第128話 80年ぶりの再会

「よう帰ったの。おや、肩車なんぞされて、えらくハイドラに気に入られたの」

「う、うん、なんでかね。まぁ股がひんやりして気持ちいいからいいんだけどさ」


 久しぶりに東の森の地を踏み、ルーペに事の顛末を話す。


「ほぉ、色々と大変だったみたいじゃなぁ。まぁいい経験になったじゃろ?」

「う~ん、どうなんだろね。しなくてもいい経験をした気がするけど」

「はははっ、そんなもんはないぞい。おまえさんが今までしてきたことに無駄なことなんてひとつもないからのぉ」


 彼女はそう言って僕の頭を撫でてくれた。


「おい! レット! そんなにのんびりしている暇はないぞ! ユピテルが大人しく寝てるか確認だ!」


 珍しく一番が語気を荒げる。そうだった、すっかり忘れてた。僕はユピテルが寝てるからアイジタニアに行けたのだ。もし僕がいない間に彼女が目を覚ましていたら大変なことになる。どうなるかはよく分からないけど、多分なる。

 一番と二番のあとについて扉をくぐる。帳の向こうからは寝息が聞こえてきた。


「はぁ、なんとか間に合ったな。起きて我々がいなかったらどんな癇癪を起すか予想もつかなかったからな。まあこれで一安心だ」

「一番も色々大変なんだね」

「まあな。まさかお前にそんなこと言われるとは思ってもみなかったな」


 よしっ、これで一番の懸念は払しょくされた。

 僕は再び扉の向こう、ハイドラたちの待つ場所へと向かう。ひとつ、どうしても気になってたことがあったから。


「ねぇアル、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」

「あ~? なに?」

「あのさ、君がいたトルナダの城にふたりの奴隷の男の子がいなかった?」

「は!? なにさ突然…… いや、確かにいたけど。ホルンとノルンって子がね」


 やっぱりだ。思ってたとおり。


「驚かないで聞いてほしいんだけど、僕らが今回アイジタニアで遭遇した魔獣の中にそのふたりがいたんだよ。その子達は他の世界から転生してきた子たちだったんだよ」

「は!? 嘘だろ? だ、だって何十年前の話だよ!? 僕があの城を抜け出してもう80年くらい経ってるんだぞ!?」

「でも本当なんだよ。そんでそのホルンとノルンだっけ、ふたりは転生する前の家族と一緒にトルナダの王に嵌められてアイジタニアで命を落としたんだ。でもどうやったのかまではわからないけど、今も魂がスライムの中に閉じこめられてる。そいつを僕は、僕の尻尾の中へ閉じ込めたってわけさ」

「え、じゃあ今ここにいるってことか?」

「あ~、そうだね、そういうことになるね」


 とりあえずアルへの説明はこれでよしっと。でもやっぱり思ったとおりだった。丁度アルがトルナダを抜け出したのが、80年くらい前だって聞いてたからもしやと思っていたのだ。


「じゃあ彼らを陥れたのは僕の兄ってことだな。兄が転生者だってのは聞いてたんだ。あいつはいつも自分は他者とは違う、俺は選ばれた人間だって言ってた。本当に血も涙もない様な、クソみたいやヤツだったよ」

「じゃあ船の操舵士が転生したのがアルのお兄さんで間違いないんだね」

「あ~、恐らくね。ていうかそれしか考えられない。ねぇレット、ホルンとノルンには会えないの?」

「う~んと、どうなんだろう、ちょっと待って」


 そりゃ数十年ぶりの再会だ。会いたくないわけないよな。

 僕はファティマに頼んで飲み込んたスライムを放出してもらうことにした。


「吐き出すのはいいけどよぉ、あれって大丈夫だよな?」

「あれ? 何あれって」

「アレだよ、トルナダ王家に伝わる秘宝『白の幻影』だよ。あれでこちらの位置をあちらさんに把握されたりはしないんかね?」

「それなら大丈夫じゃよ。ここは外界から遮断されとるでの。いくらその禁忌物の力が強かろうと、こちらの様子を見られることはないよ」


 ルーペのお墨付きもいただいた。僕は早速ファティマにお願いしてスライムを吐き出してもらった。



    ◇



「あ、あ、アル、アルグ、アルグレアさ、ま……」

「あ、あ、お。お、おひ、おひさしゅ、しゅう、ご、ござい、ます……」


 スライムの中に浮かぶふたつの顔、ぼやけていてはっきりとは分からないけどなんだろう、なんとなく表情が読める。懐かしさと悲しさが混じったようななんとも言えない表情。


「おまえたち、すまない、僕に力がなかったせいで守ってやれなくて……」


 アルのこんな表情は始めて見た。薄っすら目に涙を溜めて、きっと今までの無念が一気に込みあげてきたのだろう。


「あ! そうだ! もう一回あの闇魔法を使ってもらえば直接アルと話すことができるんじゃないの?」

「た、た、たし、か、に、そ、そう、だな」

「ねえおじさん、あの魔法もう1回撃てる?」

「か、かの、う、だ」


 すごいなこの人。部長が1回使って何日も意識を失っていた魔法だってのに、こんな何回も連発できるのか。そもそも闇魔法がどんなものかもよく分からないけど、もしかしたら闇の刻印を長年使用して、なにか極意のようなものを掴んでいるのかもしれない。

 その後アルに闇魔法で彼らと直接会うことができるという旨を伝えた。当然彼はノルンとホルンに面と向かって謝罪したいと申し出た。

かくして2度目の闇魔法行使となった。


 ――ブラックガーデン



    ◇



「あ~、な、なんか照れるな。若干顔が違う気もするけど、それが転生前の君たちなんだな」

「アルグレア様! お久しゅうございます。そのとおりです。これが僕らの転生前の姿。転生前の年齢が10歳くらいだったので、この空間ではこんな子どもの恰好になっております。しかし…… アルグレア様はあの頃と全くお変わりなく驚きです」

「はははっ、まあね。ここでは時間が止まるからね。僕はあの頃のまま。ずっと逃げ続けてきたよ。でも君らを見て思ったよ。僕もそろそろ覚悟を決めないとね」


 いつも面倒くさそうにしているアルが、珍しく真剣な表情をしている。きっと旧知のふたりとの再会で、なにか思うところが在ったのだろう。


「レット君、ここで話すのは初めてだね。僕はホルン、こっちは双子のノルンだ。転生前の名前は嬉野翔うれしのしょうとこっちは嬉野洋うれしのようだよ。よろしくね」

「あぁ、そうだ、前回私も自己紹介をしていなかったね。私は彼らの父、嬉野寛治うれしのかんじだ。こちらの世界ではセイルと呼ばれていた。改めてよろしくな、レット君」


 双子の兄弟と作業服の父から挨拶を受け、和やかな時間は過ぎていった。

 彼らを解放する方法をキルスティアは探していると言っていたけど、以前彼女に出会った時点では解放してあげることはできていたのだろうか。そんなこと彼女は一言も話してくれなかったしな。まぁ旅先でたまたま一緒になっただけの他人にそんな国の秘匿事項なんておいそれと話すわけないか。

 でもこの事実を知ってしまった今、僕にできることがあるのならいくらでも協力してあげた。

 あぁ、キルスティアに会って色々と話をしたい。そう思っていた。


 まさかキルスティアとの再会がこんな間近に迫っているとは露知らずに。


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