第104話 メラニアの苦悩

 ホウライへの接触から1か月後。

 特にこれといった進展もなく、僕はのほほんと暮らしている。早いところロベリアとも連絡をとりたいのだが、如何せん彼女がこの反転の森にやってこないことには話にならない。僕一人ではこの森から出ることすら難しいのだ。

 メラニアは愛玩魔獣、倒せるのはせいぜいトカゲ程度だ。攻撃力は皆無と言っていい。なのでホウライがここへ訪れるのを待つことしか、僕にできることはなかった。


「ペルル姉さんがあんな風になってもう8年かぁ」


 晩御飯を食べている時お母さんがぽつりと呟いた。

 そうなのだ。実は今回の転生ではペルルは僕の伯母にあたるのだった。前回は血はつながっていなかったけど、今回は本当に血のつながった親族だ。これは地味にうれしい。

「ペルル姉さんもあんたみたいに変な毛色だったのよねぇ。緑色のねぇ。あんたもいつかあんな風に獣人化しちゃったりして。でもお母さん、あんたにはあんな風になってほしくないなぁ」


 トカゲを頬張りながらお母さんがしんみり話す。それに対してお父さんがうんうんと頷く。

 そりゃそうだ。獣人化したことによって、ペルルとお母さんは意思の疎通をすることができなくなってしまった。ずっと一緒に暮らしてきて、さぞ寂しかっただろう。

 僕にとって今回の転生のお父さんとお母さんはこのふたりだ。いっそこのままなにも考えずに、死ぬまでここでのんびり暮らしたほうがいいのだろうか……


 それから数日後、今日はアトロポスが僕らを散歩に連れて行くという。

 散歩と言ってもリードを首につけるわけでもなく、皆で適当に森の中を仲良く歩くだけだ。森の中の反転の呪いも、僕らメラニアには効きにくいらしく、僕らは散歩の時、いつも森の中心部まで行って寝床へ帰ってくる。これがいつもの散歩コースだ。


「おっ! お前本当に可愛いなぁ! おい! 抱っこさせろ!」


 アトロポスはいつも僕を抱っこしたがる。頬を摺り寄せたり、僕のおなかに顔をうずめたり。

 あぁ、父ちゃん、こんなに近くにいるのに僕はレットだよって伝えられない。つらい。早く伝えたい。父ちゃんが僕のことを覚えていなくても、この思いだけは伝えなければ。

 そんなことを考えていたらアトロポスがボソっと呟いた。


「な~んかお前の紫色の毛色を見てるとなんだか懐かしい気持ちになるんだよなぁ。なんなんだろうなぁ、この気持ちは」


 まっ、いっか! そう言ってアトロポスは僕は地面に置き、散歩を再開する。やっぱり父ちゃんの中には前回の僕の記憶が眠っているのか?


 一週間後、なんと! 森にとうとうロベリアがやってきた。僕は現在6歳、ということは彼女は9歳か。

 アトロポスとの用事を済ませた彼女は帰り際に僕らの寝床にやってきた。彼女はどうやらあまりメラニアは好きではないらしく、いつもは素通りして帰っていっていたみたいなのだが、この日は何故だか知らないが、立ち寄ったみたいだった。

 今回の転生で初めて彼女と再会したけど、幼女ロベリアも本当に可愛い。前回の転生時はこの頃、只の小うるさいガキとしか思っていなかったんだが、ロベリアとの思い出がたくさんできた今となっては、彼女が本当に愛おしくてたまらない。


 彼女はひとしきり僕らメラニアを眺めた後、何故だか僕の前にしゃがみ込んだ。


「あんただけ毛の色が違うのね。紫色なんてまるでレットみたいじゃないの。はぁ、レットのやつ一体どこでなにしてんのよ! さっさとうちに尋ねてきなさいよね!」


 ぶつぶつ僕に向かって文句を言い続けるロベリア。

 おぉ! やっぱりロベリアは僕のことを覚えていてくれていた! よかった! あぁ! 僕はここにいるぞ! 目の前にいる!

 だが当然メラニアの僕の魂の叫びは彼女に届くことはない。人に対して『ィヤンィヤン』としか話せない僕の叫びは彼女にとって騒音でしかなかった。


 じゃあね、またくるね、と言って去っていくロベリア。あぁ、すぐに会いに行く。ホウライがくるまであと少し。それまでの辛抱だ。



    ◇



 ホウライとの接触からようやく2か月。

 その日朝食をとっていると僕の頭にビビッと電撃が走った。彼女からだ。


「私だ、ホウライだ。もうじき着く。アトロポスは元気にしているか? 君は彼女と一緒にいるのか? とりあえずアトロポスのいる森の中心へ向かう。話はそこでしよう」


 一方的に告げられ回線が閉じられた。しまった、僕が現在メラニアだってことを伝え損なってしまった。

 まぁいいか。会ってから話せば問題ないか。

 しばらくしてホウライが森へ到着した。彼女は僕らが住む一角には見向きもせずに森の中心へと進んでいく。追いかけようと思ったが、お母さんに止められた。


「あんた! どこ行くつもり!? 森の中心には小型の魔獣が出るのよ!? 死ぬつもりなの!?」

「ご、ごめん、うん、ボーっとしてたみたい……」


 はぁ、情けない。今の僕では小型の魔獣にすら勝てない。まず僕の手には鋭い爪がない。こんなんじゃせいぜいトカゲを圧死させるのがやっと。キバだってとてもか細く、きっと小型の魔獣に噛みついてもダメージなんてこれっぽっちも与えられないだろう。

 一体なんだんだメラニアって…… 物凄く可愛いんだけど、完全に愛玩用だ。まるで人為的にそういう風に作られたみたいに。


 ホウライが森へ入って数時間。いつまで経っても何の音沙汰もない。もしかして忘れてる? これはまずい。とりあえず彼女へ意識共有することにした。


「ねぇ! ホウライ! なにしてんのさ! 僕ずっと待ってるんだけどぉ!」

「あぁ、君か。アトロポスとの再会がうれしくてね。つい長話してしまった。ところで君はどこにいるんだ? 辺りを見渡してもそれらしき人物は見当たらないのだが」


 あ~、言いにくいな。いや、しゃーない。正直に言うしかない。


「えぇと、とりあえずメラニアがいるとこに来てくれない? そこで話すよ」


 承知した、彼女はそう言って意識共有は終了した。

 待つこと15分、ホウライはアトロポスやペルル、ラヴァを連れて僕らの住む一角へやってきた。彼女の意識へ接触してきた、誰ともわからぬ人物へ会いに。


「どこだ? 来たぞ。姿を見せなさい」


 久しぶりに見た彼女。彼女はいつもの、17ガーベラとお揃いの黒いスーツを……


 ――着ていなかった。


 彼女は純白のドレスを身に纏い、美しい髪飾りをつけ、髪の毛だけは前回と同じく黒髪。前回転生時のホウライとは全く違ういで立ちでそこへ立っていたのだ。

 どういうことだ? これ本当にホウライ? いや、顔はホウライだ。恰好だけが全く別人だ。理解が追い付かない。でも僕にはどうしようもない。とにかく彼女と接触しなければ。

 僕はその場でもう一度彼女の意識へ接触を試みる。


「ここだ。ホウライ。僕はここにいる。今君の目の前に立っている」

「なにを言っている? 私の前には可愛らしいメラニアしかいないのだが?」

「だからそれだ。紫色のメラニアがいるだろ? それが僕だ」


 ――は?


 ようやく今回の転生の初めての転機が訪れたのだった。



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