第90話 異形の魔獣
――虚ろなる輪廻に捕らわれし憐れなる獣たちよ、我が求めに応じ
――エリミネーター! サテライトワーム! ファイアスライム!
オスボが魔獣召喚の詠唱を終えると3種類の魔獣が姿を現した。
体中に黒い布を巻きつけ両手に剣を携えた人型の魔獣『エリミネーター』が5体。
体長1メートル程度のまるでムカデのような魔獣が3体。周辺には魔獣を取り囲むようにビリビリと電撃を放つ光の球が浮遊している。まるで恒星の周りを周回する衛星のよう。
そして炎を纏った燃えさかるスライムが3体。一般的に炎に弱いとされるスライムが炎耐性を持っているという希少種だ。
どの魔獣も転生4回目にラキヤ剣術学院で授業の時に習ったことのある程度に有名で、尚且つ希少性の高い魔獣だ。こんな魔獣をこんなにも多数使役できるなんて…… ビジランテ団長オスボはかなり凄腕のビーストテイマーらしい。
「行けっ! おまえたち! 敵を殲滅するのだ!」
オスボの命令を受け取った魔獣達は遺跡の入口へと吸い込まれていく。
「僕らもこの後突入する。いいか皆、思い残すことはないか!」
オスボの掛け声で場の空気が変わる。武者震いする者、或いは作戦成功を祈願して神に祈りを捧げる者、はたまた隣に居た者同士、互いの無事を祈ってフィストバンプする者。各々がそれぞれのやり方で士気を高めようとしている。
そして緊張の糸が今にもはち切れんばかりというところで再度オスボが声をあげた。
――行くぞ! 突入!
◇
「流石にここには敵は残存してなさそうね」
ロベリアが辺りをキョロキョロ見渡しながらゆっくりと進んでいる。
地上1階、魔獣達が見張りをしていた野盗数名を絶命させ、僕らの先を縦横無尽に進んでいった戦闘の跡。僕らはその足跡を、魔獣に駆逐された亡骸達を尻目に、地下へと歩を進める。
「ここだね。こいつが地下へ繋がる階段だ。この先から地下2階までは遺跡内部の構造は把握済み。だからまだ道に迷うことはないだろう。とは言っても油断は禁物だ。ここは敵地、少しのミスが皆の命を危険に晒す。油断せず行こう」
ビジランテ副団長テオの一声が、突入の勢いで頭に血が上りかけた精神を緊張と言う名の冷却水で冷ます。
「さすがに通路の明かりは全部消されてるな。仕方ない、今明かりをつけるよ」
テオはそう言って明かりを灯す魔法『ライトニング』を唱える。彼が詠唱を終え呪文を唱えると僕らの頭上に煌々と光る光の玉が出現した。
「じゃあロベルタさん、大変な役目だとは思うけどお願いできるかい?」
「分かったわ。皆、私の後についてきて!」
先頭に立って皆を先導するロベリアの肩は心なしか震えている。そりゃそうだ、こんな状況で怖くないはずがない。でも彼女は強い、己を奮い立たせてそこに立っている。
地下1階へ続く階段を降りる最中、側面の壁から突然無数の針のようなものが発射された。どうやら床に仕掛けがあったらしく、ロベリアが踏んだその仕掛けが針の発射を起動させたようだ。
「ロ、ロベリア! 横っ!」
「大丈夫よ。こんなもん」
――カッカッカッカッ……
ロベリアに向けて発射された無数の針はロベリアに当たる直前に見えないなにかに阻まれて全てが床に転がり落ちた。そして針の発射された付近の壁を見てみると、ものの見事に針の発射台が粉砕されていた。
「少しでも悪意が残っていればこうなるのよ。この罠が遺跡がまだ遺跡じゃなかった時に作られたのか、今ここを占拠してる奴らが設置したのかはわかんないけどね」
す、すげぇ! マジでロベリア無敵なんじゃねえのか!? いや、でも前にノナがロベリアに対して攻撃手段はあるって言ってたし、女神レミアラにもなんらかの方法で攻撃されていた。この世に無敵なもんなんてないのかもな。
てことはますますロベリアに不測の事態に起こらないように僕がサポートしなければ!
階段を降りきり地下2階へ到達する。しばらく道なりに進むとオスボが召喚した魔獣の遺体が数体横たわっていた。その傍らには野盗と共に、見たことのない魔獣の姿が。
「ね、ねえ、これって魔獣なの? オスボが召喚したエリミネーターよりもさらに人間に近いって言うか……」
「た、たしかに、こんな魔獣は見たことがないな。人とは明らかに違うが、だがこれを魔獣と呼ぶには……」
テオの動揺が僕にも伝わってくる。
そこに横たわっていた一体の魔獣、なのか、そいつは肩当て、胸当て、膝当て、他に人間の急所を守るような装備が施された、まるで冒険者のような恰好をした灰色の生物だった。
髪の毛は肩より下まで伸び髭が無造作に生えている。まるで何年も髪を切らず、風呂にも入らず、ずっと戦闘だけを続けていたかのような風体。
見たことも聞いたこともない不気味な魔獣だけど、どうやらオスボの使役する魔獣が倒してくれたみたいだ。
注意しながら先を急ぐ。
進んでいく途中で偶然罠を起動させてしまい、絶命させられた魔獣の遺体や、野盗との戦闘で死んでしまったであろう魔獣、さらには魔獣に殺された野盗の死体が転がっていた。
階段で遭遇した罠のような仕掛けの、天井から槍のようなものが降ってくるトラップもあったが、ロベリアの能力により全てが無効化される。
いよいよ僕らは地下3階へ続く階段を降りようとしていた。
◇
「な、なんかさっきまでと雰囲気違うよね? 空気が淀んでるっていうか……」
先を進むロベリアの感想にみな頷く。たしかにここはなんだかおかしい。地下2階までも遺跡ということもあり、当然カビ臭さやものすごい湿気など、不快には違いなかったのだが、ここはなにか違う。なにか空気が、重い……
「皆待って! オスボさんが使役した魔獣の死体が転がってるわ。ここでかなりの戦闘が行われたみたいね」
「ロベルタさん! 気を付けて! 前になにか立ってるわ!」
ロベリアが立っている場所から数メートル離れた先に人影が見えたのをトーカ姉さまが発見する。あれは……
そこに立っていたのは先程魔獣達と共に地面に這いつくばり絶命していた人型の魔獣にとても良く似た灰色の何かだった。
今度はなんだ!? え? あ、あれって、女性?
髪の毛はボサボサ、体は傷だらけ、先程絶命していた人に良く似た魔獣と同じような装備をしているけど、こうやって対峙してみると、魔獣には見えない……
「主様の、命によって、おまえらを、ここで、殺す……」
え!? い、今、しゃ、しゃべったよな…… しゃべる魔獣なんて聞いたことがない。一体こいつは何者なんだ? だが考える間もなくそいつは僕らへ襲い掛かってくる。
地下3階、得体の知れない恐怖が僕らを包み込んでいた。
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