第8話 強化ってこう使うのかよ!わかんねぇよ!!

 洞穴事件から三日経った学校終わりの午後、僕はミッちゃんと二人で、おっさんのとこにお見舞いに行くことにした。

 本当なら厄介者のおっさんには早いとこ村から出て行ってほしかったが、優しいミッちゃん! マジ優しい。おっさんを助けられなかった自分を責めてるのか、介護を積極的に引き受けている。ミッちゃんはなんにも悪くないのに。どっちかって言ったらオロオロしててすぐに決断できなかった僕なのに…… 

 こう見えて中身はおっさんなのに、11歳の女の子より動けない、自分が情けないったらありゃあしない。


 そしておっさんは起き上れるまでに回復して、いろいろと話をしてくれるようになった。

 おっさんの村は貧しいこと、奥さんと二人の娘の為にハンターになったこと、ギルドで勧誘していたハンター集団の募集に飛びついたこと、そいつらが魔獣ハンターとは名ばかりの、希少生物ばかりを狙うクソの集まりだったこと。

 そしてそれを聞いても尚、お金の為に希少生物「コララ」を狩ろうとしてしまったこと。


 そのあとはだいたい予想どおりだ。他のハンターとはぐれて川向こうの森を彷徨っていたところ、中型の魔獣が表れて後ろから襲い掛かられたという寸法だ。

 おっさんは幸いまだコララを狩っておらず、結果的に犯罪は犯してはいないが、犯そうとしたことに変わりはない。まぁ治った後のことは治ってから考えるか。


「ミリアちゃん、本当にありがとう。あ、コアラくんも。君達がいなければ僕は死んでいただろう。君のお父さんの話はここの神父さんから聞いたよ。本当に、本当に、謝っても謝り切れないことを僕はしでかしてしまった。本当に申し訳ない」


 深々と頭を下げるおっさん。きっと根は良い人なんだろうな、でもその人の良さに付け込まれたんだ。人が良いっていえば聞こえはいいが、結局弱いんだ。いや、こんなえらそうなことは言えない、僕も同じだ。


「おじさん、頭を上げて。おじさんのしたことは良くないことだと思うけど、子どもいるんだよね、おうちで待ってるもんね。早く治そうね」


 はぁ~! ミッちゃんマジで天使。こんな子いる? こんな子をいまだかつて見たことがあるだろうか? いやない。ですよ。



    ◇



 ――そしてさらに三日経った休日の朝。


「おじさん! すっかり良くなったね! これでおうちに帰れるね!」


「ミリアちゃん本当にありがとう。本当に……」


 涙を流してお礼を言うおっさん、きっと自分の娘とダブって見えたんだろう。おっさんに聞いた話では、上の娘がミッちゃんと同い年だそうだ。ちなみに下の子は10歳、年子だね。

 そしておっさんの処遇だが、今回は密猟が未遂だったこともあり、お咎めなしということで話がついた。


 おっさんが故郷に帰る前に、ミッちゃんのお母さんにも謝りたいと言ってきた。やめといたほうがいいんじゃないかな~、ってなんか嫌な予感がしたので、やんわり行かないほうがいいとおっさんに言ったのだが、どうしても!という。仕方なくおっさんをミッちゃんの家に連れていくことにした。


 御免くださ~い。ミッちゃんいますか~?


「はいは~い! ちょっと待ってね~!」


 ミッちゃんのお母さんの声だ。まずい、本当なら先にミッちゃんとどうするか話し合ってからおっさんに謝らせるか決めたかったのに! まずい、ミッちゃんがいないのは非常にまずい。


「あらあら~、ユカリ~君じゃないの! 大きくなって! なんで最近うちに来てくれないの! 小さい頃はうちでミリアとお風呂一緒に入ってたでしょ。いつでもおいでなさいよ!」


 そんな恥ずかしい話今しないで(照)

 いや、そんなこと考えてる場合じゃない! おっさん、隠れててくれよ~!


「あ、あの~……」


 あ~!! このバカおっさん! なんで出てきてるんだよ! 空気読めねえのかよ!


「はい、どなたですか? ――――!!」


 ドタドタドタッ、バタン!!――――


 突然おばさんは真顔になって家の中に入っていった。や、や、嫌な予感しかしない……

 お願い、お願いだから僕の予想通りのことしないでおばさん、ほんとお願いだから。ミッちゃん! お願い!! 早く帰ってきて!!


 ――カチャッ……


 おばさんが薄ら笑いで家からでてきた。暗黒微笑が怖いんですけど、すごく……


「えぇ、ごめんなさいね、お鍋に火をかけてたので、火から降ろしてきたんですよ。それでどういったご用件でしょう?」


 は~、はわわ~、もういや、ここから逃げ出したい!


「あ、あの、わたくしお宅の娘さんに先日、怪我をしていたところ助けられた者です。今日ここを旅立つんですが、その前に再度お嬢さんにお礼を言いたくて…… そ、そしてお、奥さんにも……」


 おばさんは両手を後ろに回しておっさんの話を聞いている。こっちからじゃおばさんの後ろは見えない。おばさん、大丈夫だよね? 大丈夫だよね? 嫌な予感しかしねぇ!


 するといきなり土下座になりだすおっさん!


「あ、あ、こ、この度は本当に申し訳ありませんでした! 奥さんのだんなさんが野良魔獣ハンターに殺されたなんて露知らず、私も、そ、そいつらと、お、同じ過ちを繰り返すところでした! ほ、本当に! 申し訳ありませんでしたー!!」


 頭を地面に叩きつけて猛烈な勢いで謝るおっさん。うんうん、よく言った! おばさん、ねっ! おっさんもこう言ってることだしね、仏の心で許してあげよう! ねっ!


 ――頭を上げてください。


 おばさんはそう言うと、ゆっくりと前に進み、おっさんに語りだした。


「怪我が良くなってよかったですね。えぇ、本当に。苦しんでいる人に進んで手を差し伸べることができた娘を誇りに思います。でも、でも、なんで、なんで……」


 おばさん、落ち着いてね。ほんと。後ろになんにも、隠し持ってたりしない、よね!?


「なんで助けたのがあんたみたいな魔獣ハンターなのよ! あんたたちみたいな人間のクズ共に主人は殺されたのよ!! コララを狩ったか狩ってないかなんて関係ないのよ!!! その野蛮な行為が許せないのよ!!!」


 激昂するおばさん、後ろで組んでいた腕をダラリと垂らす。右手に持たれていたのは……


 ナイフだ


「悪いと思うなら、死んで、詫びて……」


 ナイフを両手に持っておっさんの方へ向けて突き出す。やばい、これはやばい。どうすりゃいいんだ、僕は。

 これって多分僕が止めに入って、僕が刺されてジ・エンドのパターンじゃないですか? くそっ、死にたくねぇ。もう転生するのは嫌なんじゃ、僕は! でも~、でも~、おばさんを人殺しにはしたくねぇ。


 何時のも如くうじうじ悩んでいると、自分の胸の辺りに黄色い光が見える。なんぞこれ? ふとおばさんのほうを見ると、おばさんの胸の辺りにも光が見える。おばさんの光の色は緑と赤だ。

 なんだこれは。わけわかんねぇ。緊張が限界を超えて目がおかしくなったんか?


 ジリジリと距離を詰めるおばさん、殺されても仕方ないと思ってるのか、立ち上がり目を瞑るおっさん、おっさんバカか!? そんなカッコつけなくていいから逃げろっつーの!


 5メートルほどあった距離がだんだん詰まっていく、4メートル、3メートル、2メートル、1メートル、いや、これマジでヤバイ。くそ、僕が飛び込むしかないんか! いや、いや僕まだ死にたくない! でも! おばさんを人殺しにはしたくない、なぜならミッちゃんが悲しむから! あ~! もう、アホ女神でも誰でもいいからお願い! 助けて!!


 ――呼びました~?


 いきなり世界が反転した。

 白黒になって全てが止まっている。その中で僕だけに色がある。僕だけが動ける。いや、僕だけじゃなかった。もう一人いた。


 アホ女神がそこに立っていた。


「本当はこういうのあんまりダメなんですけど、おっさんがどうしてもって言うんで、助け船を出しに来たんですけど、誰がアホ女神ですか! こんな超美しい美の女神を捕まえて! アホの対極にいる存在ですよ、私は。」


 なんか言ってるが、もういい。美の女神でもアホ女神でもどっちでもいい! お願い女神様、助けて!


「紫様、あなたは本当にバカですね。えぇ、呆れるくらいのバカたれです。なんであれを使わないんですか? 普通使うならここでしょ? アホなんですか、あなたは」


「なんなんだよ! あれって。わかんねえから分かるように教えてくれよ。このバカでアホな可哀そうな紫ちゃんによぉ!」


 あかん、やさぐれてしまった。反省。しかしなんなんですか、あれって。蒙昧なわたくしにはてんで理解が不能であります。いや、いやいや、でもそういえばなんかあったような気が……


 ――あ!


 強化か――


「ピンポ~ン! だいせいか~い! さぁ、今こそ使うのです、転生者よ! ていうかここしか使い道はありません! いつ使うか? 今でしょ!!」


「よしっ! ってだからどうやって使うのさ? 使い方がわかってたらさっさと使ってたわ!」


「はぁ、ほんとにバカですね、あなたは。強化したい光に向かって“強化”って強く念じるだけですよ。おバカな紫様にも理解できまちたかね~」


 くそっ、端端でムカつく言動をしてくるな、このアホ女神は! でもということは!


「つまり僕の胸のとこで光ってる黄色い光に向かって強化! って念じればいいんだな?」


「はぁぁぁぁぁぁ」


 えっ? なにそのクソでか溜息…… 違うの? そうすれば僕がピコーンって強化されてパワーアップしちゃって、おばさんに刺されても問題なーい! ってなる感じなんじゃないの~!?


「そんなふうになるわけないでしょ! ノーマルスキルですよ。そういった強化はもっと高ランクのスキルです」


「じゃあどうすりゃいいの!? なにを強化してくれるっていうのさ!?」


 わけがわからん。まぁ、ノーマルスキルだから~、そんなかっちょいい効果があるとは~、思ってなかったけど~。でもじゃあなんなんだよ、このスキルは!


「このスキルは“こころ”を強化するのです。光はその人の感情です。光の色はその人の感情を表しています。あなたの心にある光は黄色、勇気の色。それを強化したら、あなたあのおばはんとおっさんの間に一目散に突撃していきますよ。わかりましたか? おバカさん」


 あ~、マジで一言多い! でも心を強化か…… つまり、おばさんの胸のとこにある光を強化すればその感情を増幅できるっつーことか!


「緑の光は慈悲の光、相手を思いやる感情です。一方、赤い光は怒りの光、相手への怒り・憎しみなどの負の感情です。これでもうおバカな紫様にもおわかりですね? なにを強化すればいいのか」


 あぁ、サンキューアホ女神様! これでおバカな紫君でもなにをすればいいかわかったぜ! たまには役に立つときがあるんですね、女神様!!


「じゃ、私は帰りますんで。ゲロから帰ってきたばかりで、本当は今日は有給取ってたのに! あとで休日出勤の申請ださなきゃ! ではでは死なないことを祈ってまーす! じゃね~!」


 アホ女神がそう言うと、世界に色が戻る。


 現実世界は今日も大変です。おばさんがもうおっさんにナイフを突き刺す寸前です。おばさんは口を開いて意を決しておっさんに突撃しようと『あぁぁぁぁ!!』と怒声を上げてます。


 早く、早くしないと! よし! 僕はやったる、おばさんの慈悲の心、緑の光よ!


 ――強化!!


 僕がおばさんの緑の光に強く念じると、おばさんは薄い緑の光に包まれる。すごく暖かい、なんていうんだろう、近くにいるだけで癒される光。

その光に包まれたおばさんは、ナイフを地面に落とし、大粒の涙を流しだした。


 うわあぁぁぁぁ!!――――


 そのまま地面に倒れこんで蹲る。号泣しながら、おばさんはおっさんに語りだした。


「わかってるの! あなたが悪いわけじゃないって!! わかってるけどぉ…… うわあぁぁぁぁん!!!」


 地面に蹲り、号泣するおばさんの前に再度土下座をして謝るおっさん。おっさんも謝りながら大声で泣いている。蹲って大声で泣くふたりの中年、なんともシュールだが、そんなことは思ってはいけない。


 そうこうしていると、ミッちゃんが妹の手を引いて帰ってきた。どうやら二人で木の実を採りに行ってたらしい。とりあえずミッちゃんに状況をうまいこと説明して、中年ふたりも落ち着き、どうやら和解できたみたいだ。



    ◇



 そしてようやくおっさん旅立ちの時



「皆さん本当にご迷惑をお掛けしました。本当に、本当になんとお礼を言っていいのやら。もうこれからは違法な魔獣ハンターのパーティには絶対参加しません! この御恩は決して忘れません! 有難うございました!!」


 おっさんはそう言って、深々と頭を下げると村の門を出て行った。見えなくなるまでこっちを何度も振り返り、頭を下げるおっさん、本当、気はいい人なんだろうけどなぁ。


 その後落ち着いたおばさんにお昼ごはんをご馳走になって、「ミリアとお風呂入ってく~?」と揶揄われて、ミッちゃんはちょっとおかあさ~ん! とぷんぷん丸になっていた。もちろん僕は一緒に入るのも吝かではないんですがぁ、と言いたいところだったが、敢えて自重しました。えらいね、僕。





     ◇ ◇ ◇ ◇


 ※当作品を読んでいただき誠にありがとうございます。

 もし当作品を面白い!続きはよっと思っていただけましたら♡で応援、レビュー、ブクマ、ひとつでも構いませんので、★をぽちっと、などなどしていただけますと作者の今後の執筆意欲につながります。

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330668100636316#reviews

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