第43話 よき理解者

 ――ふむ、で、話とは何かな?


 イゾウ氏はタバコに火をつけソファに腰を掛けている。

 うーん、なんて切り出そうかな。なんにも考えてなかったや。さすがに元ヒキニートの僕に、初対面の人と話すような高いコミュ力があるはずもなく……


「あ~、えっと~、あ~、いい、お、お天気ですね~、ふへへへ……」

「ん? そうか? 外はちょっと曇っとると思うが」


 あ、あかん! 会話の始まりは天気の話からすればいいと思って、外の天気をしっかり確認していなかった! バカバカ! 僕のバカ!


「食事はどうだったかね? ええと、レット君だったか? 何杯もおかわりしとったみたいだが。気に入ってもらえたのなら何よりだ」


 ナ、ナイス! イゾウ氏! これだぜ! ここから会話を広げていくぅ!


「あ~、はい! すごい美味しかったです! あの味噌汁最高でした!あ~、え~っと、はい、ふ、ふへへへへ……」


 あ、あかん! 続かん! クッソ、最高のタイミングだったのに! バカバカ! 僕の大馬鹿野郎!


 そして流れる沈黙タイム。あ・あ・あ・あかん、なんて切りだしゃいいんじゃ。僕のオツムはオーバーヒート寸前よ!


「あ、あ、あ、て、て、てんせ、え、してきたんですか?」


 あ、そのまま言ってしまった……


 だが僕が転生の言葉を出した瞬間イゾウ氏の表情が変わる。


「な、い、今なんと!? 転生といったか!? 何故君がそれを!?」


 ふ~、さすが僕のコミュ力。なんとかイゾウ氏との会話の糸口を見つけたぜ! やっぱ人間追い込まれればなんとかなるもんだな。


「え、ええと、やっぱしイゾウさんは転生者なんですか?」


「う、うむ。っ! ということはもしや君もなのか!?」


 ――あ、はい、実はそうなんです……


 そこからは話は早かった。彼がどうやって転生してきたか、今までどうやってこの世界で生き抜いてきたのか、まるで武勇伝を語るかのように雄弁なイゾウ氏。

いや、正にそれは武勇伝そのものだった。


「ワシは某県のとある市で市電の鉄道員をしとった。妻も子どももいて、給料は安かったが、幸せな毎日じゃった。だがある日事故にあってな。気が付いたら目の前に女が立っとったんじゃ」


 ん? 女神のことか? 僕の時と同じエストリエさんかな?


「女性の名前って憶えてますか?」

「ん? あぁ、たしか…… フォルトゥナだったかの」


 う~ん、僕の時とは違う女神なのか。まぁ僕の時でさえ3人女神がいたんだから他にもたくさんいるのかもしれないな。


 そしてその後、この世界に来てどうやってここまでの大企業を経営するようになったのかとか、鉄道についての蘊蓄など色々な話をしてもらった。


 彼は僕が産まれる大分前にこの世界に転生してきたみたいで、彼が転生した後の日本がどうなっているのかが気になる様子だった。なんと偶然にも僕とイゾウ氏は同じ県の出身だったようで、僕は元ヒキニート、伝えられることは限られているが、僕の分かる範囲で彼が聞きたがっていたことを伝えてあげた。

 政治のこと、国際情勢のこと、日本で大地震があったこと、そして彼が勤めていた市電の現在のこと。


「そうか、レット君、有難う。ずっと気になっていたことが知れてよかった。実はこの世界で出会った転生者はもう一人おるんじゃが、そいつはワシが転生した後の日本のことをなにも教えてくれんかったんでの。本当に有難う」


 やっぱ他にもこの世界に転生してきた人がいるんか。できたら情報交換とかしたいけど、教えてくれるかな。


「申し訳ないが、その人物のことはなにも教えることはできんでの。そいつとの約束なんじゃ」


 うっ、顔に出てたかな。まぁ、しゃーないよな。その人も転生してきたことを知られたくないって思ってるのかもしれない……


 そんなことを考えていると、イゾウ氏は予想もしていなかった話をしだした。


 ――レット君は日本へ帰りたいとは思わんかね?


 えっ? いや、帰りたくないとは言わないけど、僕はまだここでやり残したことがあるし、会って謝らなきゃいけない人がいるし……


「い、いえ、僕はこの世界でまだやり残したことが有るので……」


 そうか、とだけ彼は言うと、窓を開け、2本目のタバコに火をつけた。


「思いがけずワシと同じ境遇の君に会えて本当によかった。レット君さえよければうちの屋敷にいつでも来なさい。またわしが転生したあとの日本の話を聞かせておくれ」


「も、もちろんです! 僕はいつでも大丈夫です! イゾウさんに呼ばれたらすぐに伺いますよ!」


 彼は笑顔で有難うと言って、今日はそろそろお開きにするかと僕に告げた。


 あぁ! 初めての僕と同じ境遇の人物に会えた! 今まで心細くなかったといえば嘘になる。きっとイゾウ氏も僕と同じ心細さや元居た世界との違いに戸惑ってきたはずだ。

 少しでもお互いに協力できればいいんだけどな。まぁイゾウ氏にはあんまりメリットがあるとは言えないかもだけど。

 やっぱイゾウ氏もなにか特別なスキルとかを持ってるんかなぁ。気にはなるけどそんな大事なこと教えてくんないだろうなぁ。まぁ無理に聞く必要もないし。


 僕は異世界転生仲間ができたことで浮かれていた。よき理解者ができた、相談できる相手ができたとばかり思っていた。



    ◇



 ――プルルッ、プルルッ……


「クソ、こんな魔法頼りの通信手段など……」


 イゾウ・キサラギ氏は石のようなものに耳を当てて誰かへ連絡を取っている。



 ――はーい。あぁ、イゾウちゃんじゃないですかぁ。どーしたんです?


「やっと見つけた。ずっと探していたものをな。お前の力を借りたい」


 ――オーケーオーケー。じゃあ3人送ります。今中央大陸にいるのでちょっと時間かかっちゃいますけど、大丈夫です??


「あぁ、かまわん。なるべく早く頼む」


 ――わっかりました~! ではでは~!


 カルラから連絡が来た時はすぐには信じられなかった。長年探して、探して、探して、探し続けて見つけられなかったものがこんなにも近くに、今ワシの手の届くところにある。

 必ず手に入れる。どんな手段を使ってでも。全ての者に恨まれようとも。


この世界全てを敵に回してもあれを手に入れる。


そして帰る。 


――我が祖国日本へ

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