第96話 撃破!?

 水の刻印!? 水系の魔法なんてアクアボールしか撃てないぞ!? でもっ、迷ってる暇はない! 

 ピアスを指輪へと変貌させ、僕は左手の薬指にROSEを嵌める。そして……


 ――アクアボール!


 群青色の霧の中突如出現した水の球。


 デカい、とにかくデカい。なにも考えず、思いきり魔力を込めた水球は直径15メートルはあろうか。大聖堂の天井付近まで届きそうなほどの巨大さ。


「よしっ、そのまま維持していろ」


「ふん、させるかよ、てめえは地の底まで墜落してなっ!」


 ――ダウンフォール!


 デカの数えきれないほどの虹蛇を一瞬で地の底へ消し去ったアーテーの一撃がノナを襲う。

 だがノナは地中へ沈んでいくことなく、その場で微動だにしていない。


 ――逆行


 ノナの足元がまるでデジタルノイズのように乱れている。こ、これって地面の変化を逆行で巻き戻して落下していくのを防いでいるのか? あ、あいつ逆行は自分にしか使えないって言ってたのに……


「くそがぁ! あたしとてめえは相性がわりぃんだよ! ふん、まあいいや、面倒くせえから今から何するか高みの見物しといてやるよぉ」


「すまん、レット君、懺悔はあとからさせてもらう。待たせたな」


 ――逆行


 ノナの一声で、空中に浮遊する水球がみるみる氷結していく。

 そうして出来上がった巨大な氷塊、辺りは急激に温度が低下し、先程までのカビ臭い、じめっとした雰囲気は一瞬で拭い去られた。

 さらにノナは懐から紙のようなものを1枚取り出し、破りながらなにかを呟いた。


 ――ウインドアクセラレータ


 彼がその言葉を唱えた瞬間、四方八方から強風が吹き始める。それも巨大な氷塊に向かって。

 群青色の霧は次々を氷塊へ集められていき、その霧は次第に細かい氷の粒となって氷塊へ吸着していく。

そして風が止んだあとそこにあったのは巨大な霧氷、それはあたかも無数の群青色の花弁が咲き誇ったかのよう。


 そしていつの間にか僕らを包んでいた群青色の霧も霧散していた。


「えっ!? な、なんで!? で、でもっ、よしっ! ここだ! ここしかない!」


 霧が晴れ巨大な氷塊が乱反射し、聖堂内を照らす。

 視線の先にはあいつがいる。上半身裸で、至る所に群青色の痣が広がった、忘れもしないあの顔、寝こみの僕をめった刺しにして殺した僕『ユーカ』の仇。


 アコナイトの姿がそこにはあった。


「ち、ちくしょう! な、なんで霧が晴れた!? く、くそったれ!」


 剣を両手で構え僕に向かって突進してくる……

 もう終わりにしてやる……


 Purple peony punish sinner(紫の芍薬は罪びとを罰する)――


 ――パチンッ


 最期の1枚、父アトロポスからもらった僕の切り札、ラストのカードを折り、3ピースが完成する。


 おどろおどろしい紫色のツタはアコナイトとアーテーの足元から突如出現して、ふたりを拘束する。ツタはグルグルとふたりの体へ撒き付き、もう逃げ場のない処刑場はそこに完成した。


 そして――


 ツタの至る所から相手の息の根を止めるための無数の針が飛び出す。串刺しになったふたりの敵、アコナイトは声にならない悲鳴を上げている。

 アーテーは……


「あ~あ~、レット君酷いなぁ、こんな美しい元女神様にこんな極悪な攻撃を仕掛けるなんてぇ。まぁいいや、今回はここで引いとくからさ、じゃ、またねぇ」


 えっ? う、嘘だろ?


 数えきれないほどの針で串刺しになったアーテーの体は、まるで氷が水に戻っていくように、ドロドロと溶けてそのまま地面へと流れていった。


 に、逃げられた!? まさか3ピースでも仕留めきれないなんて……

 いや、今はそれどころじゃない、早くトーカ姉さまをなんとかしないと。

 くっそ、なんで回復魔法のエキスパートがこの場にいないんだ!? 完全に人選ミスだろ。ハイヒールが使える人さえいればここまでの事態にはなっていなかったのに。


 取り留めのない考えが頭の中でグルグル回る。

 アコナイトは串刺しになったまま、まだなにか呻き声をあげている。まだ息があるとは、さすがに魔人といったところか、でもこいつにトドメをさしてる時間が惜しい! 早く地上へ行かないと!


「ね、姉さま! トーカ姉さま、しっかりして! 僕だよ、ユーカだよ! 今助けるからね!」


 腕を剣で突き刺され、右足をアーテーに潰されたトーカ姉さまの額からは大粒の汗が滴り落ちている。耐えがたい痛みの中彼女は僕のほうを見てこう言った。


「ユ、ユーカなの? 私の弟のユーカ? やっと、やっと会えた…… な、なんで、死んじゃったの? お、お姉ちゃん、寂しかったよ、で、でも、よかった……」


「うん、うん、あとでいっぱい話そう。今は気だけしっかり持って! すぐここから出られるから!」


 彼女を抱きかかえて立ち上がる。目を負傷したテオ達はノナに任せよう。

 よしっ、脱出するぞ! そう言おうとした瞬間、この聖堂へ繋がる階段のほうから何人かの集団がこちらへやってくる足音が聞こえた。



     ◇



「大丈夫か!? レットさん!」


 あぁ、ようやく援軍が、お、遅いっつーの……

 ビジランテ団長オスボ達地上班が応援に駆けつけてくれた。


「よくやった! アコナイトはどこだ? お、おぉ! 物凄い惨状だな。まだ息があるようだな」


 地上班のメンバーにトーカ姉さまとテオ達ビジランテメンバーを託す。

 さぁ! 早く地上へ! ふたりの治療を早くしてあげよう、そして勝利の美酒に酔おう! 皆で祝杯をあげるんだ!

 全て終わったんだ。長かった。ようやく、これでルーナと姉さまに謝れる、これまで僕がしてきた出来事を話せる。一晩じゃ語りつくせないや。僕は期待に胸を膨らませていた。


 でもまだなにも終わってはいなかったんだ。


 ――まだなにも……




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