第132話 浦島太郎みたいだ

「なんじゃい! この白いのはあ!」


 ユピテルは地面に転がっていた白い仮面、トルナダ王国に伝わる秘法『白の幻影』を右足で踏みつけるとグリグリと力を入れた。ユピテルが足に力を入れる度粉々になっていく白の幻影。


「ほんじゃワシはもう1回寝るからあ! なんか疲れたしいい!」

「あ、ユ、ユピテル! ありがとね!」


 思わず口に出た感謝の言葉に特に答えるわけでもなく、そのまま踵を返し扉を開けるユピテル。だけど扉を開けあちら側へ帰る間際彼女は言った。


「まあおまえが笑顔になったからいいわい。じゃあの! おやすみい!」


 ――ばたあああん!


 僕の体が宙に浮きそうな程、力いっぱい閉められた扉。

 そうか、今僕は笑顔なのか。でもユピテルのヤツよくメラニアの僕の表情が分かったな。やっぱ神様だからそういった機微も分かるのだろうか。


「ねえ、お師匠、6人をこの森に住まわせてあげてほしいんだけどさ、いい?」

「ん? そりゃ構わんよ。でも嬉野一家とか言ったかの? あんたらはそれでいいのかい? この森にはなんにもないんじゃぞ? おまけにここにおったら老いがない。それを彼らが望むなら儂は一向に構わんぞ」


 嬉野一家も東の森についてはある程度の知識があったみたいだけど、さすがにこの森にいると老いることがないということまでは知らなかったらしい。6人は互いに顔を見合わせて困惑している様子だった。

 きっと人によっては老いることのないこの森は楽園のように感じるだろう。でもそれって本当に幸せなのか? 人生って死というゴールがあるからこそ、それが訪れるまでを精一杯生きるんじゃないだろうか。

 嬉野一家はしばらく考えた後、アルとルーペにこう言った。


「おふたりの気持ちは嬉しいのですが、私達は森から出て新しい人生を家族で歩んでいこうと思います。ただ、できることなら家族が落ち着くまでの少しの間だけ、ここで暮らすことをお許しいただければと思っております。勝手すぎる考えなのは重々承知しているのですが、お許しいただければ……」

「あ~、6人の気持ちも考えずに勝手なこと言っちゃってごめんよ。お師匠、僕からもお願いします、彼らのことを」

「おまえさんが謝ることはないわい。おまえさんはこの人達を思って言ったんじゃろ? まあこの人らが無事街で生活していけるよう儂も手を貸すでの」


 アルは少し涙ぐみルーペに一言有難うと伝えた。だが彼の双眸からはすぐに涙が消え、なにかを決意したかのような面持ちになった。


「あ~、お師匠、僕もしばらくしたらここを出るよ。ようやく決心がついた。ずっと逃げてたって仕方ないしね。どうなるかは分かんないけどさ」

「そうか、お主がそう決めたのなら儂は何も言わんよ。でもな、ここはお主の家じゃでの。いつでも帰ってきてもいいんじゃからの」

「お師匠、ありがとう……」


 アルはきっと自分の逃げてきた過去を清算する為、彼の故郷へ赴くんだろう。彼や嬉野一家をめちゃくちゃにした相手と決着をつける為に……

 正直僕にはトルナダの王族のことはよくは分からない、ラキヤにいた時はそんなことを考えたこともなかったから。

 でも僕にできることがあるのなら協力してあげたい、心からそう思った。



    ◇



「レット、ユピテルはもう当分起きん。多分2年くらいはな。お前はその間自由にしていていい。別に我々はお前をここへ留めておきたいわけではないからな」

「もしユピテルが起きる兆しがあればすぐに教えよう。そういえばホウライはどうなっている? なにか連絡はあったのか?」


 一番と二番の優しさが嬉しい。最初ここに来た時、僕はなんて不幸なんだろうなんて思ったりもしたけど、この転生でも沢山の優しい仲間に出会えた。つらい状況に陥っていた嬉野一家を助ける手助けも、大して役には立ってないかもしれないけれどほんの少しは力になれたかなと思う。

 まあこの姿がメラニアじゃなかったのなら尚よかったんだけど……

 しかし確かにホウライからはなんの連絡もない。彼女は自身の潔白を証明するため出ていったけど、一体なにかしらの進展はあったのだろうか。


「そうだね、ホウライからはなんの連絡もないよ。彼女が出ていったきりね。1回僕の方から彼女に接触してみる」

「ああ、我々としてもその件に関しては何者かが我々ユピテルを利用しているような気がしてならないからな。まあユピテル本体があんなだからどう転がるかはわからんが、お前たちは足掻けるだけ足掻けばいい。その結果がお前たちの満足いくものになることを私は期待しているよ」


 二番はそういうとユピテルが帰っていった扉の向こうへと去っていった。続けざまに一番も『じゃあな』と一言を残し、扉へ帰る。

 とりあえず僕が今やるべきことは決まった。


「よし、それじゃあホウライにコンタクトとってみるか……」


 これをやるのも久しぶりだ。一体いつぶりなんだ? てか僕がここに来て一体どれくらいの時間が経ったのだろう。1か月? いや2か月は経ってるのか? この森にいると時間の感覚が曖昧になってく気がする。

 僕は頭の中でホウライの姿を思い浮かべた。彼女へ僕は問いかける。頼む、答えてくれ、ホウライ!

 沈黙が続く。前回僕がメラニアに転生したばっかりの時はうまくいったんだけど、今回はどうなる? 頼む、うまくいってくれ!


 ――やあ、久しぶりだね……


「ホウライ! やった! 通じた!」


 頭の中へ直接響く彼女の声、高くもなく、低くもなく、あまり抑揚のないその声を懐かしく感じた。

 だけど何故だろう、彼女の声色から彼女が余り浮かない表情をしているような気がしたのだった。


「長い間放置してしまってすまない。こちらも中々思うように事が進まなくてね。東の森で君と別れてから――」


 ――もう3年か……


「はっ!? さ、3年!? う、嘘でしょ? だ、だってまだ2か月か、長くても3か月くらいしか経ってないじゃないか……」


 信じられない、僕がここに来て3年経った? そんなはずない。そうだよ、だって僕はここに来てまだなにも…… 

 よくよく考えると自分がどれだけここにいるか分からなくなってきた。ここにはカレンダーも時計もなにもない。毎日同じことを繰り返して、今回たまたまアイジタニアに行ったけれど、日付なんかは確認する暇もなかった。

 本当に世界では僕がここに来てから3年も経ったのか。まるで浦島太郎にでもなった気分だ。

 僕が動揺しているのを察知したのか、ホウライが話し出す。


「とりあえず現状を報告する為、一旦そちらへ行く。そう遠くにはいないから、2,3週間程度で行けると思う。少しの間待っていてくれ」

「わ、わかった……」


 とりあえずホウライが来てくれることになり、この3年間について説明してくれることになった。まあこの際外では3年経ってしまったことは置いておこう。

 しかしホウライが言っていた、あまりうまくいっていないという言葉が気になる。今回の件の犯人はルシフェルではなかったってことか?


 胸にモヤモヤを抱えたまま、僕はホウライの到着を待つ他なかったのだった。

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