第112話 思念体転移

 ――17ガーベラ…… 彼らは……


 ――集団転移してきた者たち……


 女神ホウライが17ガーベラについて語りだし、最初に口にした言葉。

 耳を疑った。彼女が言った言葉に。まさか彼らが転移してきた人間だったなんて…… 


 ――転移?


「ね、ねぇ、ホウライ、さっき転移って言ったけど、僕みたいな転生とは違うの?」

「あぁ、彼らはこちら側から見た異世界、いわゆる君たちがいた世界で、活動していた時の年齢、姿、服装、装備等、そのままの状態でこちらに来た者たちだ」


 そ、そんなことが可能なのか!? い、いや、ホウライが言ってるんだ、そうなんだろう。

 なんだろう、彼女の言葉は有無を言わせず信じ込ませるような凄みがある。


「彼らは約120年前にバアル討伐もしくは封印の為に、この世界へ思念体転移してきた、某国の特殊部隊、いわゆる兵隊だ。バアル討伐はこちらの戦力だけでは不可能だと考えた私達は、君たちの世界の軍事力を利用させてもらおうと考えた」


 そ、そんな…… そんな荒唐無稽な話、にわかには信じられない。でも彼女が嘘を言ってるようには見えない。

 気持ちの整理もつかない僕を気にも留めず、彼女はそのまま語り続ける。


「肉体を伴った転移は、その肉体はもちろん、精神まで破壊してしまう。だから私は彼らの精神だけをこちらの世界へ転移させることにした。銃器などの装備は私の中へ仕舞ってね。そしてこちらへ連れてきた彼らにはバアルとの戦闘をお願いした。もちろん祖国へ帰ることを条件に、期限をつけて。こちらからも理の監視団という一大戦力を宛がった。そしてバアルとの戦闘が始まったのだが……」


 ゴクリ…… どうなったんだ? 勝ったのか? 


 ――全員死んだ。


 そ、そんな…… 


「結論から言うと全ては私達の認識不足だった。バアルに銃火器類の一切が効かなかった。彼らは結局バアルの前になす術もなく殺された。精神だけこちらに来ている状況、体は向こう側で眠っている。精神が殺されたことで向こう側にいた体は只の中身のない入れ物になってしまった。バアルとの戦闘自体はなんとか理の監視団が1名生き残って、なんとか封印には成功した」


 そんな救いのない話、聞きたくなかった。

 彼らは元は僕と同じ世界の人間だったのか。どういった経緯で、どのようなやり取りがあってこちらへ来たのかは分からないけど、言い方は悪いけど、無駄死に……


「私はそれから彼らの人形、実物とほぼ遜色のない人形を作った。そして生前の彼らを模した魂のレプリカも一緒に作成した。作ったはいいが、実際に動かすつもりはなかった。でも……」


 でも? なんだ? どんな理由があるというんだ?


溝隠みぞかくしルリ、いわゆるロベリア・シフィリティカをこの世界に転生させた。彼女を守る為に彼女には命を吹き込む能力を分け与えたが、彼女の置かれた立場ではそれだけでは足りなかった。彼女を守る為の力が必要だった。だから私は今まで躊躇っていた、人形に魂を吹き込む作業に着手した」


 ――それでできたのがたった4体の17ガーベラだ


「まぁこんな経緯だ。概ね理解してくれたかい?」


 理解した、理解はした、でも、やはり救いのない話。転移してきた人達は無理やり連れてこられたんだろうか? いくら軍人だからと言って、突然知らない場所へ放り出されて誰かも知らない相手と戦わされる、そんなの理不尽極まりない。


「ねぇ、その転移してきた人達はちゃんと自分の意思でこちら側へ来たの? 無理やり連れてきたんじゃ、ないよね?」


 ホウライはなにかを考えているのか、腕組みをしながら、少し時間を置いた後……


「あぁ、彼らにはこちらの事情を話し、期限を設けると説明してこの世界へ来てもらった。あちらさんの上司の許可もとった。尤も結果は残念としか言えないが、彼らには断る権利も与えたつもりだ」


 そうか、少し救われた、いや、彼らは全く救われていない、只僕の気持ちだけが救われた。過去のことなのに、それに違和感を感じて勝手にホウライの言葉を解釈して、勝手に救われる、僕って本当に嫌なヤツだ。


 僕がそんなことを考えている時、彼女、ホウライがなにかを呟いていた。僕にはその言葉がうまく聞き取れなかった。でも彼女は少し寂しそうか顔をしていた、ような気がする。


 ――そういうふうにしたのだけれどね。



    ◇



「まぁ17ガーベラの話はこんなところだ。次に……」


 ――今回の犯人の目星なんだが


 そういえばホウライは今回の首謀者について大体目星がついていると言っていた。僕はてっきりアーテーかと思っていたのだが、彼女もホウライと同じく被害者みたいだ。だとすると一体…… 僕には皆目見当もつかない。

 あ! そういえばルーニーが言ってたな、女神の反逆がどうのって。たしかその女神の名前は……


 そう、エリーニュースだ。


「多分ルシフェル。彼くらいだろう、こんなことを企むのは」


 あれ? 違った、エリーニュースじゃなかった。ルシフェル? 誰だ? 女神じゃないよな? 


「ねぇ、そのルシフェルってヤツは一体なんなの?」

「あぁ、彼は……」


 ――悪魔だ


 悪魔!? バアル以外にも悪魔がいるのか? いや、ちょっと待て。ルシフェルって名前もどっかで聞いたことあるような……

 あ! そうだ! 定期船の上でバアルに遭遇した時だ! あの時バアルがなにか言ってた。なんて言ってたかいまいち思い出せない。とにかくクソルシフェルがどうのって……


「とりあえず彼が一番怪しい。彼はバアルのような脳筋バカではないからね。まぁバカでないからこそ怖いんだけれど。予想するに彼が女神の誰かを唆したのではないかな。まず彼に会って今回の件について問いただしてみるよ」

「えっ!? そ、そんな悪魔と話し合いなんて大丈夫なの? ホウライやられちゃったりしないよね?」


 僕の心配はどうやら杞憂だったようだ。彼女は笑いながらこう言った。


「ははは、大丈夫だよ、レット君。彼に私は殺せない。私も彼を殺せないけどね。そういうふうにできてるんだ。彼は碌でも無い奴だけど話は通じるヤツだ。もし私の目論見通り、彼が犯人だと分かればそれで問題は解決だ。私としては彼が犯人であることを願うよ」


 そ、そんなもんなのか。不可侵条約でも結んでるってことなのかな。


「ではそろそろ行くとするかな。君には定期的に連絡するようにするよ。まあ君はユピテルの下でいい子にしてるんだよ。では行ってくる」


 彼女はそう言って、特に感慨もなく、後ろも振り向かずに歩いていった。

 あ~、これから4年間もあの空恐ろしい神様と一緒にいなきゃいけないのか。あぁ、嫌だ、恐ろしい、絶対碌でも無い目に合う。ホウライ早く戻ってきてくれぇ!


 そうしてホウライに置いていかれた僕の、神様宅ホームステイがスタートするのだった。

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