ケース2 プール㉓

 

「どうすればいいんですか……」

 

 反町ミサキは観念したように小さな声でそう呟いた。

 

「おい!! 俺はそんなの認めてないぞ!!」

 

 榛原大吾が喚き散らしたがミサキは冷めた表情で男を見据えて言うのだった。

 

「黙って……もう逃げられないんだよ……私も大吾くんもおしまいだよ」

 

「な……俺を脅すつもりか!?」

 

「そんな話してない……いっつもそうだよね。脅すとか……話はつけたとか……被害者とか加害者とか。自分のことしか頭にないわけ?」

 

「は……? 俺は加害者じゃねぇよ。全部同意の上でやってる!!」

 

「ほら。また自分は加害者じゃないって。自分自分自分……俺俺俺……!! 気持ちわりぃんだよ!!」

 

「ぐっ……お、俺……は……」

 

 男は黙りこんで俯いた。それを見届けると卜部は静かに口を開いた。

 

 

「あんた達にはプールに潜ってもらう。そして水底に繋がっている赤ん坊達の臍の緒を切るんだ」

 

 卜部はそう言うと懐から何かを取り出しそっと差し出した。二人が覗き込むとそれは黄ばんだ半紙に包まれた赤錆だらけの鋏だった。

 

 

「それだけ……?」

 

 反町ミサキは鋏と卜部を交互に見比べて漏らした。顔にはうっすらと笑みが見える。

 

 

「ああ。することはそれだけだ……」

  

 

 男と女は顔を見合わせて表情を明るくした。

 

「なんだ! 簡単じゃん! もぉ! 霊媒師さんがもったいぶるからマジになっちゃいましたよ!」

 

 男はいつもの好青年の顔に戻ってケタケタと笑っている。

 

 ミサキもそれにつられて頬を釣り上げた。

 

 

 

 

「ただし赤ん坊達が何をしてきても決して拒まず受け入れること」

 

 

「キャキャキャキャキャキャキャキャキャ……!!」

 

 

 暗いプールに卜部の声が響くと当時に無数の赤ん坊の笑い声が響き渡った。

 

 

 

 キャッキャと響く甲高い赤ん坊の笑い声はいつしかゲラゲラと嗤う邪悪なものに変わっていた。

 

 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ

 

「何でも受け入れるなんて……」 

 

 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ

 

「む……無理だ……そんなの……」

 

 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ

 

「だから俺がなかだちをすると言ったろ」

 

 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ

 

「ふ、ふざけるな!! 自分だけ安全な所で何が媒だ!!」

 

 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ

 

 

 男が叫んだその時だった。

 

 

「先生!!」

 

 プールの扉を勢いよく開けてかなめが入ってきた。

 

「無事にカメラは回収しました!!」

 

 

 

 

「亀!! 逃げろ!!」

 

 

 

 卜部が叫ぶのと同時に榛原大吾はかなめを背後から羽交い締めにしてニヤリと微笑んだ。

 

 

「何が臍の緒を切るだけだ! まさかカメラまで回収してるとはな!」

 

「亀。じっとしてろ」

 

「黙れ!! 主導権は俺のものだ!!」

 

 男はバットの先をかなめの頬に押し当てて叫んだ。

 

 

「カメラを渡せ!!」

 

 

 男はかなめに叫んだ。かなめは卜部に目をやった。卜部はコクリと頷く。かなめはそれを確認するとカバンからビニール袋を取り出して男に渡した。

 

 男は乱暴にそれを受け取ると勝ち誇ったように卜部を見て微笑する。

 

「俺を揺する気だったのか?」

 

 ビニール袋をぷらぷらと揺らして男は言う。

 

「いや。穢を濯いでおかないと償いが酷いものになる。だから回収した」

 

 

「嘘だ!! 金に薄汚いペテン師め!!」

 

 

 男はそう叫ぶとかなめの背中をバットの先で押してプールの際に連れて行った。

 

 

 

「臍の緒はこいつに切らせる……!!」

 

 

 

 男は満面の笑みで卜部を見つめた。

 

 

「大吾くん……!!」反町ミサキが叫んだ。

 

 

「黙れ!! こいつなら大丈夫だ!! なんたってすげぇ霊媒師様が付いてんだからな!! 鋏持って来い!!」

 

 

「でも……」

 

 

 

「早く持って来いよぉおおお!!」

 

 

「・・・」

 

 怯えたミサキが鋏を持って行こうとした時だった。

 

 

 

「待て」

 

 

 卜部が地面に書いた文様の中から出て鋏を手に取った。

 

 

 

「俺が行く」

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