第106話 え? 嘘でしょ?

「とりあえずロストルームへ行ってみるとするか」


 ホウライが呟くと彼女の回りに光の環が出現する。

 ロストルームってあれか? なんにもない白い部屋のことか? なるほど、女神だけが行けるあの部屋へ行けばなにか分かるかもしれないと考えたわけか。


 光の環が出て数十秒経った。見た目には何の変化もない。ホウライの姿もそのままだ。なにしてるんだ? 体が消えたりするんじゃないのか? 女神の奇跡を起こす瞬間は何度もこの目で見てきた。今回もそのような超常現象が垣間見れるのかと思っていたのだが……


「ダメだ。行けない。何故だ? こんなことは一度もなかったのに……」


 え? どゆこと? 行けない? そんなことがあるのか? いや、いくら考えても僕には想像もつかないことだ。彼女の表情は困惑しているみたいだ。なんだろう、嫌な予感がする。


「すまない、レット君。君も知っているとは思うが、ロストルームで他の女神に話を聞けばなにか分かるかと思ったんだが、何故かうまくいかなかった。こんなことは今まで一度もなかったんだが、考えられる可能性としては……」


 ゴクリ…… 思わず唾を飲み込む。


 ――女神の反目


「誰かは知らんが、女神の中の誰か、ひとりかも知れないし複数かもしれないが、誰かが私がロストルームへ進入するのを妨害している」


 マジかよ。一体なんの意図があってそんなことをしているんだ? も、もしかしてホウライって嫌われてる感じ?


「とりあえず現在、他の女神にコンタクトがとれない以上、やれることは限られてくる。私は今からでもこの現象を引き起こしたであろう人物へ会いに行こうと思うけど、君はどうする?」


 そりゃあもちろんついていきたいけど、この体でホウライについていけるのだろうか? でもここでのほほんと同じ毎日をのうのうと消費していくくらいなら……


「もちろん行く! てか多分迷惑かけると思うけど、いいの?」

「ははっ! 君ひとりくらい私にとっては手荷物にもならないよ。大丈夫。お姉さんが優しく守ってあげよう」


 ホウライは薄気味悪い笑みを浮かべ、どこからともなくタバコを取り出した。


「やっぱりこっちのホウライもタバコ吸ってるんだね。そこだけは前回と変わんないや」


 そう言うとホウライはふんっ、と鼻で笑い――


「女神には不釣り合いだと思うかい? まぁ色々あるんだよ。これくらい大目に見てやってくれ」


 そう言いながらタバコに火をつけた。


 彼女が火をつけた一本を吸い終わるのを待っていると、ふと何か大事なことを忘れていることに気づく。

 そうだ! ロベリアだ! せっかくホウライについていけることになったんだ。ホウライはロベリアの転生を担当した女神、きっと彼女とのコンタクトも容易にセッティングできるに違いない。

 我ながらナイスアイデア! と一瞬浮足立っていたのだが、よくよく考えてみる。

 ロベリアはまだ9歳、今からどこへ行くかも分からない、どんな大変な旅になるかも分からない魔境へ、そんな幼いロベリアを同行させてもいいんだろうか? いや、だめだろ。

 でもロベリアも僕が存在しているのかどうかをきっと不安に思っている。僕がここにいることだけでも早く伝えなければ。

 今後の方針が僕の中で決まった。



    ◇



 大きな屋敷の前。

 何年も暮らした内部の隅々まで把握した大きな屋敷。

 僕とホウライは屋敷の扉の前に立ち、ドアノッカーを3回たたく。

 その場でほんの一時待つと、大きな扉はゆっくりと開いた。


「ホウライ様、ようこそ、シフィリティカ家本邸へ」


 出迎えてくれたのはメイドのセツコだった。懐かしい顔、この屋敷にいるメイドのふたりのうちのひとり。背が高く、どこか気品が漂う女性だ。


「今日はどうなさったのですか? ホウライ様がここへいらっしゃるなんて珍しい。お嬢様をすぐに呼んでまいります」

「あぁ、すまないね、あ、そうだ、君の想い人も一緒にやってきたと伝えてくれ」


「かしこまりました」


 セツコはそう言って踵を返し、屋敷の中へ消えていった。

彼女の姿が消えてほんの数秒、どこからともなく足音が聞こえてくる。


 ――タッタッタッタッ


 息を切らしながら走ってきた少女、肩で息をしながらホウライを見つめている。


「ハァハァ、どこ? どこにいるの? あ! 女神様! ご無沙汰しております、ってあいつは!? どこ? え? いないんですけど……」

「君がお探しの相手はこの子かな?」


 ホウライは僕へ向けて手をかざす。あ、はい、僕です。ずっとここにいました。


「え、なに言ってるんですか? 女神様、レットはどこにいるんですか? そこにいるのってメラニアじゃないですか…… え? 嘘ですよね?」

「いや、本当だよ。この子がレット君だ」


 ――え? え?


 なんて表現したらいいか分からない表情をしているロベリア。そりゃそうだ。まさか僕がこんな愛玩魔獣の恰好をして現れるなんて思いもしていなかっただろう。でもしょうがない。こいつは紛れもない事実なんだから。


「え、本当に? この子がレット? う、嘘でしょ……」


 思わず膝から崩れ落ちるロベリア。人って理解が追い付かない時こうなるのか。勉強になった。

 にしてもやっぱ幼女ロベリア可愛いなぁ。大人になったロベリアももちろん可愛かったけどそれとは違う可愛さがあるよね。もうポケットの中に仕舞って大事にとっておきたい感じの。あ、いかんいかん、なんだか変態チックなこと言ってるような気がしてきた。


 ホウライに通訳してもらいながら、こうなった経緯をロベリアへ伝える。まぁ身も蓋もないことを言ってしまえば、ただ単にメラニアとして転生させられただけなんだけど。

 そしてこれからホウライについてしばらく旅に出ることを知らせたのだが……


「私も行くわよ! 私はあなたの眷属でお姉ちゃんでしょ!? いつから行くのよ? すぐ準備するから」


 案の定だ。彼女はきっとこう言いだすと思っていた。でも……

 彼女はまだ10歳。こんな小さな子、いくら悪意の反射があるからと言って、どこへ行くかも知れない危険な旅に連れ出していいわけがない。


「すまないけれど君を連れていくことはできない」


 何といって彼女の同行を断ろうか考えていたら、先にホウライが口火を切ってくれた。


「君はまだ小さい。10歳だろ? 学院だってあるじゃないか。私は君の女神だ。幼い君を危険に晒すような真似はしたくないのだよ。それに今回はどうしても君を連れていけない理由がある」


 ん? なんだそれ? その話は聞いてないぞ。


「え、い、一体なによ? その理由って」


 僕はてっきり船での長旅や馬車での悪路を何日も掛けて旅しなければならない過酷な行程が、10歳の少女には厳しすぎるから、という在り来たりな理由かと思っていたのだが、ホウライは全く違う理由を述べたのだ。


「今回は転移で行く。だから君は連れていけない。体が耐えられないからだ」


 転移? 彼女はそのまま話を続けた。


 転移とはなにかについて。

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