第68話 木彫りの何か

 ま、眩しい……


 朝日の眩しさで目が覚める。床で寝たせいで体中が痛い。ベッドをふと見るとロベリアはまだ寝ている。デカはもうすでに起きているようだ。

 あれ? あの修道士女はどうした?

 辺りを見渡すと彼女は窓辺の一角で膝をついていた。

 どうやら礼拝しているようだ。

 やはり修道士とあって朝の礼拝は欠かせないのだろう。だが礼拝をしている彼女の傍らには信じられないものが置いてあった。


 ――酒だ。


 こ、この野郎朝から酒飲みながら礼拝してやがる! おかしいやろ! 厳かな雰囲気にやっぱりこの人もちゃんとした修道士なんだなぁ、って一瞬関心した僕の気持ちを返せ!

 僕の心のツッコミに気づいたのかキルスティアが礼拝を止め立ち上がる。


「これはこれはレット様、おはようございます。もしかしてわたくしの厳かな礼拝に見とれていましたか?」

「ふざけんな! 朝から酒飲みながら礼拝してんじゃねえよ!」

「いえ、これは違うのです。昨日のお酒が残ってしまっていたので、仕方なく飲んでいただけなのです。いつもこうではないのです」


 なに言い訳してんだよ! ぜってぇいっつもこんなかんじなんだろ!


 ――う、うぅん、頭痛い……


 おっ、ロベリアが起きた。彼女はどうやら昨日の酒で二日酔いみたいだ。初めての酒で二日酔いってどうなのそれ?


「お、おはよう、レット。頭痛い…… あれ? だれその人」


 え…… マジで? 昨日あなたが我らのぱーちーに迎え入れた修道士じゃないですか。マジかぁ、酔っ払いあるあるだな。完全に昨日のこと忘れてやがる……

 一通り昨日の出来事を説明してロベリアには納得させた。これはお前が始めた物語だろ?

 宿屋の支払いを終え再び目的地までの旅を再開する。

 駅まで歩く道すがら、途中で会う子どもたちにキルスティアがなにか渡している。なにを渡しているのか分からないが、彼女からなにかを渡された後の子どもたちの表情は一様に青ざめていた。


「ねぇ、キルスティア、子どもになに渡してんの? なんか皆怖がってなかった?」


 僕がそう尋ねると彼女は徐に持っていた袋から木彫りのなにかを取り出した。


「これはアイテイル様の木彫りの人形なんです。子どもはお人形が好きなので、道でお会いした子どもたちに渡しているのですが、何故かあまり受けがよくないのです」


 どれどれ…… どんなもんかひとつ受け取って見てみると……


 ――こりゃ子ども泣くわ。


 丁寧に掘られた木彫りの人形かなにか。控えめに言って怖い。まず色合いがおかしい。青い肌に赤い目、ペンキが飛んだのか、ところどころボディについている赤のペンキがどう見ても血しぶきだ。色合いのセンスが絶望的で黒目は変な方を向いている。焦点が合ってない。


「頑張って作ったんですが…… 霊山に行く時にこの辺りで何人かの子どもに渡したんですが、先ほど道端に人形が落ちているのをみました。ショックです」


 いや、あれは完全に呪いのアイテムかなにかだ。受け取ってくれただけありがとうと思わないと。

 でも本気で落ち込んでいる様子だったので、さすがにそこまでは言えなかった。てかアイテイル様はこんな色なのか? こんな神様嫌だ。絶対会いたくない。



    ◇



 最寄り駅につき列車に乗り込む。ここからサウロスの端っこの終着駅、アイジタニアの国境付近にある町オウリスまでは大体3時間くらい。列車に揺られながら車窓の景色を楽しむ。

 ふとキルスティアを見ると透明な液体が並々入ったガラスの瓶を片手にアンニュイな表情をして車窓を眺めていた。あれは確実に酒だな。ただの酒飲みの酔っ払いだ。かっこよさげに取り繕っても午前から酔っ払いだ。


「ねぇ、キルスティアはアイジタニアのどの辺まで行くの? 僕らオセミタって港町まで行くんだけどさ、どこまで一緒なんかな?」

「わたくしはアイジタニアの首都ケセドが目的地なんですが、受けた御恩は忘れておりません。オセミタまでご一緒しますよ」


 あら、お優しい人。じゃあお言葉に甘えてオセミタまでついてきてもらっちゃおうかな。土地勘のない僕らだけじゃ不安だしね。


 春の陽気にうとうとしながら列車に揺られていると、あっという間に終点の駅オウリスへ到着した。鉄道の旅はここで終わりだ。ここから先は徒歩で行くか馬車かなにかをチャーターしないと。


「あと小一時間も歩けばアイジタニア領地へ入りますので、とりあえず歩いていくとしましょう」


 キルスティアの提案に乗り、僕らは歩き出した。

 やはりキルスティアは道で会う子どもたちに木彫りの何かを渡しながら歩いているが、やはりどの子ももらった瞬間顔が青ざめている。袋いっぱいに詰まった木彫りの何か。彼女の荷物はこの袋と小瓶だけだ。

 きれいに整備された石畳の街道をしばらく歩くとボレアス王国とアイジタニア天命国との国境に差し掛かった。


 ――ここはわたくしが。


 キルスティアがそう言うと国境警備兵に声を掛けている。おぉ! やっぱりこの人この国ではそこそこ名の知れたひとなのか?

 だが僕は先ほどまでの彼女と現在の彼女で違う点があることに気づいた。さっきまで大事そうに持っていた酒の小瓶がいつの間にか無くなっている!


「懲罰の旅ご苦労様でした、キルスティア様。どうぞお通りください」


 懲罰の旅? ん? この人巡礼の旅に出てたんじゃなかったのか? なんだ? 懲罰の旅って……

 とりあえず今ツッコむのもあれなんで、衛兵さん達に会釈して国境の関所を通らせてもらう。アイジタニアに入ってしばらく歩いてからキルスティアにさっきのことを聞いてみた。


「ねぇねぇ、さっき衛兵さんが懲罰の旅がなんたらかんたらって言ってたけどさぁ、キルスティアって巡礼の旅に出てたんじゃなかったの?」

「え、あぁ、それはですねぇ、え~っと、なんていうか、わたくしちょっとした罪を犯しまして…… でももうその罪は許されたので大丈夫なのです」


 うーん、なんかはぐらかされたのか? まぁ彼女も言いにくそうにしてるしあんまり追及するのも悪いか。

 街を歩いていて辺りを見渡していると、至る所にキルスティアが持っていた木彫りの何かが飾ってある。なんなんだ? あの異様な光景は。ここの人達は美的センスが狂っているのか?


「どうです? 圧巻でしょう。あれ全部わたくしが置いたんですよ。あれを見ればわたくしがどれ程アイテイル様を信奉しているか察していただけるでしょう」


 あ、あれ全部キルスティアがやったのか!? よかった、この街の人達が狂ってるんじゃなくてキルスティアだけが狂ってたんだ。本当によかった。

 ここは国境付近の街ということもあってとても賑わっている。正に宿場町といった趣だ。よっしゃ! まずは腹ごしらえでもするとしよう。


 僕達はふと目についた定食屋へ入ることに決めた。

 

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