第105話 女神ホウライ

「え、き、君? 君が? レット君? 本当かい?」

「……そうだよ。なに笑ってんだよ……」


 僕の前に立つ黒髪で、純白のドレスを着た美女。彼女は笑いを堪え切れず、クックックッと微笑が口角に浮かんだ。


「信じられん、全く信じられん。だけど現実に目の前に君がいて、私はこうやって会話している。それに意識の出どころを手繰ると、確かに君から発信されているのが分かる。この現実を見せつけられれば信じざるを得んしな。それに…… まぁいい」

「よかったよ、信じてもらえて。そんで僕、レットのことはなんか覚えてる? 薄っすらでもいい。僕との記憶が少しでも残ってると嬉しいんだけど」


 頼む! 少しでも前回の記憶を継承していてくれ!

 だが彼女が出した返答は僕の期待するものではなかった。


「すまない。確かにレットという名前をどこか、懐かしく感じる感覚はあるんだが、あまり思い出せないな。だが……」


 え? なんだ?


「彼女たちはどうやら覚えているようだ」


 ホウライがそう言って手をかざした先には、アトロポスとペロロ、ラヴァが立っていた。


「本当なのか!? おい、ホウライ、このメラニアがレットだっていうのか!?」

「う、嘘でしょ!? ずっと夢で逢いに来てくれていたあの子が、私の可愛いレットが……」

「マ、マジかよ!? いや、確かになんか変なヤツだな~って思ってたけどさぁ。コイツがレットなのか? まぁいいや! じゃあお前のこと今日からレットって呼ぶわ!」


 マジかよ!? 3人とも僕のことを覚えていてくれたのかよ? あぁ、涙が、涙が止まらない。こんなことメラニアになって始めだ。


「うわっ、こいつ泣いてるぞ。泣いてるメラニア初めて見たぞ。でも俺らの言ってること理解してるみたいだし、本当にレットなんだな」


 父ちゃんがデリカシーのない言葉を吐く。さすが父ちゃんだ。これでこそ父ちゃん。

「よかったね、レット君。彼女達は皆、君の記憶が薄っすらだけど、確かに残っているようだ。しかし不思議なこともあったものだ。これは一体…… あとでゆっくり話を聞かせてもらおう。あぁ! そうだ、忘れていた。ペルルが君にお願いしたいことがあるそうなんだが」


 ん? なんだ? 僕にできることならなんでもするけど。


「悪りぃな、レット、お前にちょっと頼みたいことがあってよ」


 話を聞くと、ペルルはどうやら僕のお母さんと話がしたいらしい。ペルルは獣人化してお姉さんである僕のお母さんと話ができなくなってしまった。これまで何回も会話を試みたらしいけど、結局うまくはいかなかったみたいだ。そんなところに僕の出現だ。僕がペルルの言葉を聞き、お母さんに伝える。お母さんからの返答を僕がホウライに伝え、それをペルルに伝えるというわけだ。

 僕のお母さんとペルルが向かい合う。感動の瞬間だ。


「あ~、シルビア久しぶりだな。元気か? あのさ~、ずっと言いたかったことがあってよ~」


 ペルルがもじもじしている。なんだ? 久しぶりすぎて気恥ずかしいのか? 彼女は続いてお母さんに伝えたいことを語りだした。

 ちなみにシルビアはお母さんの名前だ。


 ――え?


 僕はペルルに言われたとおりの言葉をお母さんに伝える。するとお母さんは『ちょっと待っててね』と言って少し離れたところにある寝床のほうを歩いていった。


「な、なぁペルル、お前何年かぶりに会った妹にそんなこと言う為に僕とホウライを使ったのか?」

「ん? なんかおかしかったか? 大事なことだとおもったんだけどよぉ」


 い、いや、別にいいんだけど……

 しばらくしてお母さんが口に袋を咥えて戻ってきた。ペルルはそれを受け取りありがとうと言った。その場で袋の中身を確認するペルル。その中に入っていたのは……


 ――干からびた大量のトカゲだった。


「ラインハルト、姉には、マーガレットには『あんたの隠しておいたトカゲちゃんと食べずにとっておいたよ』って伝えて。本当にあの子食い意地はってるわよねぇ」


 え!? ペルルの本名マーガレットっていうのかよ!? あれのどこがマーガレットだよ! やっぱペルルのほうがピッタリだわ。

 お母さんの言葉をホウライからペルルへ伝えてもらう。聞き終えるとペルルはお母さんの頭をひと撫でした。


「シルビア、じゃあな。って3日に1回は顔合わせてるのにな、じゃあなって言うのも変だな」


 そう言いながらトカゲを1匹口に放り込むペルル。感動的な場面を装って全然感動的じゃない一幕はこれで終了したのだった。



    ◇



「それで、君が私と深い縁があるのは分かったけど、君は私にどうしてほしいんだい?」


 ペルルとお母さんの全然感動的じゃない会話が終了して、本題に入った。

 現在のホウライの状況がどうも飲み込めないけど、とにかく簡単に人とのコミュニケーションを取れる手段がほしい。その為には彼女に人形を作ってもらいたい。もしくは17ガーベラの誰かを護衛に付けてほしい。これがきっと今回の転生のキーだ。

 でもその前になんでホウライがいつのも黒いスーツじゃなくて清楚な純白のドレスを着ているのかが気になる。


「前回の転生の時ってホウライはそんな恰好してなかったんだけど、なんか特別な用事でもあったの?」

「ん? 君はなにを言ってる? 私は常にこういった服を着ているぞ。これでも一応……」


 ――女神なんでな。


 はぁ!? 女神!? も、元じゃなくって!?

 どういうことだ? あっ! もしかしてこの時点ではまだホウライは女神だったのか? でも前回彼女は巷では最古の魔人って呼ばれてたよな。どういうことだ?


「あ、あのさ、僕が知ってるホウライはいつも黒い髪の毛を後ろで1本に結って、黒いスーツを身に纏ってたんだ。そんで巷では最古の魔人『絶望の魔人』って呼ばれてた。あと女神じゃなくて元女神って名乗ってたんだけど」


 僕が話していると穏やかに微笑んでいたホウライの表情がみるみる真顔になっていく。なんだ? 僕はなにかまずいことをいってしまったのか?


「前回の転生で私と初めてあったのは君が何歳の時だ?」

「え、え~っと、たしかぁ、11歳だったかな」


 そうか、とだけ答えて黙り込むホウライ。なにか考え事をしているのか。顎に手を当てている。しばらくの沈黙を経て、彼女は語りだした。


「要は今から数年の間に私になにかが起こるというわけか。それが1年後かもしれないし、明日かもしれない。それは分からないと」

「よ、要はそういうことだね」


 僕の中でホウライのイメージは完全に固定されていたから、こんな状況になるなんて思いもしていなかった。ていうかこの状況でホウライに力を借りられるのか?


「まぁいい。とりあえず今の私の現状を話そう」


 それからホウライは語りだした。彼女、女神ホウライの今。

 彼女は転生者『溝隠みぞかくしルリ』をこの世界に迎え入れ、これが彼女の最後の仕事となって、あとは転生者のサポートなどをして、女神全員の転生受け入れ完了を待っている状態だったという。以前ほどの力は残ってはいないが、神秘の力はある程度使えるという。力の温存の為こちらへ赴くのも、船や馬車を用いて来たのだという。


「女神である私をその存在から落とし、元女神とさせて、尚且つ最古の魔人として世界を改変させるなんて芸当ができるヤツは限られる。そんなことをできるヤツは私が知るかぎりひとりだけだ」


 え? そんなことできるヤツが存在するのか!? てかそんなことできるヤツなんて神様かなんかくらいだろう。


「君も薄々気づいているようだが……」

え? え? なんにも心当たりないんですけど……


「君の推測どおりだ。あいつしかいない。それは……」


 ごくり……


 ――神だ。


 はぁ!?


 予想していたようで、予想していなかった答え。

 神って…… 

 

 女神ホウライは神について語りだした。

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