第107話 東の森
「転移は君には耐えられない。ついていきたい気持ちは分かるが、今回はあきらめなさい」
ホウライがロベリアへ優しく諭す。
「り、理由を教えてよ! 耐えられないってどういう意味よ? ていうか転移ってなによ?」
転移か。よくマンガとかであるワープするヤツか? さすが異世界、なんでもありだな。あ、でも女神は突然出てきたり、消えたりしてたよな。もしかしてアレの事か?
「転移は通常の人間の体では不可能だ。以前転生者を連れて転移をした女神がいるのだが、その子は転移時の負荷に耐えきれず転移後には肉塊へと変貌してしまった」
え、マジかよ…… てゆーか、ぼ、僕は一緒についてって大丈夫なんか? 齢6歳にして肉塊になるなんて嫌だぞ。
「その点レット君は問題ない。だからこの子は連れていく。それだけだよ」
問題ない? うぅん…… いや、考えても仕方ない。ホウライが問題ないと言っているのだから問題ないのだろう。この頭では深く考えることが難しい。
「で、でも……」
ロベリアは尚も食い下がる。でもホウライを論破できるような言葉は彼女からは出てこない。仕方ない。仕方ないことなんだ。できることなら一緒に来てほしいんだけど。
「すまないね、ロベリア。すぐに戻ってくるから安心してくれたまえ。また直にここにも顔を出す。だから君はきちんと学校へ行って、毎日の生活を規則正しく過ごすんだよ」
「わ、わかったわ……」
ロベリアが折れることで会話はなんとか終了し、僕らは屋敷をあとにする。
「ホウライ! そんでさ、さっきの件だけど、ロベリアはダメで僕は大丈夫な理由ってなんなのさ?」
仕方ないと腹の中では割り切っても、やっぱり気になって訊ねてしまう。それに対してとった彼女の行動は僕には理解不能だった。
「さぁ、おいで」
彼女はそう言ってドレスのスカートを捲り上げた。スラっとのびた足の付け根、その先にある純白の下着が丸見えになっている。
「ちょ、ちょ、ちょっと! ホウライ! なにやってるの!? パンツが丸見えなんですけど!?」
予想外の出来事に思わず取り乱してしまう。だがホウライはそんなこともお構いなしにこう続けた。
「うん? 下着? それがどうした? そんなことより早く私の中へ来なさい」
「い、いや、言ってる意味が分からないんですけど……」
「来れば分かる。私のおなかに向かって飛びつきなさい」
お、おなか? ますます言ってる意味が分からない。で、でももういいや! どうにでもなれ!
僕はホウライに言われるままおなかに向かってジャンプした。
すると……
――は?
(な、なんだここ? どうなってる? ここは一体……)
「どうだい? 異空間の中は? そこはパンデモニウム。私が構築した異空間。私の愛用する武器や道具、魔獣を仕舞っておける素敵な道具箱だ。君は魔獣。私と縁で繋がれた君ならここへ入ることができる。これが君なら転移に耐えられると言った答えだ」
「り、理解が追い付かない、てかめっちゃフワフワするんですけど。体が地面に足がつかなくて、無重力状態みたい。てか無重力状態を味わったことがないから憶測なんだけど」
「ははっ! 君おもしろいね。じゃあそろそろ出発しようか。すぐに着くけど、君は目を瞑ってるといい。それとその辺にいる魔獣とは目を合わさないようにね」
えっ!? ぶ、物騒なこと言わないでよ…… 横目でチラリと周りを見渡すと、見たこともない魔獣がチラホラ。どうやら寝ているようだけど……
――転移
ホウライが唐突にそう呟く。ここにいるとなんの衝撃も、違和感もない。ただただ宙に浮いている。気持ちが悪いようで、なんだか心地良い。そんなひと時を味わったのだった。
◇
「ついたよ」
ホウライの一言でゆっくりと目を開ける。目を開けると言っても、この空間ではなんの変化もなかった。ただフワフワ宙を浮いているのが気持ちよくなってきて、思わず寝そうになっていたのだ。
「さ、出ておいで」
ホウライのその言葉で突然体が引っ張られた。まるで掃除機に吸い込まれていくような感覚。真っ暗なところから急に明るい世界へ引っぱりだされ、眩しくて目が開けない。
周りの光に徐々に目が慣れてきて、僕はゆっくりと目を開いた。
「ここが目的地、東の森だ」
え!? それってもしかして東の森の魔女が住んでるところか? そういえばホウライは僕が意識共有した時東にいるって言ってた。もしかして反転の森に来る前はここに滞在していたのか?
でも、ここって――
――森……か?
そこに見えるのは大きな城壁。周りを見渡しても木なんて1本も生えていない。なんなら草すら1本も生えていない。右を見ても左を見ても見渡す限りの壁壁壁。一体どこまで続いているんだろう。地平線ならぬ壁平線だ。
「ね、ねぇ、なんでこれが東の森なんだよ? 森的なものはなにもないんだけど。振り返って見ても…… な、なんにもないな……」
「あぁ、そう言われて見ればおかしな話だね。まぁあいつが森って言うんだから森なんだろう。あいつにとって名前なんてどうでもいいだろうね」
わけが分からない。でもしょうがない。考えても仕方ない。今までも理解不能なことはたくさんあった。
「じゃあ行くよ」
ホウライは巨大で、首が折れそうなくらいに見上げても天辺が見えない城壁についていた小さなドアノッカーを叩いた。
――コンコンコン
――あ? 誰?
ホウライがドアノッカーを叩いてほんの数秒、驚くべき速さで返答があった。
幼い男性の声。一言だけど、あからさまに不機嫌な感情が伝わってくる。
「私だ。ホウライだ。お前の師匠を出せ」
「あ? なにまた来たの? あ? お師匠? はぁ、面倒くさ……」
え? なにあの人、めっちゃ失礼じゃない? 嫌々感前面に出しすぎだろ。
しばらく待つこと数分――
「あ~、お師匠今忙しいから中に入って待っとけってさ~、ホント僕の仕事増やさないでよ」
「黙れ、クソガキ。お前の師匠にチクるからな」
「あ? 酷くない? わかったよ。ど~ぞど~ぞ、お入りくださいな~」
男の声と同時に扉が開く。てゆうか扉がちっちゃい。多分50センチくらいの高さしかない。これ設計したヤツ何考えてるんだ!? しゃがまないと入れねえじゃねえかよ! いや、僕は普通に入れたわ。メラニアだから。
開門された扉を潜り抜けるとそこにあったのは……
――椅子とテーブル、その上にはティポットとソーサーの上に置かれたティカップ
「あ~、ほら、ちゃんともてなしただろ。だからお師匠にチクんなよ。あ~、面倒くせ~」
そこに立っていたのは少年。年齢は10歳くらいだろうか。金髪でショートボブの髪型、顔立ちは中性的で、女の子と見間違えてしまいそうな美少年。
「あ~、なにそのメラニア、ヘンテコな色してんな~。あ~、もしかしてそいつ見せに来たの~? そいつ完璧にアナフェマじゃん。どっからそんなレアもん調達してきたのさ?」
(アナフェマ? なんだそれ?)
「いや、今回はこの子を見せに…… いや、それもあるのだけれど、他にもっと重要な用事があってね。それよりテラとハイドランジアはどうした? 彼女の御付でもしているのか?」
「あ~? 知らないよ。そうなんじゃないのぉ? 僕が知ってるわけないじゃん、あいつらがどこにいるかなんて。自分で探したらぁ?」
この子口悪いな。こんなに可愛らしい見た目してるのに、太々しくて白々しい。
一体親にどんな教育を受けてきたんだろう。
「まぁ彼のことは大目に見てやってくれ、レット君。こうなってしまったのもしょうがないのだよ。齢10歳にして大概な人生を送ってきているのだからね」
え? なんで僕が思ってることが分かった!? 女神だから? それとも意識共有のせい? こんなんじゃ迂闊なことを考えられない。
「おい! おばさん! 余計なこと言うなよ!」
「誰がおばさんだ、クソガキ。客人のもてなしも碌にできなかったとおまえの師匠には報告しておくからな」
「あ~! ご、ごめんって! 謝るからさ~」
ふたりの他愛のないやり取りを思わず微笑みながら聞いていると、気配を感じた。ふとそちらのほうへ視線を向けると、ふたりの人物がそこには立っていた。
ひとりは女性。もうひとりは老人。
彼らの内、女性が口を開いた。
「先生はもうじきこちらへ来られます。ホウライ様、しばしお待ちを」
「あぁ、構わない。こちらこそ急で申し訳ない」
先生? 一体誰が来るんだ? ホウライが誰に会いに来たのか僕は全く知らない。東の森ってことだからやっぱり魔女に会いに来たのか? ていうかこの人達いつの間に現れたんだ?
なんの力もない只のメラニア……
それが今の僕。なにもすることができない僕は、只そこにいるだけ。運命に翻弄されながら、流れに身を任せるほかなかった。
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