第59話 アイオライト

 ホウライに人体改造されてから3日が経った。最初に言っておこう。

 全く変わらない! 初日から全く変わっていない!

 風呂に入るだけで死ぬ覚悟をして入っている。ごはんを食べるのも一苦労。もちろん着替えするのにも一苦労。あかん、マジであかん、本当に1週間経ったら元に戻れるのか?

 これもし元に戻らなかったらルーナ達を助けに行くどころか、日常生活で唐突に死んでしまう可能性も高いんじゃないのか? あぁ、不安しかない。


 4日目の朝、ロベリアの屋敷にホウライが訪ねてきた。


「レット君どうだい? 少しは慣れたかい? あれ、その様子だとまだ安定してないみたいだね」


 匍匐前進しながら屋敷の扉へ向かう僕を見てホウライがクスクスと笑っている。

 笑ってんじゃねえ! こっちゃあ必死で匍匐前進してんだよ! 匍匐前進の為に膝と肘にサポーターまでつけてんだぞ!


「ちょっとホウライ! これいつになったら元に戻るんだよ! 本当にこんなんで強くなれるのかよ!」


 僕が問い詰めると彼女はタバコにゆっくりと火をつけた。ていうか屋敷の中でタバコを吸うんじゃねえ! そんな僕の忠告にもお構いなしの彼女は肺に煙をゆっくりと吸い込み、僕の顔目掛けてふぅ~っと煙を吹き出しながら言った。


「君も疑り深いね。私が大丈夫と言ってるんだから大丈夫なんだよ。あと2,3日もすれば体の違和感は元に戻るだろう。尤も君に入れたあの球体と君の相性が悪ければ一生そのままの可能性もなくはないのだがね」

「はぁ? ふっざけんなよ! てか一体僕になにを入れたんだよ!?」

「君に入れたのはまぁ、只の宝石だ。アイオライトって知ってるかい?」

「アイオライト? あ、それって……」


 アイオライト、そうだ、たしか僕の誕生石だ。1月2日の誕生石。昔ネットかなにかで調べたことがあったからなんとなく覚えてるぞ。


「まぁその辺によくある只の宝石なんだが……」


 ――真球だ


「すまない、正確には限りなく真球に近いレプリカだね。私の体内魔力で長年に渡って磨き続けてきた至極の逸品だ」


 え、ホウライの体内で? え、なんか嫌だな……


「君今なんか嫌だなって思ってなかった? 失敬なヤツだな。この元女神の私の体内精製体を受け取れるなんてとてもとても名誉なことなのに」

「は、はぁ、そうなんですか…… あ、あはははは、う、うれしいなぁ……」


 ホウライは全くもう、と言ってプンプン丸しているご様子。で、でもやっぱなんか、嫌だなぁ。


 しばらくしてホウライは、何しにきたのか分からないまま「そろそろ帰るよ」と言って屋敷を後にしたのだった。一体なんだったんだ、あの人は。



    ◇



 球体を入れられて6日目、何故か体が急に軽くなった。昨日までが嘘のように体が動く。これで僕はパワーアップしたのか? 全く実感が沸かない。

 試しに全力で走ってみたが、前とそれほどスピードがアップしたとも思えない。庭にあったデカい石を持ちあげようとしたが、全くビクともしない。

 一体なにが変わったんだ? てっきりマンガでよくある、めちゃくちゃジャンプできるようになった! とか、パンチ力がめちゃくちゃ上がった! ってのを期待していたのに…… とりあえずホウライが来たら問い詰めてやる!


 7日目の朝、ホウライが屋敷にやってきた。


「やあ、レット君、その調子だとあれが体に馴染んだようだね。よかったよかった。もしかしたらあのままで失敗したかもと思っていたのだが」


 え、酷くない? やっぱあれヤバいやつだったんじゃねえかよ!


「ねぇ! ホウライ! あの玉入れられる前となんにも変わってないんですけど!」

はっきり言ってやったぜ! ただ単につらい思いしただけだったし!

「ん? そんなことはない。あぁ、そうだね、試してみよう。屋敷の外へ場所を移すよ」


 ホウライはそういって屋敷の外へ出て行った。外行って何する気なんだ?



    ◇



「うーん、よしっ、このくらいの距離でいいかな」


 ホウライはそう言って僕を庭の端っこへ立たせる。彼女との距離は10メートルと言ったところか。


「いいかい、今から私が君に攻撃を仕掛けるから避けるんだ。それで君は自分が如何に強くなったか、進化したか実感できるはずだ」

「え、攻撃ってなにするのさ? しかもこんなに離れてさ。魔法でも撃つかんじ?」


 僕がホウライに尋ねると、彼女は「いいや、違うよ」と言って、懐からなにかを取り出した。黒くて光っている物体。何年か前にキサラギ家の別荘で見たことがある物。


 ――いくよ。避けるんだよ。


 僕の反応を待たずに彼女はそれを僕の方に掲げ、引き金を引いた。

 それは以前イゾウ氏が作り出した物体……


 ――拳銃だった


 完全に不意を突かれて発射された弾丸は僕目掛けて飛んでくる。呆気にとられ、全く身動きの取れない状況の中迫りくる弾丸。死んだ。僕こんなとこでこんなふざけた理由で死ぬの?

 僕は思わずその場で目を瞑り、死を覚悟する。

 でも何故だろう、待てど暮らせど弾丸は僕に被弾せずにいる。僕は意を決して目を開けてみた。すると何故だ? 弾丸が僕の数十センチ手前で静止しているではないか。

 え、どゆこと? なにが起きたんだ? これって死ぬ寸前全てがスローモーションに見えるとかいうやつか? あ、でもこれって横に動けば避けれるんちゃう?

 僕は恐る恐る右へ一歩踏み出し、立ち位置を変えてみた。すると……


 ――パァァァン!


 僕が立ち位置を右にずらした瞬間弾丸は動きだし、僕の後ろに聳え立っていた木へ命中したのだった。


「え、え、なにこれ? なにが起こったの?」

「おめでとう。どうやら成功したみたいだね。君が死ななくてよかったよ」


 ホウライはそう言うと拳銃を地面に落とし、思いきり踏んづけた。バキバキと音を出し破壊される拳銃。


「どうだい? わかったかな?」

「え? 全然わかんないです……」

「うーん…… 君、察しが悪いね。いいかい? 君はあの球体の影響で認識力が大幅に拡張された。生命の危機が迫った時に君の中の体内時間が加速されたんだ。だから弾丸が止まって見えただろう? まぁ他にも色々と効果はあるんだが、その辺はまたおいおい話すとしよう」


 は、はぁ、わかったような、わかんないような。


「君よくアホって言われないかい?」

「ひでえな! おい! そんなこと、たまにしか言われたことないわい!」


 あ、あるんだね、と言ってホウライは苦笑いをしていた。地味にこの人酷いな。やっぱ女神ってみんなこんなんばっかなんか?

 まぁいいや! なんかよくわからんが、パワーアップしたにはしたみたいだ! 全く実感は湧かないけど!


 そんな感じでレッスン1は終わり、次のステップへ行く時が来た!

 次からは魔力を増幅させる稽古! よっしゃ今度は修行らしいことでお願いします!



    ◇



「ルシフェル、今回の私の行動は君の計画に入っていたかな? 君がなにを企んでいるのかは分からない。私が君の手のひらで踊っているとしても構わないさ。精々高いところから私達を見下ろしているといい。」


 ――全てがうまく行くと思うなよ、ルシフェル……

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