第22話 ユーカの秘密のネタ帳

 食事から2時間後、みんなのおなかも落ち着いたことだし、お風呂に行く流れになった。


「ユーカ、待ってたわよ。じゃ、皆さん行きましょうか」


 は? 行くってどこに?


「なに言ってるの? 稽古に決まってるでしょ」


 は? は? い、いや、今日はしゅ、祝勝会で。


「その慢心が剣を曇らせるのよ。さぁ、早く服を着替えなさい」


 ほ、ほら、みんなも嫌だよね? ね? いいんだよ、はっきり言っちゃっても!


「き、き、き、キター!! お、お待ちかねのヤツキター!!」

「あ、僕は別に、稽古つけてもらえるなら全然構いません」

「と、トーカさん、よろしく、お、お願いし、ます!」


 君たちすごいね……



    ◇



「えっと、まずルーナさん、この前は大活躍だったそうで。お疲れさまでした。あなたの実力なら当然の結果だと思います。それで、ちょうど決勝戦を私の知り合いが見ていたのだけれど、なにかものすごい技を出したと聞いたのだけれど、もしあなたがよければなのだけど、見せてもらうことは可能かしら?」


 あ~、あれかぁ。あれはすごかったよね。なんて技名か聞き取れなかったんだよなぁ。

 たしか「弁当」だったかな。あと「江草」だったっけ。どっかの野球選手からインスピレーションを受けた技なのかな。


「あ、えと、はい、大丈夫、です。え、えっと、一つ目の技が……」


 ――ベクター、です。


 あぁ! それそれ! 弁当じゃなかったわ。「べ」しか合ってなかったね。


「べ、ベクターは当てたい対象部位を指定して、せ、宣言して、その部位に神速の剣撃を放つという技、です」


「す、すごいわね。決勝戦では相手の人中に剣先を当てたと聞いたけど」


「は、はい、対象は小さければ小さいほど、威力がで、でるん、です。た、例えばお腹、とかを対象に、す、すると、的がお、大きくて、ダメージがでにくいん、です」


「でもものすごい技ね。あなたはたくさん鍛錬を積んで、その技を身に付けたのでしょう。ユーカにあなたの爪の垢を煎じて飲ませたいわ」


「あ! い、いえ! そ、そんな! ゆ、ユーカくんに、なら、ぜんぜん、大丈夫、です」


 なにが大丈夫なんだよ!飲まないよ! そこまで変態じゃないよ!


「で、でもこの技、じゃ、弱点もあって、対象を宣言した、か、箇所に攻撃できないと、じ、自分に返ってくるん、です」


「あなた! そんなことまで言わなくていいの! はぁ、そういうのは黙っておくのよ。いい? わかった?」


「は、はい……」


「じゃあ、見せてもらってもいい? ザクシス君、受けてもらってもいいかしら?」


「キタコレ! も、も、もちろんでござる! る、る、ルーナ氏! さぁ!どこにでもどうぞ!」


 よかったね、ザクシス。今からご褒美が頂けるって。


「え、じゃ、じゃあ手加減、しますんで……」


 ルーナとザクシス、距離は3メートル程度、こんなに離れてて剣撃が当たるんか?


 いきます、おでこ――


 ――ベクター


 ルーナがおでこと言った瞬間、ルーナの手元とザクシスのおでこが光り、一瞬瞬きしてしまった。目を開いた瞬間、ザクシスはその場で後ろに倒れこんでいた。


「す、すごいわね。いや、なんて言葉に表現していいかわからないわ。こんな剣技があるなんて初めて聞いたわ。アリスミゼラルで習得した技なの?」


「あ、あ、あ、ご、ごめん、なさ、い。あ……」


「ご、ごめんなさい! あぁ! 私もユーカのことを言えないわ。いいのよ。言わなくて。今のは忘れてちょうだい」


「ご、ごめんなさ、い……」


 もぉ! 姉上! ルーナを悲しませたら、めっ! でしょ!


「あっ! もうひとつのわ、技も、お、お見せします、ね!」


「え、えぇ、ルーナさんがよければ、是非!」


「も、もう一つの技は、え、エグザ、です。こ、これはわ、私の固有スキルら、らしくって他の人は、つ、使えないと思うんですが……」


 おぉ! さすがルーナ! そんな自分だけの必殺技を持っているとは! 僕の打突とはえらい違いだなぁ。


「あ、しまった、こ、この技は、い、今は出せないので、わ、理由は、あ、あ、と、トーカさん、あとでお教えし、ます……」


「え、えぇ、お願いするわ。それでもしよかったらどういう技かだけでも教えていただけないかしら?」


「あ、はい! え、ええと、ベクターよりも、射程が離れた、相手に、自分の剣撃を、と、飛ばす技、です」


「す、すごいわね。本当、あなたは今までたくさん苦労してきたんでしょう。これからは楽しいことがたくさんあるはずよ。よかったらうちにもいっぱい遊びに来てね」


「! は、はいっ!!」


 いやぁ、いい話やなぁ。じゃあ、ひと段落したとこだし、お風呂でも、行っちゃいますか!


「ルーナちゃん、ありがとうね。では、あとの3人、用意はいいかしら? これから3時間、みっちり行くわよ」


 えっ? 嘘でしょ? 3時間て、僕のネタの発表する時間が無くなっちゃうじゃぁん!


 結局、この後3時間、みっちりと姉上のスパルタ教育を3人で受けたのだった。



    ◇



 はぁ、もう死ぬ。なんで祝勝会の日に、いつもより厳しいスパルタを受けなきゃならんのだ!

 虐待だぞ、これ!


「いやぁ、死ぬかと思いましたぞ! でも拙者これのために模擬戦を頑張ったといっても過言では有りません! もう毎日でもお願いしたいくらいです、はい!」

「うん、きついけど、なんか自分が強くなってく実感が沸くよね。本当にクサい君にはもったいないお姉さんだよ。お姉さんのためにもお風呂はちゃんと入りなよ」

「トーカさんにお風呂、さ、誘われちゃいま、した! リーリエちゃんと一緒に行ってき、ます!」


 あぁ、はいはい、行ってらっしゃーい。もう僕風呂入る気力もないんだけどなぁ。お風呂より今日の余興のリハーサルしなきゃいけないし。

 しかしリーリエのヤツ僕よりコミュ障なのに、よくルーナとお風呂入れるなぁ。よほど優しくしてもらったんだろうか。いや、でもよかった。今後ともリーリエと仲良くしてもらいたいものだ。



    ◇



 夜も更けて、日付が変わる頃、僕の部屋でお菓子を食べながらみんなで談笑する。

 今回も僕の宴会芸でみんなの笑いは取れなかったが、まぁ、仕方ない。次回までに修正していくこととしよう。

 今回はなぜかこの場にリーリエがいた。


「リーリエ氏! ユーカ氏に似て可愛いですなぁ。ユーカ氏は顔は悪くないのに、中身がアレなのが残念なとこなのですが! 兄上の変なとこを真似しては駄目ですぞ!」


「あ、あ、あ、はい」


 おい! お前、酷いぞ! お前に中身がアレ、とか言われるとは思ってなかったわ!


「リーリエちゃん、こんなクサいお兄ちゃんと一緒で本当つらかったよね。なにか密閉できる大きな箱かなにかあるといいんだけど……」


「あ、あ、あ、あ、あ、ああい」


 うん、そうだね。


「り、リーリエちゃん、ほ、本当可愛いですねぇ。う、うちに連れて帰りたい、く、くらい!」


「あ、あたしもルーナさんと一緒におねんねしたいです!」


 っ!? えっ! お前普通にしゃべれるの!? 嘘!? よ、よかったぁ、外でもあの厨二病全開なのだとばっかし思ってたよ、お兄ちゃん。はぁよかった。


「リーリエ、お前いつもの、“我が眷属よ!”とかはやんねぇの?」


「はうっ! あ、あ、あれは、我が眷属、じゃなくって、あ、兄上が……」

「なんだよ、僕お前にあんなことやれなんて一回も言ったことないぞ!」

「い、いや、我、い、いや、あ、あたし見たんです。我が眷属、じゃなかった、兄上が机に隠し持ってるノートを。あれに書いてあったのです」


 ――! お、お前!あれ見たんか!?


「あ、兄上はそのノートにびっしりととてもかっこいい詩や絵をたくさん書いていたのです。それを見てあたしは、こ、これだ! これしかない! と思って、そこに書いてあることを真似することにしたのです。な、なので、これは兄上に命じられてやっていたことなのです」


 そ、そ、そんな経緯があったとは……


「って! おい! お前勝手に人の引き出しの中身見てんじゃねぇよ! プライバシーの侵害だろうがっ!」


「プライ、?なんて? あ、あいたたたっ! はうわわわっ!」


 聞き分けのない妹はコメカミぐりぐりの刑に処した。

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