番外編 ~あるはずのない記憶~

 ――ないはずなのに、なぜか存在する記憶。


 これは一体なんなんだろう。いないのに彼と過ごした思い出が残っている。

 妹と森へ木の実やキノコを採りに行く。いつのも光景。でも何故だろう、私に冗談ばかり言って、いつも笑わしてくれる彼。学校で私が分からないことがあると、優しく教えてくれる彼。いつも一緒にいて、小さい時にはお風呂にも一緒に入った、幼馴染の彼。


 いつ頃からだろう、彼の夢を見だしたのは。もう忘れたけど、日毎に彼の夢をたくさん見るようになっていた。

 そして夢には彼以外にもでてきた。怪我をした魔獣ハンターのおじさんを彼と一緒に介抱した。彼は怖がってばかりの私に勇気をくれた。

 見た目は私と同じくらいの歳なのに、おばあちゃんみたいな話し方をする女の子、下着姿で大の字で寝ちゃう彼女に毛布を掛けてあげた。

 可愛い魔獣。名前はたしか…… ペロン。いつもハァハァ言ってて、彼の頭の上で彼のおでこをペロペロしてた。彼はいつも可愛い、でもくさいと言って笑っていた。


 そして私が11歳の、年の瀬も押し迫った頃、急に記憶の波が押し寄せて、私を攫っていった。夢じゃない。これは存在した記憶なんだ。なんでかわからないけれど私は確信した。夢にでてきた私と同い年くらいの女の子、名前はミューミューだ。彼女は、そうだ、洞穴に住んでいた。思い出した。


 なんで忘れてたんだろう。



    ◇



 その日私は意を決して、一人でその洞穴に行ってみることにした。


 洞穴は鉱山跡で、お母さんには危ないから行っちゃダメよ、いつも言われていたが、洞穴の目の前に立つと、何故だかとても懐かしい気持ち。

 そうだ、私はここに何度も来た。彼と一緒に。

 洞穴の中は真っ暗で、ゆっくり、ゆっくり目を馴らす。そしてそのまま進むと、見覚えのある扉があった。扉からは薄っすらと光が漏れていて、初めて来たはずなのになんでだろう、懐かしい。私は勇気を振り絞って、その扉を開けた。


「やっぱし来たのかい。ミリア」


「ミューミュー、だよね? 初めまして、じゃ、ないよね?」


「そうじゃのう。なんじゃろうな。不思議な感覚じゃ。でもわしも覚えとるぞ」


 やっぱり夢じゃなかった。疑念が確信に変わった。

 やっぱり彼はいた。いたんだ。

 そう思ったらなぜだか涙が溢れてきた。それはもう止め処なく、堰き止められていた壁が崩壊して一気に流れ出すように。


「なんで忘れていたんだろう、ミューミュー、彼は私を、ううん、みんなを守って死んじゃったのに!! 絶対起きたことのはずなのに、なんで……」


「わしにも分からん。こんなことは100年以上生きて初めてじゃ。じゃが、怖がって誰も近づかんかったわしなんかに、能天気にちょっかいかけてくるあやつを、今じゃはっきりと思い出せるわい。掃除やら洗濯やら、魔獣の世話やら…… そんで肩もみとかな」


「ミューミュー、なんでかわかんないけどね、私、彼がどこかにいるような気がするの。なんでかわかんないけど、なんでか分かるの!!」


「あぁ、わしもそんな気がしとったよ。わしはどうしようか迷っとった。本当に夢だったとしたら意味はないしの、じゃが、お前さんが来て確信した。そしてわしは決めた」


 ミューミューが言おうとしてること、なぜか分かった。きっと私も同じことを考えてたから。


「わしは旅に出るよ。あやつがどこにいるかも分からんが、とにかく探してみるつもりじゃ。ついでにあやつが相手をしとった“バール”とかいう集団をぶっ潰しながら行こうかのう」


「あ、あの! ミューミュー! わ、私もついていく! お願い! 私も彼に会いたい! もう一度会ってちゃんとお礼を言いたい! もう一度会ってなんで死んじゃったのって叱ってあげたい!!」


「何言っとるんじゃ! お前さんまだ子どもじゃろが! 母ちゃんが泣くぞ! お前さんの家は父ちゃんおらんのだろうが! ダメじゃ、ダメじゃ!!」


「お願い! ミューミューお願い! お母さんはなんとか説得するから!」


「ダメなもんはダメなんじゃ! もしあやつを見つけたらすぐに知らせに戻ってやるから。頼むから言うことを聞いておくれ」


 私はもう決めていた。ミューミューは絶対こう言うってわかってたけどどうしても譲れなかった。


「ミューミューがダメって言うんなら私は一人でも行く! それならミューミューの迷惑にもならないでしょ! なにがなんでも私は行くって決めたの!」


「またなにをめちゃくちゃなことを…… あ~、わかった、わかったわ。お前さんの覚悟は分かった。分かったが、今すぐはダメじゃ! 絶対ダメじゃ! 今は学校に行け。まずは今学ぶべきことを大切にしろ。わしはお前さんを待っとってやるから。それでいいじゃろ?」


「う、うん、本当に待っててくれる? 一人で行っちゃったりしない?」


「うむ。わしはそんなつまらん嘘はつかん。お前さんのことを待っとるから安心せえ」


 私は今11歳、学校を卒業するのは3年後の14歳。その日まで私はいつ終わるか分からない、本当にいるかどうかも分からない人を探す旅の為にできることをする。知識も、力も、必要なことを身に付ける。3年もある、ううん、3年しかない。


 私は絶対彼に会う、会って言いたいことをたくさん言う、そして彼に褒めてもらうんだ。がんばったねって。その日まで、待ってて。



 ――――ユカリー!

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