ケース2 プール㉔
「先生っ!!」
叫ぶかなめを卜部は無言で制してプールサイドに歩いていった。
「そうだ!! それでいい……!!」
男は満足げに笑みを浮かべながらも、抜け目なく卜部の一挙一動に目を光らせていた。
卜部は暗い水面を見つめるとそっと水面に手を触れた。真っ黒い波紋が卜部の触れた点を中心にプール全体に広がっていく。
するとまるでおびき寄せられるように卜部の下に凹凸の無い粘土のような赤ん坊達が集まってきた。
彼らは小さな手の平を水面から突き出して、その手を開いたり閉じたりしていた。それに合わせてパシャ……ピシャ……と頼りない水音がプールに木霊する。
反町ミサキと榛原大吾はその様子を見てひっ……と小さく悲鳴をあげた。
しかしかなめはそれを見てなぜだか胸が痛んだ。それは獲物を捕まえるというよりは、まるで縋り付くような悲しさを孕む動きだったからだ。
一同が異様な光景に目を奪われていると卜部が徐ろに口を開いた。
「一つだけ残念な報告がある」
卜部は榛原大吾の顔を真っ直ぐに見つめた。
「お前はもう助からない」
卜部はそう言うと同時に小さな瓶の蓋を開け、中から白濁する液体をどろりとプールに垂らした。
それが水面に触れると同時に無数に生えていた赤ん坊の手が消た。
そして気がつくと榛原大吾の身体に無数の赤ん坊が纏わりついていた。
「うわああああっぁああああああああああああああああああ」
男は必死で身体に纏わりつく赤ん坊を引き剥がした。
赤ん坊は腕を引けば腕がもげ、頭を掴めば首がもげ、身体を掴めば皮膚が剥がれた。
しかしもげても、剥がれても、潰しても、見る見るうちに新しい赤ん坊が湧き出しては榛原大吾に纏わりつくのだった。
「やめろ!! あっち行け!! 触るなああああああああ!!」
男は地面をのた打ち回って赤ん坊を引き剥がそうとしたが、それでも赤ん坊は離れなかった。
かなめは気が付いた。彼らが一様に榛原大吾の口を目指していることに。
身体に纏わり付き、口に手をかけ、なんとか中に入り込もうと赤ん坊達は藻掻いていた。
男もそれに気が付いたようで、防ごうとして必死に口を閉じたが、小さな無数の手は指が千切れるのもお構い無しで男の口をこじ開けた。
両手両足に粘土の塊のようになった赤ん坊がしがみつき、体力が尽きた男はとうとう身動きが取れなくなった。
赤ん坊達は無慈悲に男の口を開いて一人、また一人と男の口内へと侵入していく。
「んごぇえええ!! ぬ゛うぅうううううう!! お゛えぇえええええええ!!」
男の激しい嗚咽と腹筋の収縮による反り返りが収まるとプールが静寂に包まれた。
榛原大吾は床に横たわったまま吐瀉物と自らの糞尿にまみれて痙攣していた。
無数の赤ん坊を身に宿して。
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