第66話 とりあえずビール!

「おう! 気を付けて行ってこいよ! おみやげはいらねえからな!」


 反転の森へ帰り父ちゃんとラヴァに長旅へ出る報告をしに来た。

 最初はなんでお前が行くんだ? と訝し気にしていた父ちゃんだったが、自分磨きの旅だとか、適当に理由を付けて話していたら何故か納得してくれたみたいだ。


「ママもついて行ってあげたいけど、ここを離れるわけにはいかないから。寂しくなったら直ぐに戻ってきなさいね」


 ありがと、ラヴァ。いつも僕に優しいラヴァ、大切な僕の母ちゃん。たくさん土産話を持って帰ってくるからな!


「あ、そうだ、レット、お前俺が昔渡した袋持ってるよな? あれも忘れずに持ってけよ! 絶対役に立つ時が訪れるはずだからな」


 わかった! ありがとう父ちゃん!


 次に立ち寄ったのはアナスタシアとクラウディアが住むペイラという街だ。ここはラキヤとイストラのほぼ中間にある街で、ボレアス王国に唯一ある女性のみの高等教育学院だ。ここは様々な分野の高等教育を受けられる専門的な学校で、彼女達は魔法理論や経営学などをそこで学んでいるという。


「ふたり共久しぶり! ちょっと長旅にでることになってさ、しらばく会えないから挨拶に来たんだぁ。帰ったらお土産話聞かせるからね!」


 ふたり共もう17歳か。いやぁ、大人っぽくなっちゃって。アナスタシアはボンッ! キュッ! ボンッ! ってなかんじですんごいんです。もう目に毒です。

 クラウディアは…… うん、仲間だ。彼女だけは僕の仲間だね。変わってない。


「そ、そんな危険な旅に行かれるんですか? 危ないですわ。わたくし、あなたになにかあったらと思うと……」

「アナスタシアぁ! そんなこと言ったらレットが行きにくくなっちゃうじゃん! レット、気を付けていってくるんだよ! お土産期待してるからねぇ!」


 ホントふたり共いい仲間だぜ。ふたりに出会えてよかった。

 部長は留学先のトルナダ王立リリタリア魔法学院へ戻ったみたいで会うことは叶わなかった。まぁそのうち会えるさ。


 最期はやっぱりあの人に挨拶しとかないとな。


「やあ、レット君、来る頃だと思ったよ。明後日出発だってね。気を付けて行っておいで。アトロポスにもらった5枚のカードは考えて使うんだよ。あれは切り札だから本当にヤバいと思った時に使いなさい」

「うん、わかった。ホウライ、長い間ありがとね。ちょっくら行ってくるわ!」

「あぁ、そうだ、この前君に渡した片刃剣だけど、名前はつけてないんだが君ならなんて名前を付ける? 君のセンスを是非見せてほしいな」


 剣の名前かぁ…… うーん、なにがいいかな。はっ! ここはもしかして僕の漢を上げるチャンスか!? かっちょいい名前を提示してホウライにぐぬぬっ、と言わしてやるか。まぁ、今僕女だけど。

 そうだなぁ、とりあえず今頭に閃いたかっちょいいネーミングをぶちかましてやるか。


 ――魁! 漢丸(さきがけおとこまる)


 どうかな? 某マンガからインスピレーションを受けたかっちょいい名だと思うんだけど。荒々しい漢臭さが小汚い剣と相まっていいかんじだと思うんですが。


「他には?」


 ――風林火山丸(ふうりんかざんまる)


 どうかな? これも某マンガからインスピレーションを受けたイケてるネーミングなんだけど。どっちがいいかな?


「君は壊滅的にセンスがないね。ダメだ。どっちもダメだ。君に名づけを任せた私が悪かった。もう私が勝手に決めることにした」


 え? マジで? どっちもかなりイケてると思ったんだけど…… これがジェネレーションギャップってヤツですか……


 ――この子の名前は『亡骸』だ。


 えぇ…… なんであなたはそんな物騒な名前を付けるんですか? なきがらって…… もうちょいなんかかっちょいい名前なかったんかな。この人のセンスもヤバイと思うんですけど。

 一応その名前はちょっとどうなの? と意見を述べたものの、君のセンスよりはましだ、との一声で剣の名前は亡骸に決定してしまった。


 そんなかんじで会話も程々に、その場を去さろうとしていた直前、ホウライから思いもよらない一言を受け取った。


「そうそう、レット君、忠告だ。ヘルフレイムは絶対使うなよ」


 え? な、なんでヘルフレイムを知ってるの? 突然の一言に思考が停止する。


「大方リリムのバカが使わせたんだろうけど、あれは人が使っていい魔法じゃない。まぁでもあの子を責めないでやってくれ。あの子はなんにも知らないだろうから」


 え、あれってそんなにヤバい魔法だったのか? 


「わかったね、お姉さんからの忠告は守るんだよ。今でさえかなり――」


 ――でちゃってるからね。兆候が……


 う、うん、わかった、と歯切れの悪い約束をしたものの、彼女が言っていることの多分半分も理解できないまま、その場を去ったのだった。



    ◇



 いよいよ出発の日。今は6月とあって旅立ちには最高の陽気。颯爽と乗り込んだ鉄道の車窓からは丁度収穫時期となってゆらゆらと棚引く黄褐色の小麦畑が、辺り一面に広がっているのが見える。

 なんかこうやって景色を眺めていると、ここが異世界だってことを忘れそうになるな。まぁ日本にいる時に車窓から小麦畑なんて見たことはないんだが。

 電車に揺られて数時間、ふとロベリアを見てみるとなにやらカバンから何かを取り出そうとしている様子。なにするつもりだ?


「もうお昼も過ぎちゃったしアフタヌーンティにしましょう!」


 そういって彼女が取り出したのはコップと水筒、そしてお茶菓子。

 おい! 長旅になるっつってんのになんでそんな余分なもん持ってきてるんだよ! でもまぁせっかく用意してくれたんだから遠慮なくいただくとしよう。

 キサラギ財閥の関連企業が開発した保温機能付きの水筒から熱いお茶がコップへ注がれる。あぁ、うまい。ほのかな甘みと主張しすぎない微かな苦みが心地よいアールグレイの紅茶と、色とりどりの甘いお茶菓子を堪能しながら列車の旅は続いた。



    ◇



 列車に揺られること8時間、ケツが痛くなって途中で立ったり座ったりを繰り返しながら、今日の目的地までやってきた。

 まだ商業都市サウロスに入ったばかりだが、初日からそんなに焦っても仕方ない。余裕を持って早めに寝床を探すことにした。

 時間はまだ午後5時だ。とりあえず食事する店を探すか。

 最初店で食事をとるなんてお金がもったいないからやめようと提案したのだが、ロベリアが初日くらいはちゃんとしたお店で食べようというので、仕方なく店を探すことになったのだ。

 商業都市というだけあって、色々な店が立ち並ぶ。何を食おうか、しばらく迷ったが、適当な飲み屋に入ることにした。


 ――とりあえずビール!


 僕は16歳だ。でもこの国の成人年齢は16歳だ。なのでアルコールを摂取しても無問題なのだ。

 この辺りは小麦の生産地、どこの店も各々拘りのクラフトビールを目玉にしている。この店の売りはラズベリーのフルーツエールらしい。


「うまっ! めっちゃフルーティで飲みやすい! これやべえな、何杯でも飲んじまうわ」


 ちなみに前世の僕は飲兵衛だった。仕事もせずに朝からパソコンの前でネットサーフィンをしながらグビグビやるのが趣味だった。要は獄潰しだったわけだ。

 さすがにあの頃のような汚い飲み方はしない。今は女子だ。ビールだって可愛く飲んでやるぜ! そんくらいの女子力は多分僕にはすでに備わっているはずだ。

 ふとロベリアを見てみるとまだ1杯目、しかも半分も減ってないのに顔が真っ赤っかだ。どうやら彼女は酒が弱いらしい。


「え、えへへへ、レット、これ美味しいねぇ! 私お酒初めて飲んだよぉ。な、なんか大人ってかんじだよねぇ、うぇっぷ」


 ヘラヘラしながら若干フラフラしているロベリア。アルコールが結構高めそうだったけど大丈夫かな。

 デカはというと、顔色ひとつ変えずに3杯目のジョッキに手を掛けている。そもそもデカは人形なのか、人間なのか、いまいちセンシティブな問題なので聞くに聞きづらい。


 適当に頼んだツマミに舌鼓を打っていると、隣のテーブルでひとりで飲んでいる客がいるのに気付いた。いや、別に店でおひとり様で酒を飲んでる客なんて珍しくもなんともないのだが、その客の恰好がこの店にはあまりにも似つかわしくなかったのだ。


 彼女は修道服を着ていたのだ。

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