ケース2 プール㉒


「嘘よ……わかりっこない」

 

 入り交じる感情にわなわなと震えながら、反町ミサキは言葉を絞り出した。しかし卜部はそんなことにはまったく関心が無いといった様子でミサキに視線を移す。

 

「どれだけ口先で否定しても意味は無い。この状況は変わらない。あんたが堕ろした七人の赤ん坊は、名前を口にすることも憚るような化け物を呼び出すためのきっかけを作った。そいつは赤ん坊の犠牲を求めて彷徨う醜悪な化け物だ。太古の昔から存在する。俺にも祓えない」

 

 

「そんな……」

 

 

「あんたの邪心が邪神を引き寄せた。おそらくあんたがこのプールで働くようになったのも偶然じゃない。邪神があんたをこのプールに導いたんだろう」

 

 

「じゃあ全部この女のせいじゃねぇか!! こいつが犠牲にでもなんでもなればいいだろう!? 俺は関係ない!!」

 

 榛原大吾はミサキを指さして卜部に怒鳴った。しかしそれを聞いた卜部はくくくと小さく肩を震わせ、面の下で薄笑いを浮かべた。

 

 

「な、何が可笑しいんだよ!?」

 

 

 

 

 

「あんた、なんでこのプールが邪神に選ばれたのか分からないのか……?」

  

 

 

 

 男は固まった。このとき男は初めて自分の行いを後悔した。

 

 

 

「身に覚えがあるだろ? あんた何人堕胎させた? どうやって堕胎させた?」

 

 

 

 少し間を開けて卜部は無機質な冷たい声で最後の質問を投げかけた。

 

 

 

?」

 

 

 

「!!!」

 

 

 男は表情を強張らせて無言で卜部を睨みつけた。 

 

 

「このプールの裏手にある総合病院、あんたの親戚の経営らしいな。そのうえそいつは産婦人科ときた……あんたが贔屓にしてる産婦人科だ」

 

 

 

「そして最悪なことにあの病院からは、このプールに向かって真っ直ぐ霊道が伸びている……」 

 

 

 

 

 

 

「もう分かるだろ? あの病院で堕胎した全ての胎児の霊がこのプールに貯蔵プールされている……」

 

 

 

 

 

 

えにしを結んだのはあんたの卑劣極まる薄汚れた心だ。だから邪神はこのプールを選んだ……」

 

 

 

 

 

「償って門を閉じるか、生贄になって門を閉じるか。選べ……!!」

 

 

 

 

 何もしていないはずの水面がゆらゆらと揺れた。蝋燭の弱々しい明かりの中で、まるで墨汁のように黒々と光る水面。その下には本物の暗闇がある。黄泉を渡り地獄に続く暗闇。その闇の中で醜悪極まる邪神がニタニタと薄笑いを浮かべながら自分の指を骨までしゃぶって成り行きを窺っていた。

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