かった。その間僕は常にハイドラの膝の上。ハイドラのひんやりした膝で僕のお尻は冷え冷えなのだった。



    ◇



「レット! 私の可愛いレット! 本当に無事でよかった!」

「え? あ、あぁ、ラヴァ大げさだよ。い、痛い! そんなにギュってしたら痛い!」


 どうやら僕たちが置かれた状況を逐一聞いていたラヴァは、無事に会えた元娘を見て感極まったようだ。力いっぱい抱きしめられ体中の骨が砕けそうになる。


「あらごめんなさいねレット、でもこの状況は一体なんなの?」

「えぇと、あぁ、なんかわかんないけどさぁ、こうなっちゃったんだよね……」

「レットちゃんは私の物なの。ラヴァには渡さないの」

「は? あなた何言ってるの? この子は私の大切な娘なのよ。あなたには渡さないわ。離しなさい」

「いや、止めて、お願いだから引っ張らないで。千切れちゃうからね」


 ラヴァとハイドラが僕の頭と脚を持って引っ張り合う。きっと知らない人から見たら間違いなく愛玩魔獣虐待に見えることだろう。


「おい、そろそろ戻るぞ。ラヴァ、遊んでないでドラゴン化頼む」

「えぇ、分かったわ。でも決して遊んでいたわけではないのよ。私はいつでも真剣よ」

「私も真剣なの! 絶対負けないの!」

「はぁ…… 分かった。分かったからドラゴン化頼む」


 こんなかんじでまるでコントのような終わり方で、僕らはアイジタニアの地を去ることとなった。



    ◇



「ねぇ、ハイドラ、なんか行きと帰りでえらく様子が違うような気がするんだけど」

「ひゃっ!? 何? レットちゃん、急に耳元で話されるとビックリするの」


 ドラゴンと化したラヴァの背中に乗り、僕らは東の森への帰路をとる。

 上空何メートルくらいを飛行しているのかはわからないけれど、とにかく地上にある建造物が豆粒くらいに見える高さ。

 アイジタニアへ向かう時ハイドラはラヴァの上で飛んだり跳ねたり、逆立ちをしたりしていたんだけど、東の森へ帰りの道中の彼女の様子は行きとは全く違った。

 一番と二番を両脇に抱え、彼らの腕をがっちり掴んで離さない。そしてずっと目を瞑っている。


「ねぇ、空の景色めちゃくちゃ綺麗だよ? 見ないの?」

「怖くて見れないの。もし落ちて死んじゃったらどうしようって考えたらここから一歩も動けないの」

「え? 死ぬのが怖くなったの?」

「うん、もう2度と死にたくないの……」


 話を聞くと、どうやら彼女は今までに死ぬ時、痛みや苦しみを感じたことがなかったらしい。死ぬ直前時折見せていた苦痛を感じるような表情は、痛くてやったわけではなくて、只漠然とした暗闇みたいなものを感じていただけらしい。それも一瞬で終わるから今まではなんとも思っていなかったという。

 でも今回僕の死を代理したことで、本来の死の恐怖や死んだときのダメージが軽減なしで彼女の体を襲ってきた。今までに体験したことのない痛みに彼女の心は折れてしまったようだ。


「ルーペとユピテルとも代理死契約をしてるけど、あの人たちはレットちゃんみたいにヨワヨワじゃないの。だからこの契約が使われたことなんて一度もなかったの。私はこの契約を甘く見てたの……」

「ハイドラ…… 死が怖いなんて当たり前のことなんだよ。今までがおかしかったんだ。これからは死は怖いってことでいいんじゃない? 僕もそばにいるしさ。まぁいるだけで何ができるわかんないけどさ」

「レットちゃん…… ありがとう。あ、でもレットちゃん私の頭にしっかり掴まっててね。もしあなたが飛ばされて死んだら私に死が降りかかるから。まだ臨時の代理死契約は残ってるの」

「あ、はい、気を付けます……」


 そうして僕らはようやく東の森へと帰還したのだった。

 あの不気味な、キルスティアの血で塗装された木彫りの人形も一緒に。

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