ケース4 高橋家の押入れ⑤

 

 二階に上がると和室で泣き崩れる沙織をフミヤがなだめているところだった。

 

 

「大丈夫さ。きっと卜部先生が和樹を見つけてくれるよ……」

 

 

 それを聞いた沙織は目を吊り上げて叫んだ。

 

 

「何が大丈夫よ!! だいたいあなたが和樹をちゃんと見てなかったからこんなことになったんじゃない!!」

 

 

「な……俺を責めるのか!? ちゃんと見てたよ!! だいたいこんなこと誰にも予想できっこないだろ!?」

 

 

「嘘ばっかり!! 留守番の間はこの家にいないって約束したじゃない!! トレジャーランドにでも行って夜ごはんは食べて帰ってくるって言ったくせに!!」

 

 

「いつも自分は間違ってないって態度で私達を仕切って……私の言うことも和樹の言うこともちっとも聞かなかったじゃない!!」

 

 

 

 フミヤは黙って唇を噛んでいたが、やがてぽつりとつぶやいた。 

 

 

「またいつもの妄想かと思ったんだよ……ごめん……」

 

 

 

 その言葉にかなめは引っかかった。まるで以前から妄想癖があるような物言いだ。

 

 

 見ると卜部は片一方の口角を吊り上げて笑っている。

 

 

 

「当ててやろうか?」

 

 

 

 その声で二人は同時に卜部のほうに振り向いた。

 

 

「この家を買うにあたって、かみさんの方が渋ったんじゃないか?」

 

 

「なんでそれを……?」

 

 フミヤは顔を引きつらさせ絞り出すように言った。

 

 

 

「だが価格の安さと旦那の押しに負けて渋々了承した……」

 

 

「気持ちの悪い二階の和室にさえ気をつければ大丈夫。とでも自分に言い聞かせてな」 

 

 

 かなめはそれを聞いた沙織の目が大きくなるのを見た。

 

 

 

「しばらくはそれで問題なかったはずだ。時折妙な物音がしてもその程度。旦那の方は気の所為と言い張り、カミさんも実害がないから無視することにした……」

 

 

 

「ところがだ……」

 

 

「子供が産まれて、成長するとともに事態は急速に悪化していった。妙な音は日増しに増え、家中に何者かの気配を感じる……」

 

 

「しまいには子供も奇妙な発言をするようになったんじゃないか?」

 

 

 

 部屋の空気は張り詰めて逃げ場を探していた。しかしそんなものは何処にも無い。卜部は最後の拠り所さえも断ち切るように次の言葉を紡いだ。

 

 

 

 

「押入れが怖い。押入れから誰か出てくる」

 

 

 

 

 卜部はそう言って壁の方を指差した。

 

 そこにあるのは子供向けキャラクターのポスターが所狭しと貼られた異様な空間だった。

 

 

 

 違う……

 

 

 かなめはすぐさま理解した。

 

 

 あれは引手の上にまでポスターを貼られた押入れの襖だ……

 

 

 

 

 押入れに目をやった沙織が嗚咽をもらして泣きじゃくり始めた。

 

 

「卜部先生のおっしゃるとおりです……だけどこの人は幽霊なんていない。お前の妄想か気の所為だって。その一点張りで……」

 

 

 

 卜部はフミヤを睨みつけると押入れと反対の壁に歩み寄った。

 

 

 壁を手の平で撫ぜたかと思うと、卜部は唐突に折りたたみナイフを取り出して壁紙を縦に裂いた。

 

 

 

「先生!! 何やってるんですか!?」

 

「見せたほうが早い」

 

 

 

 卜部が壁紙を剥ぎ取ると、中からいつの時代の物かも判らぬような古い木板が現れた。

 

 木板にはびっしりと経文が書かれ、おびただしい数の御札が貼られていた。

 

 

 

「昔からの忌土地なんだろう。封印だけ大昔の物を残して、あとは杜撰な工事で乗り切ったわけだ」

 

 

 そう言いうと卜部は忌々しそうに続けた。 

 

 

「あんたらが最初から話をしていれば飛星図やら何なやら無駄な手間もなかったものを……まったく」

 

 

 二人は肩身を狭くして俯きながら小声で謝罪した。

 

 

 

「あんたらはリビングで待っててくれ。ここにいると。亀行くぞ」

 

 

「い、行くってどこにですか!?」

 

 突然の振りにかなめは思わず声を上げた。

 

 

 

「決まってるだろ? 押入れの中だよ」

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