第119話 自殺ショー

「ギャハハッ! ようこそ! 我がアルテラ大教会へ! 皆様のお越しを歓迎するぜ!」


 アルテラ大教会の門前へ到着した僕達を出迎えてくれたふたりの人物。ひとりは黒髪の長髪でひょろっとした体型の、年齢は40代くらいだろうか。これといって特徴のない神父服の男性。

 そして大股を広げ、腕組しているもうひとり。


 鼻から上は左目の箇所だけが開いた真っ赤な仮面をつけている。

 大きく開いた口からはまるで強固な岩さえもかみ砕いてしまいそうなほどに鋭く尖った歯がこちらを威嚇しているかのようにキラリと見え隠れしている。

 そんな、黒髪を後ろで1本に結った修道服を纏う小柄な女性。


「ギャハハッ! 神葬体、暴力担当! このティザー様が今回のホストだぜ!」



    ◇



「今回のホストは本来ならケセド大教会のバウラと神葬体キルスティアが担当するはずだったのだが、キルスティアが所用でどうしても戻ってこれず…… 申し訳ない」


 どうやら本来なら今回は、ケセド大教会でこの監査とやらは行われる予定だったようだ。だがキルスティアが不在らしく…… 

 まぁなんとなく察しはついた。多分彼女は禁酒を破ってどこか遠くまで贖罪の旅にでも行っているのだろう。はぁ、久しぶりに顔を見れるチャンスだったのになぁ。向こうはこんな僕の姿を見ても気づいてはくれないだろうけど。


 しかしさっき彼女が言ってた言葉、暴力担当ってなんだ? 暴力なんて穏やかじゃないぞ。


「もうすぐ神葬体フィラントもここへ到着する。当方の不手際をどうか許しほしい」


 そう語るアルテラ大教会司祭マキシミリア。

 彼は抑揚のない口調で話し、焦点が合っていないのか、どこを見ているのか定まらない。そしてその瞳からは何故だろう、なんだか光が灯ってないような、物凄く仄暗い闇を感じる。

 しばらくして修道服を着たひとりの女性が大教会の門戸を開いた。


「キルスティアは…… やはり来ていないか。はぁ…… 皆さん、遅れて申し訳ない。神葬体慈悲担当フィラントだ。ユピテル様お久しゅうございます」


 僕らの前で膝をつきこうべを垂れる女性。さっきの暴力担当とは違い、礼儀がなってるみたい。でも頭を上げた彼女の顔を見て、一瞬思わず固まってしまった。


 ――彼女の肌は真っ青だったのだ


 比喩ではない青。絵の具の青色だ。当然色々な人達がいる世界、獣人だってエルフだっている世界なんだから肌が青色の人がいてもおかしくない。でもなんの前触れもなく現れた彼女に、僕は思わずギョッとしてしまった。そんな軽率なメラニアの僕の態度を彼女も感じとったのか……


「おや、可愛らしいメラニアがいるね。こんな気持ちの悪い女がいきなり来てびっくりさせてしまったかな? 取って食ったりはしないから安心してくれ」

「ギャハハッ! 相変わらずてめえはきめえんだよっ! もっと離れろ! キルスティアがいなくて残念だったなぁ。代わりにあたしが可愛がってやるからよ!」

「黙れ、声がデカい。あと唾が飛ぶ」


 この人達仲悪いのかな? 息苦しい緊張感の中思わず頬が緩む。


「そんで~、キルスティアは置いといてぇ、あたしらがここに揃ったってことで今回の要件は無事終了ってことでいいんだよなぁ? もしこれで不満ならキルスティアを無理やり呼びつけてもいいんだけどよぉ! その辺に転がってったよなぁ!」

「いや、彼女のことは信頼している。これで今回は終了で構わない」

「あぁ!? なんだよその言い方はぁ? まるであたしらのことは信用してないみたいじゃねえかよぉ!」

「ん? もちろん信用していないが」


 二番とティザーが互いに睨みあう。正に一触即発な雰囲気なのだが、僕には何がなんやら全く話が見えてこない。


「そんでよぉ! 相も変わらずユピテル様はなんにも喋らず、おっさんふたりに挟まれてお人形さんごっこかよ!? なぁ! いいかげんあんたの奇跡をあたしらに拝ませてくれよぉ!」

「おい、調子に乗るなよ? ユピテルの奇跡はそんなおいそれと見せるような軽々しい代物ではないことはお前も分かっているだろう。安い挑発は止せ」


 二番がティザーをけん制する。でも彼女のハイドラに対する挑発は、もしかしてハイドラがユピテルじゃないってことに気づいてるのか?


「はぁ、つまんねえなぁ。なんならここであたしをいなかったことにしてくれてもいいんだぜぇ? できるんだろ? あんたなら。なんならアイジタニアを半分消滅させてくれたって構わないぜ?」


 何言ってんだこいつは? 余りにも思考が破綻してんだろ!? 

 彼女の考えが分からない。多分ハイドラに対して鎌を掛けてるんだろうけど、そんなことをして一体なんの意味があるんだ?


「よぉぉっし! じゃあよぉ! そろそろ恒例の自殺ショーを見せてくれよ! 今回は100回で勘弁してやるよ。まぁ死んでも復活すんのはすげえけどよぉ、そんなことやるくらいならよぉ、さっさと事実改変を見せてくれりゃあいいのによぉ!」


 は? 自殺ショー? こいつはハイドラに一体なにをさせるつもりなんだ?


「はぁ、全く悪趣味だな。仕方ない。ユピテル、いいか? 見せてやってれ」


 一番がハイドラにそう言うとハイドラは一言「分かった」とだけ呟いて、テーブルの上に置いてあったナイフを手にした。


 そして――


 ――ぐっっっっ!


 彼女は自分の喉にナイフを当て、深く突き刺し、そのまま、真横に切り裂いた。


「な、なにやってんだよ……」

「レット、黙って見ていろ。ユピテルの神秘を見せているだけだ」


 は? は? は? な、なに言ってんだ? 一番が発した言葉の意味が理解できない。

 さっきはラヴァの上で気軽に死んだハイドラのことを咎めてたよな? なのになんで今は彼女がこうもあっさり死ぬのを容認してるんだ?

 大量の血を流し倒れ落ちたハイドラは、ほんの一瞬で元の座っていたソファーに復元された。


「おぉ~! こいつは何回見ても楽しいなぁ! よしっ! あと99回だぞ! 毎回喉を掻っ切るんじゃ飽きるからなぁ! 色々と違うバリエーションも見せてくれよぉ!」


 ティザーの口調から彼女のテンションが上がっているのが分かる。こいつ狂ってんのか? こんなもん見せられて、なんでこんなにも楽しそうなんだ? 僕だって人が死ぬのを見るのは初めてじゃない。だけど、こんなにも意味のない死なんて、嫌悪感以外になにも感じない。

 一番と二番は全く表情を変えずにソファーに座ったまま。ハイドラを心配そうに見る素振りすらない。こいつらもなんなんだ? ユピテルの代わりに来てくれているんだろ? なんでそんなに冷酷な目をしていられるんだ?


 他人への批判はしつつもなにもできない僕は結局彼らと同罪だ。

 ハイドラの自殺ショーはその後も続き、次で30回目へ到達する。僕は彼女の死に様を見たくなくて目を瞑っていた。だが……


「おい! 愛玩魔獣! 次はお前がやれ! 口でナイフを咥えて喉を掻っ切れ!」


 は? いや、な、なんで? なんで僕がそんなことをしなくちゃいけないんだ? 僕への殺人を強要してきたティザーの表情は光悦そのもの。マジでこいつ狂ってる……


「レット君、やってくれるか?」


 冷淡な一番の通告に怒りが込みあげてくる。ふとハイドラの顔を見ると、僕に向かって微笑んでいた。

 なんで? なんで君はそんなに笑っていられるの? もう何十回って君の命は蔑ろにされてるんだよ? おかしいだろ? こんなことが許されていいはずない……

 だけど僕はその場に流されるまま口にナイフを咥えた。

 どうすりゃよかったんだ? こんなことやってられるか! って言ってその場から逃げ出せばよかったのか? そしたらきっとユピテル達に迷惑が掛かる。


 いや、これもきっとただの言い訳にすぎないのだろう。


「おらっ! さっさとやれや! ナイフぶっ刺して横に思いっきり引っ張るだけだろうがよぉお!」

「レット君、気にせずやってくれ。なにも問題ない」


 僕の思考は停止していた。僕は今只の人殺しの魔獣、なにも考えずにハイドラを殺すだけ。彼女の喉に加えたナイフの切っ先を当てる。彼女の白い肌から薄っすらと血が滲む。


 僕は目を瞑る。ナイフから口へと伝わる彼女の肌の感覚。柔らかい感触。考えたらダメだ。このまま突き刺せばいいんだ。そして真横に切り裂く。そうすれば終わる。嫌なことはすぐ終わるんだ。


 でも……


 その時僕は不意に目を開けてしまった。

 見てしまった。


 ――ハイドラの目が涙で滲んでいた


「ハイドラ……」


 口からナイフを落とし思わず口に出してしまった。

 そこからはもう堰を切ったみたいに僕の我慢という堤防は決壊した。


「こ、こんなのおかしいよ! 彼女は! ハイドラは! 人形じゃない! こんなに命を軽々しく扱われる謂れなんてない! お前ら全員おかしいんだよ! アイテイル教のお前らも! ユピテルも! なんでこんな簡単なことが分かんないんだよ!」


 一気にまくし立てて息が切れる。僕は多分、いやきっとまずいことをしたのかもしれない。でももう我慢の限界だった。彼女の涙を見てしまったら、もういてもたってもいられなくなってしまった。

 だけど僕の言動を反論なく聞いていたティザーは突然、物凄く嫌らしい笑みを口元に浮かべて立ち上がり、高らかに宣言した。


「ギャハハッ! しゃべる魔獣! そしてユピテルじゃない証拠! ようやく尻尾を出しやがったな! やっぱり聞いてたとおりだぜ! あたしらを騙してた落とし前はとってもらうからよぉ!」


 ティザーは僕の首根っこを掴み無造作に持ち上げる。

 彼女の表情は仮面で隠され、左目だけしかみえないが、口元はこの世のものとも思えない程、狡猾に、嫌々しく、いやしく、いやらしく嗤っていた。

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