第67話 無銭飲食の女

 僕らが店に入った時彼女のテーブルには、空のジョッキが少なく見積もっても10杯は置いてあった。その時はツマミなんかも食べながら飲んでいたと思う。

 常に気にしていたわけではないので、彼女がそれから何杯飲んだのかは分からないけど、かなりの量を飲んでいたはずだ。

 僕が違和感を覚えだしたのは、僕らが飲みだしてから1時間くらい経った頃。ふと目に入った彼女が明らかに挙動不審だったのだ。えらく辺りをキョロキョロしたり、物凄く貧乏ゆすりをしたりしていて、彼女の顔を見てみたら歯をガチガチ鳴らして額からは汗が滴り落ちていた。

 どこか調子が悪いのか? なんて考えていたんだけど、まぁ知らない人だし、と放っておくことにした。


「あぁ~、ビールうめえ。現世じゃやっすい発泡酒しか飲んでなかったからな~。やっぱこっちは水もきれいだし果物もうまいし、全然違うわ」

「えへへへへ、おいしいねぇ、で、でもなんか目の前がぐるんぐるんしてるんですけどぉ…… なんだこれぇ……」


 あかん、ロベリアが出来上がって崩壊寸前、砂の城だ。この子はあんまりお酒飲ませちゃいかんな。まぁでも初めてのお酒って言ってたししゃーなしか。

 また不意に隣の席の女性が気になってふと目をやると、今度はテーブルに肘をついて両手の指を絡めて、正にザ・お祈りというポーズを取っていた。

 しかもなにかボソボソと同じことを繰り返し口に出している。聞き耳を立ててみるとどうやら、『こんなはずでは、こんなはずでは……』と口走っている。

 なんだ? なんかあったのか? 彼女のテーブルには空のジョッキがひい、ふう、みい…… 数えたら24杯も置いてある。どんだけ飲んでんだよ! 飲みすぎだろ!

そんなツッコミを心の中で入れていたら突然!


 ――神よ! 許し給え!!


 彼女はそう口走ると椅子を思いっきり蹴倒し、店の外へ向かって走り出した。


 あ、これ無銭飲食や。


 物凄いスピードで店から飛び出して行った修道服を着た女性。店にいた客も店員も全員呆気にとられて見ていた。だが数秒して店員が物凄い形相で『待ちやがれぇぇぇぇ!』と言って追いかけていった。

 いやぁ、すごいいいものを見せてもらった。無銭飲食するヤツ初めて見たわ。



    ◇



 15分くらい経ち、さっきの無銭飲食の女が店員に連れられて店に舞い戻ってきた。

 手に縄を掛けられ首根っこを掴まれて、まるで捕まえられた猫だ。


「おい! てめえ! あんだけ飲んで食ってしといて逃げるたあどういうつもりだ!」


 うんうん、そのとおり。君ね、ダメだよ、まったく。近頃の若い修道士はなっとらんね。そもそも修道士が酒飲んでいいのかもわからんが。


「ち、違うんです! 無銭飲食するつもりなんてこれっぽっちもなかったんです! ただ財布がないのに気付いたので仕方なく逃げただけなんです!」

「それを無銭飲食って言うんだよ!!」


 あぁ、財布を落としたのか。いやいや、最初から無銭飲食するつもりで言ってるのかもしれんな。真っ赤な髪の毛をした、ぱっと見は可愛らしい女性だが、僕は人を見た目なんかじゃ決めない!

 でもこの子女の子だよな? それにしては胸が全くないな。も、もしかして僕とおんなじ属性を持つ女『貧乳』か!? うーん、同じ境遇の元産まれてしまった迷える子羊を助けてあげたい気もしないでもないが…… いや、いかん! そんなことで貴重な路銀を使うわけにはいかない!

 違うんです違うんですと言い訳をしている女性、なにが違うのか小一時間問い詰めたいところだが、店員はそこまで気が長くはないようで、『衛兵を呼んでくる』と言って店を出て行こうとしている。

 しゃあない、自業自得だよ。牢屋に入って自分がしたことの罪の重さをよく考えなさい、そんなことを考えていると……


 ――ったるわ……


 え? 今誰かなんか言った?


 ――らったるわ……


 え、なんか隣のほうから聞こえてきたような……


 ――払ったるわぁぁぁぁ!!


 うわぁっ! ロベリアだった!


「ぎゃあぎゃあうるせえんだよぉ! そんなもん私が払ったるわぁ! こちとら楽しく飲んでんだよ! 生まれて初めての酒なんだよ! それを台無しにすんじゃねえよっ!!」


 こ、怖っ…… ロベリアさん怖っ。この人絡み酒の気があるのか? 初めてのお酒でハードル高すぎやろ!


「え、お嬢さんいいんですかい? この女めちゃくちゃ飲んで食ってしてますぜ?」


 だ、だよね? 多分優にビールを40杯は飲んでるし、食いもんもかなりの量食べてるぞ。


「払うっつったら払うわよ! そいつの代金こっちにつけといて!」


 あ~あ…… 言っちゃった。まぁでも払うのはロベリアだしなぁ。てか僕お金一銭も持てねえしなぁ。ロベリアがいいって言ってんならいいかぁ。

 そんなこんなでロベリアが無銭飲食女の代金を肩代わりすることになったのだった。



    ◇



「この度はなんとお礼を言ったらいいか! 本当に有難うございました! これもアイテイル様の思し召しです」


 地べたに真っ赤な頭髪を擦り付けながらロベリアに礼を言う女性。彼女の名はアイテイル教団の修道士キルスティア・ダロンゲイト。彼女はアイジタニア天命国からボレアス王国の西隣にあるガンジバという国にある霊山まで巡教の旅に出て、その帰りの道中だったそうだ。

 その道すがら財布をどこかで落とし、それに気が付かないままこの店で不可抗力の無銭飲食に手を染めてしまったというわけだ。


「ロベリアたまぁ! わたくしあなたという聖女様に出会えて感動で震えておりますぅ! わたくしにできることがございましたらなんなりとお申し付けくださいませぇ!」


 なんだよロベリアたまって! こいつもかなり酔っぱらってんな。そりゃあんだけ飲んでたら酔っぱらうわな。アルコールもかなり高めだし。


「へぇ、なんなりとねぇ…… どーしよっかなぁ」


 ん? ロベリアこいつになにさせるつもりだ? めっちゃニヤニヤしてるし。この人戦闘には向かなさそうだしなぁ。金も持ってないから、いてもなんの得にもならなさそうだけどなぁ。


 ――決めた!


 い、一体なにをやらせるつもりなんだぁ!? ご、ごくり……


「あんたは私のトランプ要員よ! あとウノ! あぁ! 生まれて初めてウノを4人でやれるわ! 夢がひとつ叶うわ!」


 え、マジすか…… ロベリアそんなにウノを4人でやりたかったんか? そんなもん言ってくれりゃあどっかから人間探してくるっつーの! 

 まぁいいや、ロベリアが決めればいいことだ。案の定キルスティアはウノ? みたいなチンプンカンプンな顔をしているが、うん、当然の反応だ。

 とりあえず彼女にはアイジタニアまでの道案内をお願いすることにした。土地勘のない僕達には道案内はまぁ居て損はないだろう。

 聞くところによると彼女は1級修道士と言ってアイジタニアではかなりの地位の人物らしい。国へ戻ったら精一杯恩返しをしますと言っていた。まぁ無銭飲食する女の話だ。話半分に聞いておくことにしよう。


 慌ただしかった食事も済み、近くの宿屋で部屋を一部屋だけ取る。正直僕は野宿でも全然よかったけど、『き、気持ち悪くなってきた』とお酒初心者のロベリアが言うので、しっかり水を飲ませたあとベッドへ寝かせてあげる。部屋にベッドはひとつしかなかったので、僕らは床で雑魚寝だ。

 初日から色々あった。何故か旅の仲間がひとり増えて、そいつは隣でカァカァ鼾をかいて寝ている。この人肝座ってんなぁ。さっき会ったばっかりやぞ。

 まぁなにもなく淡々と進む旅より中身の濃い旅のほうが、帰った時の土産話も増えるしな。旅は楽しんだ者勝ちだぜ!

 そんなことを考えながらルーナ達を助けるための長旅の、記念すべき初日は過ぎていくのであった。

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