ケース4 高橋家の押入れ③

 

 

 高橋家はごく普通の住宅街の一角にあった。

 

 ぎりぎり車がすれ違うことのできる道。その両脇に所狭しと立ち並ぶ住宅。

 

 その中の一つが高橋家だった。

 

 

 コンクリート塀に備え付けられた郵便受け。

 

 緑青色のペンキで塗られた腰ほどの高さのゲートを開くと玄関まで続く飛び石が目にとまる。

 

 正方形のレンガ四枚を一組とした飛び石が三組、互い違いに敷かれていた。

 

 家の前には申し訳程度の庭のようなスペースが有り、プランターがいくつか並んでいたが、植えられた花は枯れていた。

 

 

 玄関ドアの脇には三輪車とサッカーボールが物言わず佇んでいる。

 


 それはたしかにこの家に男の子が住んでいる証だと言うように、あるいは断固として子供の失踪を受け入れないという意思表示のために、わざと手付かずのままそこに置かれているような印象を与えた。

 

 

 

 卜部はゲートのところに立つと右手で髪をかき上げ後頭部の位置で手を止めた。


 

 その姿勢のまま家の全体像を俯瞰する。

  

 

「よくこんな家に住めたもんだ……」


 

 ボソっと卜部がつぶやいたのをかなめは聞き逃さない。

 

 

 

「こちらです……」

 

 かなめが言葉を出す前に高橋夫妻はドアを開けて二人を手招きした。

 

 

 かなめが飛び石の二つ目をまたいだ瞬間、視界の端を黒い影が横切るのが見える。

 

 

 慌ててそちらを見たが、そこには寂しげな庭があるだけで他には何もなかった。

 

 

 

「早くしろ」

 

「す、すみません……」

 

 卜部の急かす声でかなめは慌てて家の中に入っていった。

 

 

 

「この家の中心はどのあたりだ? 間取り図はないのか?」

 

 卜部はガマグチのバッグから手のひら大より少し大きいコンパスのような物を出して言う。

 

 

「間取り図はちょっとありません……中心はこっちの部屋になるかと……」

 

 そう言って夫妻は玄関正面にあった一面曇りガラスの扉を開いた。

 

 

「なんですかそれ……?」

 

 かなめは夫妻に聞かれないように小声で尋ねた。

 

 

「三合羅盤だ。飛星を見るのに使う」

 

 

「ひせい……?」

 

 

「その時、この場所で、誰に、何が起きたかを見る」

 

 

 かなめにそこまで言うと、卜部はリビングで待つ夫妻のもとに向かった。

 

 

 卜部は夫妻におおまかな部屋の間取りを書かせ、それを九等分した飛星図を書こうとした時だった。

 

 

 

 ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!

 

 

 

 誰かが二階を走る音がした。

 

 

「カズくん!?」

 

 そう叫ぶやいなや沙織が二階へと駆け上がっていく。

 

 

「沙織待て!! 和樹なわけ無いだろ!!」

 

 

 そう言って夫のフミヤも慌てて後を追った。

 

 

 

 卜部はその様子を見てくくと笑った。

 

 

「どうやら羅盤は必要なさそうだな」

 

 

「なんでです……?」

 

 

「今にわかる」

 

 

「どういう意味ですか!?」

 

 

 卜部はタバコに火を付けながら言った。

 

 

「ヒントをやろう。どうしてあの夫婦は俺のところに依頼に来たんだ?」

 

 

「それは……ありえない状況で子供が急にいなくなって……」

 

 

 卜部はそれを聞いて意地悪な笑みを浮かべた。

 

 

「じゃあ、どうして今あの夫はと言ったんだ?」

 

 

 かなめは背中に冷たいものが走った。

 

 

「わかってきたか? そしてもう一つ。怖がりの男の子は何を怖がっている?」

 

 

「まさか……」

 

 

「そうだ。この家では怪奇現象が起こっている」

 

 

 

「二階に行くぞ……」 

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