ケース2

ケース2 プール①

「ある時からスイミングスクールのこども達が変なことを言うようになったんです」

 

 そう言って依頼人の反町ミサキは話し始めた。

 

 

「海坊主?」私は幼稚園クラスの女の子にそう聞き返しました。

 

「うん! 大きい頭の人が水の中にいるの! みんなウミボーズだって!」

 

「えー? ほんとー? 先生見たことないけどなー」

 

「でもみんなウミボーズだって言ってたよ! アタシも見たもーん!」


 そう言って女の子は母親の方に駆けて行ってしまいました。私は迎えにきていた彼女の母親に向かって会釈しました。

 

 海坊主……私は頭の中で子どもの言った言葉を反芻していました。思い当たる節があったからです。

 

 先日、大人クラスも含めた全ての生徒が退出した後のことです。時刻は夜の十一時近くだったと思います。ふと気が付くとプールの脇のベンチに、誰かの赤い水泳帽が置かれていました。落とし物だと思って私はそれを取りにプールサイドに向かいました。プールは上の待合室から見えるようになっていて、私はそこからプールへと降りて行きました。

 

 ベンチに忘れられていた水泳帽には合格を示すたくさんのワッペンが縫い付けられていました。

 

「ああ。ちひろちゃんの水泳帽だ。こんなにたくさんワッペン付いてたら失くして悲しんでるだろうな」そう思って水泳帽を拾い上げた時、プールで奇妙な音がしました。

 

 ポコポコ……ボココ……コポッ……

 

 空気が水面を割って出る音です。薄明かりに照らされた静かな夜のプールで、その音は妙に大きく聞こえました。

 

 嫌な感じがして二の腕に鳥肌がたちました。恐る恐るプールに目をやると、誰もいないはずのプールに波紋が広がっています。しかしそれ以外に変わったところはなく、私はホッと胸を撫で下ろしました。

 

 バタン!!

 

 突然更衣室の方から重たいドアが閉まる大きな音が聞こえました。私は思わず短い悲鳴を上げました。

 

「誰かいるの?」


 上ずった声で叫んでみましたが応答はありませんでした。意を決して更衣室に向かって足を踏み出すと、今度はゴポゴポゴポと大きな水音が聞こえてきました。

 

 咄嗟に音の方を見て、私は後悔しました。そこには水死体のようにふやけてブヨブヨになった巨大な頭が浮かんでいたんです。

 

 頭に比べて異常に小さい身体。その目はとても恐ろしく、血走った眼に、釣り上がった目尻をしていました。それが恨みがましそうにこちらを睨んでいるんです。

 

 私はそれと目が合うと大声で叫んでプールを飛び出してしまいました。

 

 

 依頼人の反町さんはここまで話すと、ふぅと息をついた。

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