ケース4 高橋家の押入れ④

 

 二人は二階へ向かおうとリビングのガラス戸に向き直った。

 

 すると摺りガラスの向こう側に人影が見える。

 

 ちょうど三、四歳の子供を思わせるその人影は一定の速度で上半身を左右に揺らしていた。

 

 

「先生……」

 

 かなめは思わず卜部の袖を掴んだ。

 

 卜部はその手を引きはがすとガラス戸の取っ手に手をかける。

 

 

 かなめは顔を両手で覆い指の隙間から成り行きを見守った。

 

 

 カチャ……

 

 

 ガラス戸が開くとやはりそこには誰もいなかった。

 

 

 

 ふぅ……かなめは安堵の息を漏らし顔を覆う手をどけた。

 

 

 

 

「キャハハハはハッははは!!!!」

 

 

 

 突然かなめの耳元で、けたたましい子供の笑い声が聞こえた。

 

 

「きゃあああああああああ!!」

 

 

 かなめは突然の出来事に思わず悲鳴を上げてへたり込んだ。

 

 

 心臓が胸膜を跳ね上げ耳の奥で血液の流れる音が響く。

 

 

 ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!

 

 激しく脈打つ胸を押さえてかなめは卜部の方を見た。

 

 

 

「ふん。上には何が待ってることやら……」

 

 

 卜部はそう言ってかなめに手を差し出した。かなめはその手を掴んで起き上がる。

 

 

「何なんですかこれ……?」

 

 

「今のだけじゃない」

 

 

 卜部はタバコを深く吸い込んで、細く長い紫煙を吐き出す。

 

 

 その様子を見てかなめはハッと気が付いて指差した。

 

 

「先生!! タバコ!!」

 

 

 卜部は「やっと気が付いたか…」といった様子で目を細めながらかなめを見た。

 

 

「あまりに多くてな。感覚を鈍らせるために吸ってる。ここは五月蝿すぎる」

 

 

 

 卜部はそう言って二階に向かって進み始めた。

 

 卜部は何もない廊下をくねくねと蛇行しながら歩いた。

 

 時折立ち止まって首をかしげたり、何かを跨ぐような素振りをみせたりと奇妙な動きをはさんで進んでいく。

 

 避けてるんだ…


 そう思うとかなめは背筋が寒くなった。しかし見えない自分には避ける術も無く、仕方なくそれっぽい動きをしながら後に続く。

 

 

 階段に差し掛かると卜部は立ち止まって上を見上げ、あからさまに嫌そうな顔をして舌打ちした。

 

 

「おい亀。壁沿いに歩け。障りがあるぞ」

 

 それだけ言うと、卜部はまるで忍者のように壁にぴったりと張り付いて階段を登っていく。

 

 

「亀じゃありません!! ま、待ってください」

 

 

 見様見真似で同じように登っていると、かなめの右足が乗った階段がみしぃ……と音をたてて軋んだ。

 

 明らかに何者かが同じ段に乗った感覚が伝わってくる。

 

 

 目の前で見えない何者かがいて、こちらを見上げている映像が脳裏をよぎってしまった。

 

 

 そう思った瞬間に全身に悪寒が走り肌が粟立つ。

 

 

「動くな。じっとしてろ」

 

 

 卜部のその声と同時に何者かの気配は霧散して息苦しさが消えた。

 

 

「もう大丈夫だ。さっさと上がるぞ」

 

 

 そう言って卜部は階段の折返し地点を越えて見えなくなった。

 

 

 ふとかなめが振り返ると階段の下に少年が立っていた。

 

 少年は二階を指差してニィと笑うと足音を響かせてリビングの方に駆けていった。

 

 

「何なのこの家……」

 

 かなめは慌てて卜部の後を追った。

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