第99話 デジャヴ

「はい、お疲れさまでした、紫様。ささっ、温かいコーヒーをご用意いたしております」


 あれ? なんかデジャヴ……


「さぁ、ロベリアさんも、是非ご賞味ください。わたくしが腕によりをかけて注いだ渾身のコーヒーでございます。当然豆から挽いておりますよ。ささっ、冷めないうちにお召し上がりください」


 あ、やっぱそうくるのね? うんうん、そんでどうせめっちゃくちゃ甘いやつだしてくるんでしょ? 分かってるんだよ、僕は。


「え、じゃ、じゃあお言葉に甘えて、いただきまぁす」


 トレーに乗せられた2杯のコーヒーのうちのひとつを、ロベリアが受け取り口をつける。

 絶対『あまっ! なにこれ!? こんなの飲めないわよ!』ってキレだすぞ! 自分がやられるのは嫌だけど、人がやられるのを見るのは意外と楽しいもんだな。


「あっ! 美味しい! ちょうどいい甘さだし、とにかく香りがすごくいいわ! コーヒーのことはあんまり詳しくないけど、これ絶対すごくいい豆使ってるわよね? お兄さん、ご馳走様でした」


 え? 嘘やろ? な、なんで? 今回は本当に美味しいコーヒー淹れてくれたの? あ、もしかして前回の失敗を踏まえて本当に色々と研鑽してくれていたのかな。


「よぉぉっし! じゃ、僕もいっただっきまぁす!」


 まぁ僕は砂糖なしのブラックがよかったんだけど、舌の肥えたロベリアが美味しいって言うんだ。こいつは楽しみだ!

 そして僕はその至高のコーヒーに口をつけた。


 ――あ、あまっ!


「あまっ! 甘い! なんで! なんでだよ!? おかしいだろ!?」

「紫様はこちらのべとなあむこーひーのほうがお好きだったのを存じておりましたので、紫様にはスペシャルべとなあむ紫様ブレンドをご用意致しておりました」

「いや、僕前にブラックのほうがいいって言ったよね? なんで? ねぇなんで? 絶対わざとだよね? ねぇ!」

「さ、おふたりとも長い転生の旅を終え、お疲れの事でしょう。もちろんおなかもすいているはず。そこで今回わたくし腕によりをかけて特別なお料理を用意致しました」


 僕の訴えは見事にスルーされ、代わりの人は前回と同じように僕達に料理を用意してくれたみたいだ。当然全く期待していない。絶対碌でもないのがでてくる。だけどロベリアは目をキラキラと輝かせている。期待するだけ無駄だぞロベリア。君の期待はすぐに粉々に打ち砕かれるんだ。


 ――アシスタント、カモ~ン!


 代わりの人に呼ばれて、なにもない白い部屋へ入ってきたのは……


「やっほ~! ユカリ~ン! 元気そうじゃぁぁん! よかったぁ、あたし心配してたんだからねぇ!? 今回もめっちゃくちゃ凹んでんじゃないかなぁって」


 リリムさんだった。何故か彼女はバニーガールの恰好をしている。なんなんだこれは? 僕はなにを見せられている?


 だがリリムの一言で僕は我に返った。 

 そうだ、凹んでる。僕は当然凹んでる。結局目的も果たせず、カルミアの掌で踊らされ、元女神アーテーにも翻弄され、延いてはホウライだって僕の味方だったのかすらあやふやだ。僕の力不足といったらそれまでなんだけど、ルーナやトーカ姉さまがどうなったのかも分からない。これが凹まずにいられるか!

 でも! 死んだと思ってたロベリアにまさかこんなところで再開できるなんて! 本当に救われた。ロベリアの存在が僕を救ってくれたんだ。


「ちょ、ちょ、ちょい待ち! ごめんごめん、余計なこと言っちゃったかんじ? まぁつらいことは今は忘れて、これでも食べてよぉ! あたしはなにが入ってるのか聞かされてないんだけどぉ、おっさんが頑張って作ってたみたいだからぁ、期待してやってよぉ!」


 ドでかいカートに乗せられて運ばれてきたふたつの料理。銀色の蓋、いわゆるクローシュで隠されて中身は見えないが、リリムさんがそう言うなら否が応にも期待は高まるぜ。


「ささっ、まずはロベリア様への至高の逸品からご覧いただきましょう。さぁ! クローシュオープン!」


 リリムさんの手によって神秘のベールが開かれる。

そこにあったのは……


「わぁ! 綺麗! なにこれ!? 花束!? すっごい! これって飴細工よね? あ、砂糖菓子の部分もあるわ! えぇ~! 食べるのが勿体ない!」


 クローシュの中から現れたのはそれはそれは美しい砂糖や水飴で作った花束だ。すごい! これ本当に代わりの人が作ったのか!? 


「ささっ、勿体ないなど、わたくしにとって勿体ないお言葉。ですがこれは食品、食べられてこそ、この作品は完成されるのです。さ、ロベリア様、お召し上がりください」


 代わりの人に促され花びらをひとつちぎり、口に入れるロベリア。


「うわぁ! なにこれ!? すんごく繊細な味! 甘すぎないし、この花びら、本物のお花の香りがするわよ! あっ! こっちの砂糖菓子は…… 和三盆ね!? お、おいひい~!」


 パリパリと花びらを割りながらお口へ放り込むロベリア。その表情は光悦そのもの。よかったねぇ、ロベリア。本当に美味しそうだし。

 次は僕の番か。ロベリアのヤツがあんなにすんごいんだから僕のもそりゃもう度肝を抜くような素晴らしいものが出てくるんだろうなぁ。期待に胸が高鳴る。


「続きまして、紫様への渾身の一品で、御座います! クローシュ、オープン!」


 リリムさんが銀色の蓋を開ける。そこから出てきた至極の逸品。それは……


 え……


「どうでしょう!? 紫様? 気に入って頂けたでしょうか? わたくしこれを作成するのに三日三晩、寝ずに作業に没頭してしまいました。気に入って頂けたのなら幸い、です!」


 そこにあったのは鳳凰の彫り物。


 人参を彫った食品彫刻。


 うん、すごく細かい。途轍もなく繊細な作業だ。これを作るのにきっと物凄い神経を使っただろう。大きさ15センチ程度のその鳳凰は、翼の羽のひとつひとつが細かく再現されていた。


 うん、すごい。すごいよ。すごいのは認めるよ。でもさぁ……


「これ食べる奴じゃないじゃん! これどう見ても観賞用じゃん! これ生の人参じゃん! 僕馬とかじゃないじゃん! なんでだよぅ…… どうしてだよぅ……」


「あまりお喜びではないご様子。わたくし、紫様はベジタリアンだと記憶しておりましたので、今回このような作品にしてみたのですが、人参が嫌いとは露知らず、紫様のご期待に添えることができず、この度は大変申し訳ございませんでした」


 いや、僕がベジタリアンだ、なんて言った覚えないし、別に人参が嫌いとかそういう話ではなく…… 


 全てがどうでもよくなった僕は、そのうち考えるのをやめた……

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