第131話 本当の再会
――……めんね……
ああ、眩しい。
――……ごめんね……
ああ、声がする。
――……目を覚まして、メラニアちゃん……
誰の声?
……レットちゃん、お願い、目を……
あの声は……
――目を覚ましてえぇぇぇぇ!
気がつくと僕は誰かに抱きかかえられていた。とても冷たい体。
次第に目が慣れてきて、ふと上を見上げる、見上げたところから零れ落ちる水――
いや、これは涙? 温かい…… 涙。
そう、僕を抱きかかえていたのはハイドラ、ハイドランジアだった。
◇
「本当に申し訳ありませんでした。皆さんの話も聞かず、一方的に皆さんを惡だと決めつけ、彼らを助けてくれた恩人に傷をつけ……」
意識がはっきりして、周りを見渡すと、そこにいたのは地面に頭を擦りつけ、謝罪をするキルスティアの姿だった。
どうやら僕が気絶している間に誤解は解けたらしかった。
よかった、本当によかった……
ふとキルスティアの隣に視線をやる。何故だろう、何故気がつかなかったのか。
そこには神ユピテルが両手を腰に当て、仁王立ちしていた。
「おい! レット! なにをひとりで寝とるんじゃ! ワシが起きたらお前いないし! なんか外が騒がしいと思って見てみればあ! 見覚えのない女が喚いているしぃ!」
「あ、ご、ごめん、ユピテル、と、とりあえず落ち着いて、ね?」
神ユピテルは神らしからぬ態度でプンスカしていた。どうやら起きた時、僕が隣にいなかったのが気に食わなかったらしい。それで外に出てみればキルスティアのあの怒りようだ。どうやら神の一喝でその場を収めたらしい。
その後は冷静に話を聞く態度になったキルスティアに事の経緯を説明、今に至ったというわけだ。
「おいレット! その女の言っとったヤツ、出せ!」
「は? あ、う、嬉野一家のこと?」
「そんなん知らんわ! お前の尻尾に隠しとるやつらじゃ!」
やはりスライムの中の6人家族、嬉野一家のことだな。
僕はファティマにお願いして、スライムに閉じ込められた6人の魂を、再びこの森へと出現させた。
「ああ、皆さん、本当に無事だったのですね。わたくしが中々皆さんを解放する方法をみつけられないばっかりに…… つらい思いをさせて申し訳ございません……」
「あ、あ、き、気に、し、しないで、く、く、くれ……キ、キルス、ティア」
「うっ、うっっ……」
キルスティアは膝をつき頬には大粒の涙が伝う。その水滴は地面へ落ち、乾いた土を僅かに濡らした。
彼女が彼らをこんな風にしたわけじゃないのに、どうして彼女はここまで彼らに対して親身になっているんだろう。彼女の優しさなのか、それとも彼女なりの贖罪なのか、僕には分からなかった。
「あぁぁぁぁぁ!! 泣くなぁぁぁぁ! わしゃ湿っぽいのは嫌いなんじゃあああ! そいつらが元通りになりゃいいんじゃろうがあああ!!」
「は? ユピテル、な、なに言ってんだ? そ、そりゃそれができれば全部解決なのに、できないから困ってるんじゃないかよ」
ユピテルの咆哮にも似た言葉に僕が反論すると、ユピテルは続けてこう言った。
「じゃからあ! ワシがそいつら元通りにしてやるっていってんじゃあ!」
は? そ、そんなことが可能なのか!? い、いや、でも確かに彼女は世界を改変することができる力をもっているんだっけ。なら囚われの魂となった6人をあのスライムから解放して元通りの人間に戻すことだって可能なのか。
最初ユピテルが何を言っているのか理解が間に合わなかったキルスティアは、彼女の言った言葉の意味に気づくと先程までの世界の終わりのような顔から一変、希望に満ち溢れた、いや、空から蜘蛛の糸が下りてきて、そいつを必死になって掴み取ろうとするような、まさに藁にも縋るような表情でユピテルに言った。
「ユ、ユピテル様、ほ、本当にそんなことが可能なのですか!? で、できることなら、彼らを、どうか、どうか、わたくしがこのようなことを頼むなど有ってはならないことは承知しております。信仰するアイテイル様以外の神にこのような願いを…… ですが、ですが、どうか――」
――助けてください。わたくしはどうなろうと構いませんから……
額を地面に擦りながらユピテルに懇願するキルスティア。
僕だってできることなら魂を囚われた彼らを解放してあげてほしい。
だがユピテルの残りふたり。
一号と二号の表情は険しかった。
「ユピテル、本気か? お前の決定に口を挟むつもりはなかったが、よくよく考えろ。この6人を人間に戻すことにそれほどの意味があるのか?」
「ユピテル、私からも言おう。君も分かっているのだろう? いつもは何も考えていないような振りをして、全て分かっているんだろう? いいのか? 本当に力を使っても」
ユピテルが力を行使するのを諫めるふたり。でもそこには彼女の意思を優先させつつも、熟慮するよう促しているというか、なんとか思い留まらせようとしているように感じた。
力の行使にはやっぱり何か反動というか、なにかしらのペナルティみたいなものがあるのだろうか。
「もう決めたんじゃあ! こいつらを生き返らせればレット!! おまえ喜ぶんじゃろ!?」
「は!? あ、ああ! もちろん! そりゃ嬉野家の皆さんが人間に戻れれば僕はうれしいさ」
「じゃからやっちゃる! てかもうやった!」
ユピテルはそう言って僕の後ろを指さした。それにつられて後ろを振り向くとそこにあったのは――
――6人の人影
「なんと、なんということでしょう…… こ、こんな奇跡が……」
頬から大粒の涙を流し、手を組み祈りを捧げるキルスティア。
そこにいた6人――
「キルスティア、ありがとう、私達の為に。君はなにも悪くないのにな……」
作業着を着た男性がキルスティアに言った。
彼らは何故かこの世界へ転移、転生してくる前の姿になってそこへ立っていた。
年齢も性別もバラバラにされこの世界へ連れてこられた6人は、ようやくここで昔のままの6人家族として再開することができたのだ。
「はあ、本当にやってしまったのだな。私達はおまえだ。おまえが決めたことをこれ以上とやかく言うつもりはない。だがこれで現状は最悪になった」
「一号、まあそう言ってやるな。ユピテルが誰かの為に力を使ったことなど今までに一度でもあったか? 私はこの結果を受け入れよう。この先どんなことが起きようともな」
一号と二号にもそれぞれ思うところがあるようだ。だけどふたりはユピテルの決断を受け入れた。僕には彼らが何を危惧しているのかはさっぱり分からないけれど、そういったものを全て抜きにして、とにかくうれしい。
今ここで彼らが本当の再会を果たせたことが、僕は本当に嬉しかったんだ。
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