第125話 寿命100年

「僕らのいた島の名前は昭洋島しょうようじま。こちらの世界でショウヨウなんて言葉を聞いたことはなかった。数十年経ってから気づいたのをおかしいと思うかもしれないが、実はこの国は当時の2年前に遷都していたんだ。それまでの首都だったミルグリアから突然遷都が発表された。それを聞いてもしやと思った僕らは、すぐにショウヨウへ向かった。僕らは家族を探す旅をしていく内に、ある程度名の知れた冒険者パーティになっていたからね、なんとかトルナダの王に謁見することに漕ぎつけたんだ」

「えっ、それでふたりの息子さんを解放してもらったってかんじですか?」

「いや、話はそううまくはいかなかった。王は息子たちを奴隷から解放する代わりに、僕達に色々な無理難題を押し付けてきた。各地で手を焼いている魔獣の討伐、違法な冒険者の駆逐、そして王に仇名す政敵の抹殺…… 僕らは言われるがままに与えられた任務を遂行したよ。任務中ふたりを同伴させる代わりに僕らには鎖がつけられたのさ」

「え? く、鎖? 王は何をしてきたんですか?」


 しかし話を聞いてるとトルナダの王様は碌なヤツじゃないっぽいな。ラキヤに住んでた時はそんな噂聞いたことなかったのに。やっぱり首都から離れていたからそういう噂は流れてこなかったのか? それとも厳重な情報統制が取られていたとかか?


「まぁ鎖というのは比喩でね、要は見張りをつけられたんだ。『白の幻影』というトルナダ王家に伝わる秘宝だそうだ。そいつが近くにあると常にその周辺の情報が王家に伝わる、そして向こうから見えている相手に無条件で攻撃をできるというものだった。息子ふたりには奴隷の刻印があった。こいつが厄介で術者が呪文を唱えれば簡単に刻印を持つ者を殺害できるというものだった。ちなみに僕らがいたスライムの中に白い仮面があったろ? あれが白の幻影だ」


 あっ、確かにスライムの中にひとつ白い顔があった。しっかり確認してなかったから気づかなかったけど、あれは仮面だったのか。


「そして僕らはトルナダ王に最後の任務として、ここアイジタニアで魔獣の討伐を言い渡された。なんでもアイジタニアからトルナダへ応援要請があったらしくてね。まぁ今思えばこれは真っ赤なウソだったんだが。僕らは魔獣を討伐する為ここで野営することに決め、テントを張り仮眠をとっていた。その時だ。アイジタニアの連中に襲われたのは」


 その後の話は実に呆気なかった。アイジタニアの兵士たちに囲まれた彼らは、なんとか相手に話を聞いてもらおうとしたのだけど、全く取り合ってもらえず、その後交戦状態になり、必死に応戦したけど当然数の暴力には勝てず、結局全員その場で死んだ……


「え、いや、死んだって!? 皆さんいるじゃないですか? い、いや、そりゃ魔獣の中ではあるんですけど」

「あぁ、話には続きがあってね、戦闘が終わる間際に到着したアイテイルの神葬体が秘術を使って僕らをこの状態にしてくれんだ。まぁそれがよかったのか、悪かったのか…… いっそこのまま殺してくれたほうがよかったんだがね。彼女は僕らを必ず復活させると言ってくれたんだが、まぁ気休めと受け取っているよ」

「え、その神葬体ってもしかして……」

「もしかして君も知っているのかな? 彼女の名前は……」


 ――キルスティア・ダロンゲイトだ。


「まぁ以上が僕らがここにいる理由だ。理解してくれたかな?」

「えぇ、大方理解しました、けど、あの、ひとつ気になったのが……」


 そうだ、船を操縦していた人はどうしたんだ? 話の中に出てこなかった。もしかしてもうすでに死んでいたとか? いや、でも彼はトルナダで3人を見つけたと言っていた。じゃあ一体彼はどこにいたんだ?


「あの、船を操縦していた人って」

「あぁ、そういえば忘れていたね。まぁ考えるのも嫌だったから無意識に言わなかったのかな。アイツは……」


 彼から出た言葉は予想だにしない言葉だった。


 ――トルナダの王だ


「はっ!? どういうことですか? な、なんでその人がトルナダの王に!?」

「ははっ、こっちが聞きたいくらいだよ。まぁ奴がトルナダ王朝の皇太子として転生したからとしか言えないな。ヤツが王になってもう数十年は経つか。今どうなっているのか定かではないけれど、君ももしトルナダに行く機会があれば十分注意したほうがいい。奴はヤバい」


 あっ! 待てよ、そういえばアルはトルナダ王朝の皇太子だって言ってた。そして兄に殺されそうになって東の森に逃げてきたとも。もしかしてアルとその操舵士はなにか関係があるんじゃないのか?


「ところでとりあえず話は終わりだが、君はどうするんだ? ここから去ってくれるなら僕らは君たちに危害を加えることはないが…… そうでなければ……」


 くそっ、そうだった。問題はなにも解決していなかったんだ。

ここではい分かりましたと言ってむざむざ帰るわけには行かない。僕らは彼らを討伐しなくちゃいけないんだ。でも……

 こんな話を聞いて彼らを討伐なんてできない!

 僕は一体どうしたらいいんだ!?


「おい、レット、ひとつだけこの状況を打破する方法があるぜ。聞くか?」


 突然話しかけてきた相手、そいつは僕の尻尾、ファティマだった。


「なんだよ? いい手があるなら教えてくれ! 僕にできることなら何でもする!」


 まただ、また僕は何の考えもなしに自分を安売りする言葉を吐いてしまった。

 でも……


「おぉ! 言ったな! 聞いたぞ! 言質は取ったぞ!」

「あぁ、なんとなくお前の言わんとすることは分かってるけどな」

「ほぉ!? レット! 賢くなったじゃねえかよ。自分が吐いた言葉に後悔しつつもそれも受け入れるのかぁ。でもまぁ現実は甘くねえぜ。そんな殊勝な気持ちひとつで結果は変わりゃしねえ。俺はいただくもんはきちんといただく主義でな。1年たりともまからねえ!」


 ――100年だ!


 やはりヤツから出た言葉は思っていたとおりの言葉だった。

 寿命100年。メラニアの寿命をもっと調べておくべきだった。でも寿命を渡した瞬間に僕が死ぬことはないだろう。多分、いや、これは僕にとって都合のいい憶測だけれど、今僕が死んだらきっとファティマもどうにかなってしまう。宿主がいなくなるんだからね。ということはきっと僕はすぐに死んでしまうことはないはずだ。なら……


「あぁ、分かった。100年やる。だから助けてくれ」

「よっし! よく言ったレット! あっ、でもその先に一応あいつらに聞いとかないとな」

「え? 何をだよ?」

「まぁいい、俺から言う」


 何を聞くのか僕に説明する前に、ファティマは椅子に座っているふたりに語りだした。


「ここからは俺が交渉させてもらう。俺の名前はファティマ。こいつの体に寄生している。お前らにひとつ提案がある。聞いてくれるか?」

「さっきから異様な雰囲気は感じていたが、やはり彼以外にも誰かいたのか。まぁいい。話だけは聞こうか」

「よし! 俺からの提案は簡単だ。お前ら俺の中に来い。お前らがここにいるとこいつらが終わる。一生ここから動けず、いつかお前らを襲った奴らがこいつらを殺しに来る。多分その時お前らは一緒に駆逐されるだろう。だが今俺の中へ来ると言ってくれれば、お前たちの身の安全を保障する。キルスティア・ダロンゲイトがお前たちを解放する方法を見つけられるかは分からんが、見つけられるその時まで俺がお前たちを保護する。どうだ? この条件で、ここから立ち去ってもらえないだろうか?」

「い、いや、待て、俺の中に来いとはどういう意味だ? 確かにお前が僕らの魔法を全て飲み込んだのは見ていたが、だからと言って僕らに来いと言われても、そんなことはおいそれとは信用できない」

「まぁそりゃそうだよな。だけどよぉ、俺はこいつと契約しちまったんだ。契約は絶対だ。契約を破ればその代償は俺に降り注ぐ。そいつは困るんでな」

「契約? それは一体なんなんだ?」

「あ? あぁ、こいつはお前らを助ける為に寿命を100年俺に差し出した。見ず知らずのお前らを助ける為にだ。そのことを少しは考えてやってくれ」


 ファティマが彼らと交渉しているのを聞いて、何故だか胸が熱くなった。こいつが僕の為にここまでしてくれるなんて。

 いや、でも待てよ、僕は寿命を100年も差し出したんだ。よく考えてみればこいつがここまでするのは当然といっちゃあ当然か。胸を熱くした僕のカロリーを返してくれファティマ。


「いや、だがしかし、白の幻影はどうする? そんなことをしたら息子たちの魂は、今なんとかギリギリで留まっている息子たちの魂は、今度こそ消し去られてしまうではないか!」

「あぁ、そんなことか。そんなチンケな道具にどうにかされる俺様じゃねえよ。俺様の中は誰にも触れられねえ。あっ、例外はいたわ。ここにいるレットだけだ。こいつだけが俺の中に触れられる。現状メラニアの体じゃどうすることもできねえがな」


 ファティマの力説が終わり、しばしの沈黙が場を支配する。

 未だ名前も聞いていないふたりはどういう結論を出すのか。どういう経緯かわからないけど、キルスティアが命を懸けて守ろうとした6人だ。できることなら僕も彼らの手助けをしたい。

 ほんの数分、体感時間にしてみれば悠久の時、彼らは結論を出したようだった。

 その答えは……


 ――分かった、君らの提案を飲もう。


 僕らの前に道が開けた瞬間だった。


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