第48話 井の中の蛙
「よっしゃ、そろそろ行きますか」
皆既月食当日の朝、僕達はキサラギ家の別荘へ向けて出発した。
「そうね。でもアトロポスのヤツついてきてくれてもいいのに! なんで私達だけで行かせるのかしら。よっぽどそのお師匠様とかいう奴に会いたくないのかしらね」
ほんとそれな。なんでか父ちゃんは部長の命に関わるような危険はないと確信してるみたいだし、とにかく僕らが17ガーベラと敵対さえしなければ問題ないってことしか教えてくれない。でももしなにか起きれば僕は相手が誰だろうと戦うぞ。
僕らふたりは電車に揺られて、3か月前来たキサラギ家の別荘の前に着いた。
うぅ、やっぱ北国の、しかも海の近くだ。11月でも寒い。めちゃくちゃ寒い。3か月前は海に入れるくらいの陽気だったのになぁ。しかもあの時来た楽しい気持ちとは正反対の気持ちだぜ。
こんな気持ちでここに再び来ることになるなんてな……
「ようこそ。そろそろ来るかなと思っていました」
別荘に入ろうと扉の前へ進むと女性がひとり佇んでいる。
黒いスーツに身を包んだ女性。身長は僕より高い。165センチはあるだろうか。
どう見ても彼女が17ガーベラのメンバーだろう。でもひとり? 3人いると聞いていたんだけど。
「ひとりじゃ不満だったかしら? おふたりさんには悪いけど、儀式が終わるまで外で待っててね。あの子に聞いてると思うけど、あの女の子は大丈夫だから」
あの子? 誰のことだ? いや、でも大丈夫って言われてここで引き下がってもいられねえだろうが!
「言っとくけど僕結構強いんで、素直にそこ退いたほうが身のためですよ?」
「うふふ、そうなんだ。いいよ、ちょっと遊んであげる。私も待ってるの退屈してたんだよね」
うわ、この人完全に僕のこと舐めてんな。ちょっとイラってきたぞ。
まぁいいや、早いとここの人倒して部長を助けないと。
僕は右手の人差し指にROSEを嵌めて戦闘態勢に入る。ROSEを嵌めるといつもの如くリリムさんがでてくる……
と思っていたのだが……
――え? なんででてこない!? なにしてんだよ!
「じゃあいくよ。大丈夫、死なない程度にやってあげるからね」
彼女はそう言うや否や僕目掛けて突進してきた。
あ、あかん、と、とりあえずイヴィルレイを出すしかない。本当は打突一個分強くなってるはずなのにリリムさんがいないとスキル名が分からない!
――イヴィルレイ!
突進してくる彼女に向けてイヴィルレイを放つ。頼むから死なないでね、と思いながら撃ったイヴィルレイの行先は僕の想像の斜め上をいっていた。
なにが起こったのかは分からない。でもイヴィルレイが彼女に当たる瞬間、彼女は右手でイヴィルレイの剣撃を薙ぎ払った。薙ぎ払ったイヴィルレイは別荘の横に聳え立っていた大木へ当たる。
大木は根元でベコっと凹み、ミシミシと、ゆっくりと倒れていく。
は? なにが起こった? あの人僕のイヴィルレイを素手で払いのけたのか!? 嘘やろ!
呆気にとられていると彼女は僕の懐に潜り込み、僕の右わき腹辺りに物凄い一発をぶちかましてきた。
――ぶっ、グウォッ!!
まるで鉛のように重い拳で思いっきり殴られ、腹の中から口元までなにか酸っぱいものが駆け上ってくる。
この世界に来てこんな経験をするのは初めてだ。下手に木剣で突かれるよりよっぽど痛い。てか息ができない……
「あら? もう終わり? えらそうなこと言ってた割に大したことないのね」
くっそ! こうなったらヘルフレイムを撃つか? で、でも下手に撃ってこの人が死んじゃったら…… ダメだ、ヘルフレイムは撃てない!
どうする? あぁ! このままじゃジリ貧だ。なにか起死回生の手はないんか!?
物凄いラッシュに防戦一方になりながら必死に手を考えるが、彼女の猛攻がそれを許してくれない。ガードを跳ね除けられ、がら空きになった鳩尾を思いきり殴られる。そのまま前のめりになったところに体重を掛けていた右足にローキック。まるで鉄の棒かなにかでフルスイングされたかのような衝撃。
思わずその場へ倒れこんでしまった。
「君は女の子だからね。顔は狙わないであげる。で、もういいかな? 終わりってことで」
地面に這いつくばって女を見上げる。ヤバい。完全に甘く見てた。僕は自分をかなり強いと思ってた。そんじょそこらの相手には負けやしないと高を括ってた。
くそったれ! このまま負けるんか、どうすりゃいいんだ……
「あなたいい加減にしときなさいよ。私のレットになにしてくれてんのよ! レット! こっからは私がやるわ。レットはそこで大人しくしときなさい!」
は? ロベリア!? なんでロベリアが…… てかお前魔法も剣術もなんにもできないだろうが! 逃げろ、ロベリアが敵う相手じゃない……
「ロ、ロベリア、に、逃げて……」
「レット、大丈夫よ。私はあなたのお姉ちゃんなんだから! あなたは私が守るわ!」
「あらあら、次はこちらのお嬢さん? まぁ私はどちらでもいいんだけど。あなたも顔は狙わないであげるからね」
女がロベリアに向かって笑みを浮かべる。そして拳を握り彼女に向かって突進しようとした瞬間……
――あんた私に悪意を向けたわね
ロベリアが口を開いたのと同時に突進してきていた女が真後ろに吹っ飛ぶ。な、なにが起きたんだ!?
なんとか立ち上がって尚もロベリアに殴りかかろうとするが、その度に後ろへ吹っ飛ぶ女。
「やめときなさい。あんた私を殺すつもりはなさそうだからそれくらいで済んでるけど何回もやってたらあんたの体もたないわよ」
「あぁ、なるほど。君、悪意の魔人か。ふ~ん、話には聞いてたけど中々すごいわね…… あっ……」
女は言葉を発した直後、突然体をビクっとさせて棒立ちになった。
「えぇ、はい、はい、わかりました」
ん? どうしたんだ? 急に女が独り言を喋りだした。まるで突然誰かから電話がかかってきたみたいに。
「いいわよ。中に入っても」
え、どういう風の吹き回しだ? さっきまであんなに別荘に入れさせないようにしてたのに……
重い体をなんとか立ち上がらせる。口の中を胃液の酸っぱさと、血の鉄の味が混ざったなんとも言えない気持ち悪さが充満する。
ロベリアに肩を借りて僕らは別荘の中へ足を踏み入れた。
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