第130話 アイテイル

「何故ですか、何故ですか、何故ですか、何故ですか、何故ですか、何故ですか、何故ですか、何故ですか、何故ですか、何故ですか、何故ですか――」


 見上げた先にいた女性。前回の転生時、時に恐ろしくもあったけど、何度も助けられた心強い女性。

 その彼女は僕の前で、同じ言葉を何度も何度も繰り返していた。


「何故彼らを葬ったのですか、何故彼らを葬ったのですか、何故彼らを葬ったのですか、何故! 何故! 彼らは! 彼らは! 救われるべき――」


 ――人たち、だ、ったの、に、いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!


 僕の前で咆哮する彼女の目は血走っていた、いや、表現がおかしかったかもしれない。

 眼が完全に彼女の血と同じ色…… 青い血の色になっていたのだ。

 強力な静電気で舞い上げられたかのように逆立つ赤い髪と、青く染まったその瞳に、僕は再度彼女に対して恐れを抱いてしまった。


 前回あんなにも助けられたのに――


 なんでか酒を止められない、決して褒められたことではないけど、何処か人間らしい不完全さを隠すことなくさらけ出してくれた、時に笑顔で、時に泣きわめき、時に優しく僕を包んでくれた彼女に対して、僕はこの転生でも再び彼女に対して怖いという感情を抱いてしまったのだ。


「あなたと、そこのメラニア、ですね。今回彼らを殺したのは…… そちらの女性、前回お会いした時にわたくしはあなたのことをユピテルではないと確信しておりました。ですがわたくしはそのことに関してなにか、罪に問おうとは思いませんでした。あなた方にも事情がおありなのでしょうと。ええ、わたくしは見逃してしまいました。わたくしがあなた方の罪を見て見ぬ振りをしたせいで、このような結末を招いてしまいました……」


 ――全てわたくしの罪です……

 

 ヤバい、なんだか分からないけど、なにかヤバいことが起こる気がする、いや、必ず起こる。きっとキルスティアだってここに覚悟の上で来てるんだろう。この後どうなっても構わない。ただ自分の罪を、彼らを救えなかったその贖罪をする為だけにここへ来ている。何故だろう、なんでかは分からないけどそれが伝わってきた。


 とにかく誤解を解かないと、彼らは生きてる、蔑まれて、隔離されて、腫れもの扱いであの森に留められていたその呪縛から、今は少しだけ楽に過ごせる場所に来たんだよ――


 ――それを伝えなければ……


「キ、キルスティア! ちょっとまっ――」


 遅かった。行動するのが遅かった。

 彼女へなんとか誤解を解こうと声を発し始めるのと同時に、彼女、キススティアの右手が僕を指さした。

 

 その瞬間――


 僕は気を失った……



    ◇



 ……ぇ……


 は?


 ……ねぇ……


 誰?


 ……ねえ、だいじ……


 誰なの? なんて言ってるか聞こえない……


 ……ねえ、大丈夫?


「おい! レット! 起きろ! おいしっかりしろ!」


 もうひとつ声が聞こえた。この声は……ファティマか?


「はあ、ようやく目を開いたな。しっかりしろ! 俺のこと分かるか?」

「あ、あ、ああ、ファ、ファティマか? ああ、大丈夫……は!?」


 僕に話しかけていたファティマ。

 僕の尻尾に寄生して、一体敵なのか味方なのか、よく分からない不思議な存在のファティマ。

 その彼は今僕の目の前に立っていた。


「ああ、この姿に驚いてんのか? そういやこの姿でお前の前に現れるのは初めてだったよな。まあ改めてよろしくってとこか」


 そう言葉を発する彼は黒のスーツに黒いシャツ、黒のネクタイをつけ、そこに立っていた。

 彼の顔――


 顔だけは紫の炎に遮られて見えなかった。


「せっかくこうやって会えたしな、もっと色々話したいとこなんだが、それよりもだ、今お前が話さなきゃならない相手はあっちだ。お前が目を覚ますのを待ってたみたいだぜ」

「話さなきゃならない相手?」


 誰だ? 僕が今、ファティマを差し置いて話さなければならない相手って……

 ファティマを見ると、彼は指を指していた。僕はその指のさす方へ振り向く。


「やあ、初めまして、じゃあないんだけどなあ。直接話すのは初めてだから、初めましてでも問題ないのかなあ?」


 そこにいたのは小さい子ども。

 肌は青く、髪の毛は紅く、顔は――


 ――仮面?


 あれは仮面なのか? 肌色の、まるで普通の人の顔、それもとても端正な顔立ちの、なのに何故か無機質に感じる、何処か不安になるというか、奥歯に何かが挟まってるというか、とにかく言われようのない違和感を感じさせる顔。


「やあ、レット君、じゃなかったユカリ君、僕はアイテイルだよ。まあこの世界の神様なんかをやらされてるもんだ。以後よろしくなあ。てかやりたくてやってるんじゃあないんだけどなあ」

「え、え、あ、あなたがアイテイル? な、なんで僕なんかに……」


 意味が分からなかった。何故僕の前にアイテイルが、神がいる? そりゃ確かにユピテルというこの世界の神の一角とは面識がある。でも何故そのもう一柱が僕に語り掛ける?


「僕が君の前に現れたのが不思議かい? ははっ、そりゃそうだろうねえ。でもね、どうしても君に言っときたいことがあったんだよねえ」

「え? 言っておきたいこと? な、なんですかそれは?」


「ああ、それはね――」


 僕は思わず唾の飲んだ。何を言われるのか、十中八九キルスティアについてだろう、そう思っていた。きっとこの難局を乗り切る為の打開策を、神アイテイルが提示してくれる、そう信じていた。だが――


 ――近い将来ユピテルは消滅する。


 は? は? は?


 全く予想していなかったアイテイルの言葉に、僕はどう答えたらいいのか、完全に思考は停止していた。


「僕はね、未来が分かるんだよねえ。確定した未来。覆らない未来。つまりユピテルは確実に消滅する。このことを伝えに来たんだ」

「ご、ごめんなさい、あなたがなにを言ってるのか全然わかんない、です。なんでユピテルが消滅するんですか? てかそれを僕に伝えてどうなるっていうんですか!?」

「あはっ、ごめんね、僕にはユピテルが消滅するってことしかわかんないんだあ。過程はすっ飛ばして、結果しか見れない。ん~、でもその過程に、君が関わっているとしたら、君にもやれることはあるんじゃないかなあって思ってねえ」

「い、いや、話が訳わかんなすぎて、どうしたらいいかわかんないよ!」

「ごめんねえ、そろそろ僕行かなくちゃあ。君が目を覚ましたら現実の問題は解決してるから安心しなよお。あっ! そうそう、キルスティアに言っといてよお」


 ――大好きだよって


 彼なのか、彼女なのか、自分のことを僕と言っていたから彼なのだろう、でも声は甲高く、どう聞いても女性の声だった。でもとても小さいどう見ても子どものようにしか見えないアイテイルは一体……


 ――なんだったのだろう……

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